* Chain Of Goodbye ( Graceland )
翌日、九月十九日。ベラはいつもどおり教室にいた。
「別れた」ハンナのほうを向いて座りなおしたマーシャが突然切りだした。「彼氏と」彼女の指からは指輪が消えている。
ハンナが真っ先に反応した。「え、うそ。なんで?」
むっつりとした表情で誰とも視線を合わせないまま答える。「喧嘩」
「あらら」
「最近、会う時間減ってたし。って、地元同じなのに、なんか変な話だけど」
「どっちもバイトしてるわけでもないのにね」とテクラ。
「家は遠いの?」ハンナが訊いた。
「近くはないかな。自転車飛ばしても十五分くらいかかる。学校帰りに友達と遊ぶっていうの、どっちも同じ日にできればよかったんだけど。無理だし。学校帰りに会うっての、あんまできないんだよね。むこうは部活あるし、休みだとしてもこっちは平日、そんな遅くなれないし。夕食のあとだと、家出たりしづらいし」
テクラがつぶやく。「そうなるのわかってて、別の学校選んだはずなのに」
その言葉は、少々気に障ったらしい。「うるさいな」マーシャは珍しく不機嫌だ。
ハンナが言う。「なんてゆーか、別の高校だったらそうなるんだね。おんなじ学校だったら、別れたあととかが気まずくなっちゃうみたいなのに。難しい」
彼女は溜め息まじりにうなずいた。
「それ考えたら、別の学校でよかったとは思う。家も離れててよかったとも思う。むこうは普段、センター街も使わないし。自転車通学だから、バスもあんまりだし。そういう違いがつもって別れたっていうのもあるのに、そんなこと考えてるとね。なんかね」
ハンナは苦笑った。「どういう条件がいちばんいいんだろうね。学校帰りに何時間か会うにしても、なんか、物足りないとか思っちゃったら、また微妙な感じになるかもしれないし」
「それ、むこうが言ってた。週一、二回だけじゃ物足りないとか、平日にもうちょっと会える努力しろとか」
またもテクラがつぶやく。「でも学校帰りってなったら、夕食はどうするのーって話になるよね」
「それだよ。私は指輪、家にいる時はほとんどはずしてたし、親に会わせたりしてない。話してもないもん。言い訳はぜんぶ友達。ってゆーかほとんどテクラ。ママはなんとなく気づいてたかもしれないけど、私が友達だって言い張ってたから、なにも言わなかった。学校帰りに会うって、夕食はどうするんだって話になる。おなか鳴らしながら彼氏と会うって、なんか変だし。冷めたご飯なんて食べたくないし」少々怒っている。「だったら話せばいいだろって言うけど、年頃の娘がそんなこと親に話すのがどれだけ気まずいか、なんでわかんないんだっていう」
反応に困っているのか、ハンナがベラに訊く。「ベラのとこは? 話したりしてる?」
そんな質問をされても、ベラも困る。「ノーコメント」
「ええー」
「ってゆーか、私は夜遊びできる環境にいるから。余裕で夜中に出かけたりしてるから。個人的には、会いたければ会えばとは思う。親に話すのが気まずいとかってのは、個人的な意見でしかないし。むしろ年頃の娘に、まあ相手に問題がある場合は別だけど、普通の恋愛なら、それに口出しするのもどうかと思うし。高校生の門限を夜の九時に定めるってのも意味わかんないし。せめて十時か十一時にしろよ的な」
「それはそうだけど」と、マーシャは天を仰いだ。「ってゆーかもう、なに言っても今さらなんだよね。なんか喧嘩別れなせいか、いろんなことにムカついてる。むこうの言うこともわかる。それができなかった自分にもムカつくし、けどそうやってこっちに責任押しつけてくるむこうの態度にもムカつく」
ベラは笑った。「それはわかる。そんで後悔繰り返してると、そのうちぜんぶに対してすごくムカついてくる。後悔するくらいならもーちょっと頭使って、後悔しないようにやっとけよ過去の自分、みたいな。ついでに相手に対してもそれ思う」
「それだよ。でも優先度なんてわかんないもん」
