○ The Anthem
「ジョエル! 見て!」
赤白会議室のテーブルの上に立って満面の笑顔を見せるヒラリーの姿に、戸口に立つジョエルとベンジーは唖然とした。しかし彼女はそんなこと、微塵も気にかけていない。
「ベラに借りたの!」
そう言って、テーブルの上でくるりと回って見せた。
「うわ、マジ双子だ。バンドやってる双子って、超レアな気がする」と、エルバ。
キュカも負けじとテーブルに上がった。
「誰か知らないけど、あたしらもベラに借りた。どうよ? このロックっぷり」
彼らはまだ立ち尽くしている。そんな二人のうしろからピートが顔を出した。
「おー、似合う似合う。ヒラリー、お前そんな格好もするんだな。しないと思ってた」
「こんなあからさまにロックを意識した格好、したことないわ。はじめてよ」
ヒラリーは片側がオフショルダーになった柄Tシャツ、ダメージショートジーンズ、それにロングブーツを履いている。黒いキャップをかぶり、耳にはゴールドの大きなリングピアスをつけた。彼女の普段着よりも露出が多く派手な格好で、それらはすべてロッカールームに置いていたベラの私物だ。
ピートに続いてマーヴィンも部屋に入ってきた。
「ヒラリーがロック女になってる」
「ねえ、あたし、超無視されてる」キュカがエルバに言う。「っつーかマジで、どれが誰だよ?」
「あたしに訊かれても」
「私も無視されてる」ヒラリーが笑いながら彼女たちに言った。「いちばん意見訊きたいヒトがかたまったまんま」
キュカは背後から彼女の腰に手をまわした。
「あんたのオトコはどっち? どうやって見分けるの?」
「ほくろの位置が違うのよ。あとね、ベンジーのほうがちょっと怖いの。でもよく変なこと言って笑わせてくれるわ。身体を鍛えてる。よく喋る。なんでも好き。ジョエルはね、すごくやさしいの。私のことだいじにしてくれる。みんなで騒ぐ時もあるけど、時々物静かになったりする。そのギャップが好き。ベンジーと違って、がむしゃらにはしゃぐタイプじゃない。読書もする」
エルバは小首をかしげた。
「どっちを褒めてんのかわかんない」
「あら、どっちも素敵よ? 双子ですごく仲がいいのに、ぜんぜん別人なの。ジョエルと私は話が合うわ。あとマーヴィンも。でもベンジーはルースやピートと一緒になって、わけわかんないこと言うの。私は笑うしかできない。ついてけない」
そんなやりとりのさなかでベンジーが、戸口脇で壁にもたれて腕を組んでいるベラに言う。「お前の仕業か」
「私はなにもしてない。ただヒラリーの服装が、ロックとはちょっと違うかなって思ったから、ロッカールームに置いてある服を見せただけ。そしたらキュカとエルバと三人で、ファッションショーをはじめただけ。私としては、ヒラリーにフィッシュネット・ストッキングを拒否されたのが残念なんだけど」
「ヒラリーはテーブルにのぼるような女じゃなかったはずだぞ」
「写真撮ってあげるからそこに立てばって言ったらほんとにのぼっただけ。そこにあなたたちが来ただけ。だから私は鍵を開けた。ヒラリーはテーブルにのぼるような女じゃなかった? そう思ってんなら、あなたたちの勘違い。彼女はのぼるわよ。ロックもうたう。なんなら」ベラは彼に向かって微笑んだ。「煙草もビールも教えようか?」
「やめろアホ」
マーヴィンとピートは携帯電話で彼女たちの写真を撮っていた。なぜかエルバまでもがテーブルに立ち、三人を対象にしてだ。
その後彼女たちはテーブルを降り、やっと正気に戻ったジョエルは、改めてヒラリーに似合うと言った。彼女は素直に喜んだ。ヒラリーはそれぞれを紹介した。
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今日もオープン前に乾杯するからと呼ばれ、ベラたちは会議室を出た。赤白会議室の鍵を持っているのはディックとベラだけだ。
控え室のドアからちょうど、エイブとパッシが出てきた。
「正直言っていい?」エイブがキュカに声をかけた。
キュカは彼を気に入っている。「なーに?」
「君がシンガーとして来たこと、ほんと残念」
彼女はぽかんとした。「なんで?」
「控え室の張り紙、気づいてない?」
「知らない。なに?」
エイブの代わりに口元をゆるめたパッシが答える。「“スタッフ同士の恋愛禁止”」
キュカは呆気にとられたが、彼らは笑いながら先を行くバンドたちのあとに続いた。
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ブラック・スター、オープン二日目。
その開店を時間前から並んで待っていた客の数は、昨日をはるかに上回っていた。客数しだいでケイトも手伝うことになっていたのだが、それでも人手が足りそうになく、緊張を解きほぐすことができるかもという無理やりな説得にすんなり了承し、キュカとエルバもウェイターとして働きながら出番を待つことになった。
時間がくるとベラはディックと一緒にステージに立ち、彼の演奏に合わせて、オープニング曲の“Black Star”をうたった。うたい終えたあとは拍手の中ウェル・サヴァランと交代し、彼らは楽器をかまえた。そして、彼らの“The Anthem”がはじまった。
聞こえてるか?
オレらは元気でやってるよ
そっちはどうだ?
こっちよりも楽しいか?
あんたがいなくても世界は回ってる
まだ溺れてんのか?
それとも飲みまくってるか?
そろそろやめたほうがいいぜ
誰かさんはあんたを信じてる
バカな男だなんて言われたくないだろ
今でもあんたにはホント感謝してるけど
あんたが本物だなんて思えない
オレが目指してるのはあんたじゃない
生きたくない
あんたみたいに生きたくない
あんたと同じようには生きたくないんだよ
よく聴きな
こいつはパンク・ロック・アンセムだ
あんたは違う
あんたは神なんかじゃない
一部の奴らは
あんたのやりかたに惚れ込んだ
そして一部の奴らは
あんたみたいになろうとした
ドラッグにナイフ 暴力にスキャンダル
ほんの一時期
あんたはすべてを持ってた
間違いなく神だったよ
少なくともオレにとってはさ
だけどあんたは あんたが愛した音楽を捨てたんだ
たぶんオレは望めばなんにだってなれるよ
ムカつく上司や道端の小石にだって
けどあんたのようにはなりたくない
生きたくない
あんたみたいに生きたくない
あんたと同じようには生きたくないんだよ
よく聴きな
こいつはパンク・ロック・アンセムだ
あんたは違う
あんたは伝説なんかじゃない
あんたの最後の言葉を覚えてる
あんたは本気で彼女を愛してた
あんたがうらやましい
あんたは愛と共に死んだんだ
わかってるさ
あんたは
あんたはホントにオレにとっての神だった
よく聴きな
こいつはパンク・ロック・アンセムだ
世界はまわり あんたの時代は終わる
今
新たな伝説がこっちの世界で始まる
これはパンク・ロック・アンセムだ
世界は回り あんたの時代は終わる
だから今すぐ戻って来いよ
今すぐ戻って来いよ
今すぐ戻って来いよ
今すぐ戻って来てくれよ




