* Peasons
ブラック・スターの一員にジェイドが加わってから、あと数日で二週間になるという頃──その新戦力と仕事をする楽しさを、ベラは徐々に実感していくことになった。
ノリのいい曲なら客のひとりとして、彼女にもマイクを貸してうたってもらったことがある。けれどそれは、他の客も交えての合唱状態だった。その時はあまり気づけなかったものの、伸びのある曲をうたわせると、特にポップス方面で、彼女の力が発揮された。
ジェイドの長所というのはそれだけではない。作詞のほうも、自らいきなりすべてを書くというのはさすがに躊躇したものの、たとえば辞書を開いてのテーマ考案の時、ベラなら閉じてまた別のページを開こうとするところを、彼女は積極的にテーマを考えた。状況設定さえ見えてくればベラもそれに応えようとするので、今までとはまた違った詞ができていった。
彼女が持ち曲をいくつか作ってからひとりでステージに立つということを選んだので、ベラはジェイドと一緒にしばらくのあいだ、作詞に精神を注ぎ込むことにした。といっても、いくら彼女たちが詞を用意したところで、作曲にはやはり時間がかかるものなので、それを待つあいだはエルバやキュカ用の詞も書いていった。メロディ作りはほとんどをベラが考えたものの、そこから導き出す全体的な曲のイメージは、ジェイドも考えることができた。
一方で、少しずつではあるものの、キュカとエルバもレコーディングを進めていた。CDを発売するのだ。普段は目立つことが大好きな彼女たちもさすがに恥ずかしいらしいので、あからさまに顔を出すことは避けるようだ。ヒラリーの時のようにまとまった時間を使えるわけではないからと、彼女たちも平日に少しずつレコーディングを進め、それぞれにミニアルバムを作る。ソロ四曲程度と、二人もしくはベラやヒラリーと一緒にうたうぶんをそれぞれに二曲程度収録したものだ。当然キーズ・ビルのレコーディングスタジオに頼むことになるのだが、ヤニはヒラリーの担当を続けているので、やっとアックスのアルバム製作を終えたガエルと、機械はあまり得意ではないが口出しはできるノエミ、そしてブラック・スターからヤンカが協力して担当することになった。
「ラジオの番組名で悩んでるんだよね」赤白会議室、ふいにジェイドが切りだした。「なんかこう、さくっとしてて、でも印象に残るようなの」
とっさに思いついた言葉をベラが答える。「“Killing Me DJ”」
彼女はきょとんとした。「え、なにそれ」
「え、なんとなく」
「超かっこいいんだけど。なにそれ」
「かっこいいのかよ。ってゆーかリスナーからの言葉っぽいけどね。“私を傷つけて、ジェイド”、みたいな」
彼女はけらけらと笑った。
「いいね。それ、会議で提案してもいい?」
「いいけど。なんなら歌も作ろうか。ラジオはあんま聴かないからよくわかんないけど、そこにもやっぱオープニング曲ってあるよね」
「あるある。けど、ここで作ったのをラジオで流すって、どうなの? ありなの?」
「ディックたちの手を借りずに、私たちが作れば問題ないと思う。PCがどうこうなんていう細かいことは言わせない。言われても無視する。店でうたうことはできないと思うけど」
「それはそうだ。ってゆーかさ」ジェイドはテーブルの上、ベラに向かって身を乗り出した。「やっぱ実は作曲、できるの?」
ベラが苦笑う。「ずっと隣で見てきたからね。PCは使えるし、なにをどうやればどうなるかってのも、わりとわかってる。作ろうと思えば作れる。でもやらないの。ディックみたいにいろんなテイストの曲を作れる自信はないし、曲作りはバンドたちの楽しみのひとつでもある。曲を覚えるには時間がかかるから、ストレス発散はそっちが主になる。ディックはもう気づいて知ってるけど、なにも言わない。もしかしたら私がひとりで曲を作ることもあるかもしれないけど、その時は彼が一緒に作ったってことにしてもらう。今はそんな時間もないけどね」
ほとんどそのままの体勢で右肘をテーブルについて手に頭を乗せ、ジェイドは微笑んだ。
「あんたほんとにすごいね。うちの弟と同じ歳とは思えない」彼女がここでうたうことになったあと、ベラは自分の年齢を教えた。「で、どこの高校かもそろそろ白状してみる?」
高校一年になる弟がいるということは聞いていたので、繋がりを知りたくないというだけで、高校のことは教えなかった。同時に、彼女の弟がどこの高校に通っているのかも聞いていない。彼女がケイネル・エイジ出身だということは知っているが。
まあいいかと思い、ベラは白状した。「ミュニシパル」
身体を起こしながら、ジェイドは指を鳴らした。
「きたよ。うちの弟と同じだ」
ということは、とベラは思った。「もしかしなくても、ギャヴィンですか?」
「あれ、知ってる?」
「同じクラス」
「マジか。仲はいい?」
「あんまり。でも、マシューってのとは話す」
彼女は顔をしかめた。「ああ、あの女好きのバカね」
「知ってんの?」
「当然知ってる。あのバカ、私をナンパしたことあるからね。あいつが高校入ってすぐの頃だよ。超キレてやった」