「徐々に会わなくなったら、それに慣れちゃうからね。会う回数が減ってることに気づいた時点で話し合わなきゃいけなかったのに、気づいてないからそれもできてない。会いたくても会えないって思いこんでたら、家飛び出して会いに行くこともしない。気づいたら、“これってつきあってんの?”状態」
「ああ、やだもう」マーシャはまた天を仰いだ。「もう言わないで。へこむから」そしてテクラの机に両腕を乗せ、顔を伏せた。
苦笑うハンナがベラに訊く。「ベラもそういうの、あるの?」
「私は基本的には、思いたったら真夜中タクシー使ってでも行く派ですよ」
「まじですか」
少しだけ顔を出し、マーシャが顔をしかめてベラに言う。
「そんなお金も度胸もない。ってゆーか行きはできても、帰りが気まずい。親になんて言えばいいのって話になる」
「コンビニに行ってくるって言い訳、したことある。しかも歩いて行くって。で、ついでの言い訳も考えるのよ。欲しいのがなかったから別のコンビニに行ってたとか、友達に会ってつい話しこんじゃってたとか。演技力ってのが必要になるけど、あっさり言えばそんなに詮索はされないはず。ごまかすために買い物しなきゃいけないけど、その時間すらもったいないなら、欲しいものがなかったとか、財布忘れてることにあとから気づいたとか、そういう言い訳もある。それでもなんか訊いてくるようなら、うるさいな、で会話を強制終了する」
「潔すぎ」
呆れたようにマーシャが言ったものの、ハンナは笑った。
「勉強になる。って、同じ地元の子とつきあうってのはたぶん、私はないけど」
テクラもつぶやく。「私もない」
「ってゆーか」ハンナがマーシャに言う。「やりなおさないの? 仲なおり」
またも溜め息をつきながら、彼女はゆっくりと身体を起こした。
「ないと思う。ムカつきが多いから、もう好きかどうかもよくわかんないし。やりなおしたとしても、そしたら今度は彼氏ばっか優先して、友達づきあいができなくなる可能性、あるじゃん」
「私はそんなの気にしないよ?」ハンナはその“友達づきあい”の一部だ。「むしろ彼氏のほう、大事にしてほしい。こっちは学校でだって話せるもん」
「まあそうだけど──」
授業開始のベルが鳴った。同時に、教師も教室に入ってきた。
「もういい。この話、終わりね」と、マーシャ。
ハンナの前の席にはネアが、マーシャの前の席にはササがいる。それはほとんどいつもだ。だが近頃、六人ではなく四人と二人で話すようになっていた。ハンナは六人で話をしようとすることもあるものの、それも実際に起きるものの、恋愛話になると、どうしてもベラを会話に入れようとしてしまうらしく、加えてそういった類の話には二人が入ってこないこともあり、ササもネアも、同じグループにして別グループのようになっている時がある。
ちなみに彼女たち、夏休み後半に女だけで行ったショッピングでは、いつもどおりだった。ボウリング後の時のような素振りはなかったし、夕食も、軽食ではあるが一緒にとった。おそらくベラの、そしてレジーとパーヴォの予想が的中していたのだ。決して男に興味がないわけではないとも思う。
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土曜の夜、ブラック・スターのメインフロア。
すでにヒトで溢れいる中、壁際カウンターに立つメルヴィナに呼び止められ、ベラは彼女の隣に立った。彼女が不機嫌に切りだす。
「別れた」
ベラは当然、ぽかんとした。「は?」
「別れたの。ベンジーと」
「早くね」
彼女は怒っている。「だって!」
「なに」
「昨日の夜から、一緒にいたのね。んで今日、朝? つーか昼前に、起きて。したらだよ。ヤッたあと、いきなり言ったの。なんて言ったと思う?」
どうでもいい報告までが入っているが。「だから、なに」
メルヴィナはさらに眉をひそめた。「“お前、煙草やめねーの?”」
またもベラはぽかんとした。「は? それだけ?」
「それだけだけど!」彼女は声をあげた。「ムカついたの! なんで、そこまで指図されなきゃいけないわけ? 意味わかんねーし!」
彼女の隣でタバサが口をはさむ。「だから、指図じゃねっつの」
「指図も一緒だし!」
