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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 02 * I'M SO SICK
14/198

〇 Red Sam / If I Knew Then

 ベラはもちろん、ステージではポップスしかうたったことがなかったヒラリーも、完全に“ロック”していた。客たちの心を完全に掴み、“自分”を主張していた。

 曲が終わると、ヒラリーはギターを抱えたディックと替わってステージをおりた。すれ違いざま、彼に肩をぽんと叩かれた瞬間、今まで味わったことのなかった達成感や満足感が彼女の中を満たし、さらにはシンガーとしてここで働きたいという気持ちが溢れ出して、思わず泣きながらジョエルの胸に飛び込んだ。

 ベラもディックもそんなことには気づかない。ベラは再びマイクを使って話しはじめた。

 「さー、私はまだまだうたいますよ。あと二曲。もういいよ、引っ込めよってね」笑い声も気にせず続ける。「忙しいです。テンションが忙しい。ちゃんとついてきてください、私は余裕だから。いつかこれも、バンドメンバー全員でライブしたいです。期待してますよ、お兄様方」

 客たちから大きな歓声があがる。彼女は目を閉じてうつむいき、右手を上げて人差し指を立てた。

 「んじゃ、いきます。“Red Sam”」

 ディックの合図で、機材脇に立ったスタッフが音楽を流す。ディックも演奏をはじめた。

 この曲は、アゼルのことを想って書いた曲だ。その時はまだ彼を想ってると認めなかったが、彼が帰ってこないという予想どおりの結果を、少し残念に思った自分がいたのかもしれない。

 再びマイクをスタンドにセットしたベラは、アゼルのことを想い浮かべ、うたいはじめた。



  そうして私の手に残ったのは

  あなたのぬくもりを失ったシャツと

  私たちの魂を刻んだナイフ

  あなたが残した最初で最後の手紙と

  どうしようもない喪失感


  だけどまだ息をしてる


  あなたのいない空気を

  吸い込もうとしてる

  あなたのいない世界に

  慣れることは罪?


  今でも憶えてるのは

  暗闇の中の閃光

  私からあなたを奪ったもの

  忘れられないのは

  あなたを取り囲む

  たくさんの赤い光


  だけどまだ息をしてる


  あなたのいない空気を

  吸い込もうとしてる

  あなたのいない世界に

  慣れることは罪?


  私の手はあなたを探し

  宙を舞う

  だけどそれでいいと思ってる

  きっと、きっと、きっと


  触れられる気がするから


  赤いなにかが

  私の空気を染めていく

  赤いなにかが

  私の世界を呑み込んでいく



 送られる拍手と歓声の中、いつもとは違う達成感がベラの中に残った。満足感というほうが正しいかもしれない。

 自分は地元を出て、もうアゼルに会うことはないのだろうとわかっている。それでも彼を愛し、恋しがっていた。それでいいのだと、やっと、心の底から素直に思えた気がした。毎晩のようにみる悪夢や喪失感、絶望感はどうなるのかと言われれば、それはまた、別の話だが。

 ディックと替わり、今度はエイブがステージにあがる。ベラはチェアを引き寄せ、それに座った。

 「そう、次の私の相手、このお兄さん」拍手をする客たちに言う。「また空気ががらりと変わりますよ。詞もね、読み深めてほしいの。“あの時”を想像してほしい。っていうか、今わかんなくても、いつかわかるかもしれない」