ベラは笑った。「アレも、相当な変わり者の気配がする。なんかこないだ、校内でイチャつくカップル見て、おんなじ学校の奴とつきあおうとか思う人間の神経が知れねーとか言ってた」
「そのわりに年上狙いで私をナンパするって、マジありえない。お前の神経疑うわって話」
「若く見られたってことで納得しとけばいいのに」
「絶対ムリ」
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ミュニシパル・ハイスクール──校内にある自動販売機コーナー。横一列に六台設置された様々な自動販売機を、唇を尖らせ腕組みまでして、ベラは睨むように見ていた。
どうすればこの数ある押しボタンたちを、一気に同時に押せるのだろう。さすがに六台すべての自動販売機のボタンを、とは言わない。だが一台くらいはそれをしてみたい。そして、なにが出てくるかを試したい。ヒトひとりが同時に押せるのは、おそらく八つ程度だろう。正面にある自動販売機にはボタンが三十六ある。ということは、四人は必要になるのか。しかし掛け声で四人が同時に押す努力をしたとしても、本当に同時になるかどうかは微妙だ。何度も打ち合わせして押すタイミングを決めなければならない気がする。
──などということを財布片手に、彼女は真剣に考えている。
「やべえ。自販機と睨み合いしてる女がいる」
後方で誰かが言い、ベラは振り返った。そして表には出さなかったが、顔が引きつりそうになった。サイラスの甥であるジャックと、あともうひとり、誰だか知らないが男が立っている。
「考え事してるだけだから。買うならどうぞ」
そう言うと、ベラは再び自販機のほうを向いた。また考える。
ひとりですべてを同時に押すには、どうすればいいのだろう。横に十二個並んだボタンが三列だ。ということは、木材を縦と横に組み合わせた、かなりおかしな形になる気がするなにかを作ればいいかもしれない。でもこれはこれで、木材をかなり慎重に選ばなければいけない気がする。沿っているのはダメだし、三列のボタンを同時に押せるよう、横木同士の幅をしっかりと計算しなければならない。加えて、三段に均等に力を加えられるようにしなければならない。
そんな彼女の後方で男が言う。「お前のクラスにこんなの、いなかったっけ」
ジャックは苦笑った。「いる。イザベラ・グラール。みんなベラって呼んでる」
その会話は耳に入ってきたので、彼女は少々苛立った。フルネームを呼ばれるのは好きではない。けれど話はしたくないので無視した。
「なにしてんだと思う? なに買うか悩んでんのか?」また男が言った。
ジャックが答える。「さあ。聞いた話によると、いつもストロベリージュースかカフェオレを飲んでるとかだけど」
「あるよな。売り切れとかじゃねえ」
「だな」
さすがにうるさい、とベラは思った。でも気にしない。ヒルデブラントに頼んで、どうにか作ってもらえないかと考えている。木材のことなどさっぱりわからないし、彼がそんな技を持っているのかどうかすら知らないが。
そこにさらにマシューがやってきて、ベラに声をかけた。「なにやってんだお前」
彼女はまた振り返った。マシューともうひとり、マシューとはじめて話した時、会話には入ってこなかったが笑っていた男が立っている。改めて、その男の身長がとても高いことに気づいた。百八十近くはあると思われる。マシューやジャックよりも身長が高い。
「ちょっと考え事を」と、ベラは答えた。
マシューが彼女の左隣に立つ。「どれ買うか悩んでんのか」
「まさか。どうやったらぜんぶのボタンを一気に押せるかって考えてるの」
「は? なんのために」
「なんとなくに決まってるじゃない」
「アホだろお前」彼は右手を出した。「奢れ」
「ジュース代は返しましたけど」
「財布出すのがめんどくさい」
「自販機コーナーに来てそれ言うって、ありえない」
そう言いながらも、ベラは五百フラムコインを一枚出して彼に渡した。
「そっちの友達にも奢ってあげる。ついでにストロベリーもお願いします」
マシューは三人分のドリンクを買った。その合間にジャックともうひとりの男も自販機でジュースを買う。ベラは紙パックのストロベリージュースを受け取ったが、マシューは小銭をポケットにしまった。
「ねえ、私のお釣りが変なところに入っていったけど」
彼はさっそくカフェオレ缶のプルトップを開ける。「手間賃?」
「なんのだよ」
「癖で」
「意味わかんない。んじゃちょっと待って」ベラはさらに千フラム札二枚を財布から出した。「友達のぶんも買ってく。手間賃ぶん手伝え。十一人ぶん」
「はあ?」
「お釣りあげる」
「ぜんぶ百十フラムのにしたら、千フラム近く余るよな」
「だめ。買うものは私が決める」
その後マシューともうひとり、ディランという背の高い男にもジュースを運ぶのを手伝ってもらい、ベラは教室に戻った。ベラはディランに“ディー”と呼ぶ宣言をした。彼の身長の高さに、テクラが反応していた。