「はいはい」
そのセリフに苛立つ気持ちはわからなくはない。そこはよけいなお世話だとしか言いようがない。だがそれは指図ではない。なので、ベラはどっちもどっちだという結論を出した。「で、そのままブッ切れバイバイですか?」
「あたりまえ! 超うざい!」
そこに、メルヴィナを見つけたベンジーとルースが来た。ベンジーが彼女に声をかける。
「メル、悪かったって──」
彼女は許さない。「うっさい。あんたに会いに来たわけじゃないし。ベラに会いに来ただけだし!」
「ちょっと待てって。あれだけで終わりかよ?」
「はあ? だけってなに? 煙草吸うのわかってて、私とつきあったわけでしょ。酒飲むのも知ってて、つきあったわけでしょ。なんでそれを、つきあったからって、私がやめなきゃいけねーの? あんたがしないからって、なんであんたに合わせなきゃいけないの? 意味わかんねーし」
「やめろとは言ってないだろ。やめねーのか訊いただけで──」
「だから一緒だっつの!」
この状態にはベラも覚えがあった。知り合った時、アゼルたちはすでに煙草を吸っていたし酒も飲んでいたが、ベラはそれをやめろなどとは、言った覚えがない。会話の流れでやめれば、と言ったことならあるかもしれないが、本気ではおそらく、言っていない。口を出すところではないと思ったからだ。自分と知り合ってからはじめたのならともかく、知り合った時にはすでにやっていた。それなら止める権利はないと思った。言い換えれば、どうでもよかったとも言える。
ルースが呆れてベンジーに言う。「もう無理だろ。相当キレてる」
メルヴィナがつんと返す。「あたりまえだし」
「だからやめろとは言ってねえんだって」ベンジーは必死になっている。
ベラは口をはさんだ。「はっきり言ったか言ってないかの問題じゃない。メルヴィナには、自分のために変われって言ってるみたいに聞こえたのよ。それも、つきあってから言ったわけじゃない。まあつきあうまえにそんなこと言われても、何様だって話になるけど。メルヴィナは男に言われて自分をどうこうするつもりなんてない。つまりよけいなお世話なのです」
彼は愕然とした。「ええー」
「もういいだろ」ルースが言った。「時間だ。行くぞ」
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しばらくあと、エルバとキュカの紹介で、ジェイドがステージに立った。客たちが拍手で迎える。彼女は少々照れている。
「えーと。ベラに誘われて、面接受けて、ここに立っちゃいました。ごめんなさい」
客たちは笑ったりまた拍手をしたりした。
「ああ、どーも。合コンのノリじゃだめだよね、これ。とにかく楽しめって言われてます。実際、ベラと詞を書いたりするのは、めっちゃ楽しい。わりとまえからここに来てるのに、なんでもっと早く頼まなかったんだろうって思ったり。まあ、いいや。最初の曲──これは、とあるミュージシャンにまつわる話です。辞書開いたら“Grace”って言葉がでてきたから、そこからね、ベラと一緒に書きました。彼女のおかげで、いい曲ができた。わかるヒトはわかるはず」
冷やかす声の中、ジェイドは左手をあげて機材係に合図した。音楽が流れだす。
「では、聴いてください。“Graceland”」
太陽が静寂のドアを照らす
鳥たちが屋根の上でうたう
天使たちはあなたが戻ってくるのを待っている
とても長い時間をかけて
穏やかな風が冷たい窓をたたく
木の葉は部屋の中を覗く
影がすべてを覆いつくそうとしている
何度も何度も
グレイスランド
それはあなたが眠る場所
グレイスランド
ねえ聞こえてる?
大勢の人たちが涙で湖をつくった
大勢の人たちがあなたのために祈りを捧げた
大勢の人たちがあなたのために歌をうたった
決して鳴り止まない音楽
誰かはまだあなたの名前を呼んでいる
誰かはまだあなたの写真を飾っている
誰かはまだあなたのお墓に花束を置いていく
あなたの命は決して尽きない
グレイスランド
それはあなたが眠る場所
グレイスランド
ねえ聞こえてる?