 エイブは用意したキーボードの前でチェアに腰をおろしていた。曲げたスタンドにセットしたマイクを使って口をはさむ。

 「経験してって意味なら、わかんなくていいんじゃないの? こんな感じで友情台無しにしたくないだろ」

 彼女は内心、むっとした。その意見はもっともだが、これはすでに体験してしまっていることだ。もちろん、そんな感情を表に出すわけにはいかないとわかっている。

 「まあ、それもそうですね。鈍感は褒めるところじゃないもんね。天然で済むならいいけど、それを超えたらただの迷惑系だし」

 彼女が自分自身を攻撃している言葉だとも知らず、客たちは笑った。彼女は話を変えた。

 「っていうか、キーボード弾きながらうたえるって、マジ?」

 「マジだよ。だから座ってるんだよ。ギターとピアノ、どっちがいいかって訊いたら、ピアノだとか言うからさ」

 「ごめんねハニー」

 「ハニー言うな」そのやりとりに客たちがまた笑うも、エイブもやはり気にしない。「いくよ。これ以上喋ったら歌が台無しになる」

 「はい」

 ベラが素直に従い、エイブはスタッフに合図した。曲が流れ、彼もピアノを弾く。そして彼はうたいはじめた。



  決意を逃れた わずかな期待

  ふたつの手の中で寄り添う 無意味なリング

  二人が迎えるこの結末を もしもあの時知ることができていたなら

  なにかが変わっていたのかな


  あらゆる可能性を否定した 願いに似た強制

  あなたは私の手をとっているけれど 私の愛はここにはない

  二人が迎えるこの結末を もしもあの時知ることができていたのなら

  なにかが変わっていたのかな


  恋は予期せず訪れるもの

  気づかないうちに より深まっていく

  引き寄せ合い 時には傷つけ

  望む結果を得られず 時には失う

  そしてふたりが迎えるこの結末を

  もしもあの時知ることができていたなら

  なにか変わっていたのかな


  八月のある日の午後 その時すべてがはじまった

  諦めることができず 君の笑顔と涙を見ていた

  でもこんなふうに 君を傷つけたかったわけじゃない

  ただどうすればいいのかがわからないまま


  恋は予期せず訪れるもの

  気づかないうちに より深まっていく

  お互いを成長させ 時には喧嘩して

  必要に迫られ 時には隠すこともある

  そしてふたりが迎えるこの結末を

  もしもあの時知ることができていたなら

  なにか変わっていたのかな


  この気持ちは伝えるべきではないと知っていたよ

  最初から終わっていた

  諦めと共にはじまったんだ

  今さら傷ついたりしないさ


  恋は予期せず訪れるもの

  気づかないうちに より深まっていく

  お互いを成長させ 時には喧嘩して

  必要に迫られ 時には隠すこともある

  そしてふたりが迎えるこの結末を

  もしもあの時知ることができていたなら

  なにか変わっていたのかな



 拍手と冷やかし交じりの歓声を浴びながら、ベラは心の中でルキアノスに懺悔した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 二十二時三十分が過ぎ、オープン二日目の今日も、ブラック・スターは無事に最後の客を見送った。そのあとはメインフロアにスタッフやバンド、シンガーたち全員が集まり、盛大に乾杯が行われた。明日からはほとんどの人間が忙しい日常生活に戻るため、短い時間ではあったものの、誰もが達成感に酔いしれた。

 その後片づけを終えたスタッフ、バンドたちが続々と帰りはじめる中、ウェル・サヴァランと一緒に帰ろうとしているヒラリーは、とうとうベラにハグをした。

 「ありがとう。ほんとに楽しかった」

 ベラは演技を終えているので、こうなると、どう返していいかわからない。ヒラリーが感傷に浸っていることはわかるけれど、ベラ自身はなんとも思っていなかった。誘ってよかったとは思っているし、彼女の変貌ぶりもおもしろかったが、コラボレーションそのものはただの気まぐれでしかない。

 「次に来るのは夏休みくらい?」ハグを終えたところでベラがヒラリーに訊いた。

 「うーん? 確実なのはそう──かな?」

 ジョエルが彼女の腰に腕をまわす。

 「もう俺、車あるんだから、いつでも迎えに行ける」

 「それはダメよ。この店があるんだから、週末はダメじゃない。思いたったら電車で来るわ」

 「ハイウェイに乗れば一時間で着くんだから、土曜の朝から行けば平気だって」

 彼女が反論する。「二度手間じゃない。だったら私が電車に乗るほうが──」

 「はいはい、ごちそうさま」呆れ顔のエルバが彼女の言葉を遮った。「遠距離恋愛なんかしたことないけど、こういう男相手なら長続きすんのかもね」

 キュカが応じる。「どうかな。その前に遠恋に耐える忍耐力なんて、そもそもないわけだけど」

 エルバは笑って同意した。

 「いや、忍耐力はないから──」

 言葉を切ったジョエルのあとを、苦笑するヒラリーが彼の腰に腕をまわしてあとをひきとる。

 「先月ジョエルが車の免許をとってから、けっこうマメに会ってるわ。春休みが終わったら、そうでもなくなるんだろうけど」

 「アツアツか」

 キュカとエルバが声を揃えるとふたりして笑い、ジョエルはヒラリーの髪にキスをした。

 「じゃあまた、そのうち」と、ヒラリーが言う。

 「“そのうち”、ね」ベラも答えた。

 そして、ヒラリーとウェル・サヴァランのメンバーは帰っていった。

 うなりながら、エルバが思いきり背伸びをする。

 「さて、うちらも帰ろうか」

 「ベラ、送ってこーか?」キュカが訊いた。

 「ううん。私はまだ仕事があるので遠慮します」

 「は? まだなんかあんの? もう十一時半に近いよ? 平気?」

 「平気。明日、暇だったら仕事帰りに店に寄って。仕事の成果、見せるから」

 彼女たちは顔を見合わせて小首をかしげた。

 「わかった。んじゃ明日ね」

 エルバが言い、彼女たちも店をあとにした。

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