* Thoughts
一週間後、夜。
アパートメントの自宅リビングで、ベラは大きめのクラフト紙袋をテーブルに置いた。特に意味はないけれど、右上には赤いペンでリボンの絵を描いてある。
ナイルはきょとんとした。「なにこれ」
ベラは彼の向かいでソファに腰をおろす。「だから、プレゼント」
「でかいなおい」
そう言いながらも、彼はソファをおりてラグの上に座り、紙袋を開けた。やはりぽかんとした。ひとまず言葉を発しないことにしたらしく、まずはいちばん上にあった、ブラウンの包装紙で包まれている箱を、それからその下にある箱ふたつを、重さを確かめるように出した。そこからはゼインも彼の横に並んで、開封を手伝った。ナイルがデジタルカメラの箱を、ゼインがコンパクトプリンターの箱を開ける。
一方でベラの隣にいるルキアノスと、ビーズクッションに座っているアドニスは、口元をゆるめてそれを眺めた。彼らにはゼインから話が伝わっている。
「これ、お前が使ってたやつ?」ナイルが訊いた。
ベラが答える。「そう。もう使わないから。電池は新しいのに換えて、新しいメモリーカード二枚もつけてある。そっちの小さいやつは、期待させといてなんだけど、ただのシートとインクのセットです。でもわりとあるから、しばらくは買わなくて平気だと思う。PCとつなぐコードとかも、あらかじめついてたのと私が使ってたもの、ぜんぶ入れてある。中古で悪いけど」
「さすがに高すぎな気が」
「いらないなら」ゼインが彼に言う。「オレがもらう」
「やだよ。なんでだよ。アホか。バカか」
アドニスは笑った。「くれるっつーんだからもらっとけばいいじゃん。カメラ欲しかったんだろ?」
ナイルが呆れ顔をゼインに向ける。「お前、どうでもいい部分までヒト観察して周りに報告するの、ほんとやめないの?」
「お前だってしてるべ。テストの点数とかいちいちベラに報告しくさってからに!」
「なんならこれからカーリナに報告して、エデにも言ってもらうけどな」
「絶対やだし!」
「なんならさっそく」瓶ビール片手に、ルキアノスは脚が触れるほどの距離までベラに近づくよう座りなおし、彼女の背後でソファの背に腕を乗せた。「撮ってくれても」
呆れを表に出さないよう、ベラはそこにもたれた。彼に言う。
「ひとつ報告が」
「なに?」
彼の手からビールをとって飲んでからまた、口を開く。「中学の時につきあってた男が帰ってきました」
ルキアノスだけではなく、アドニスたちも揃ってぽかんとした。
彼女が続ける。「それも昨日、一昨日の話じゃないのね。帰ってきたのは六月で、それからちょっとして、ヨリ戻した。つまり、私には今オトコがいる。それもかなりの暴れん坊が。あんま変なことしてるとね」ルキアノスの手にビールを返す。「最悪なことになる。あの喧嘩バカにボコボコにされるあなたの姿なんて見たくないから、あんま変なことしないでね」
彼はまだかたまっている。
「いや、ちょっと待て」アドニスが言った。「どうやって連絡とったわけ? お前とそいつがよくつるんでた奴ら、まだ全員施設だろ? しかもお前、地元出て番号まで変えたじゃん」
ベラは苦笑った。「地元の先生とか、あと上に共通の知り合いがいてね。それでまあ、いろいろ。六月まではほんとに、仕事が忙しいだけで時間がとれなかったんだけど。夏休み中にそれがよけいだったのは、仕事に男、あと地元の奴らの相手とか、高校の友達の相手とかもあったから。夏休み前、あなたたちには一度会ってたから、もういいかと思って」
「もしかして」とゼインが言う。「エデに精神的ダメージくらわせるっつってたの、それ?」
「そーね。それから、なんならあいつの元カレも連れていったりできるけど。っていうかあいつの場合、私が男を数人連れてるってだけで、わりとクるはずだから。そういう程度の嫌がらせなら、選択肢はいくつかある。私が男と別れなきゃ、の話だけど」
「いや、さすがにもう別れないだろ」ナイルが言った。「一年半会ってなくて、それでけっきょくヨリ戻したわけだろ? だったら──」
彼女は静かに小さく、首を横に振った。誰とも目を合わせないよう、視線を落として答える。
「私たちの場合は、そういうのじゃない。好きだから一緒にとか、そうやって単純に言えるのじゃない。ヨリ戻してからはそんなに喧嘩、しなくなったけど。たぶんそのうちまた、めちゃくちゃな状態がはじまる。それはむこうもわかってる。わかってるから、あいつは戻りたがらなかった。私はそれでもいいって言った」
彼は小難しそうな顔をしている。「なんか、よくわかんないけど──そういうもんか?」
アドニスが苦笑う。「まあ男は知らんけど、ベラの性格考えたらそういうのもわかるような」彼だけは、彼女の首にある南京錠がアゼルに関係あるものだということを知っている。「なんだかんだで会ったら戻る気はしてたけど──」
ルキアノスが動いた。左腕は彼女のうしろに置いたまま、ベラの左手をとって指輪を見る。
「なんか、まえに会った時。違和感あるなとは思った。変わってる気がした。その時には、すでに?」
「そうよ」と答えて彼から手を離す。ルキアノスは本当に、自分のことをよく見ている。昔からそうだった──ささいな変化に気づいてくれる。それが過去にあった恋愛感情ゆえのものだとするなら──ベラはこんなことを考える資格はないけれど──彼に愛される恋人は、本当に幸せになれるだろうと思う。「アニーとナイルには言ってもよかったんだけど、あなたが来たし。ってゆーか帰ってきたこととかヨリ戻したこととか、中学の時にいちばん仲よかった男友達ひとりと、あとアニタと、ダッキー・アイルに住んでる友達と──っていう、ほんとに一部の人間にしか言ってない。でもアニタにも、もしまた男と別れたりしても、そんなことは一切報告しないって言ってある。だからあなたたちにもいちいち言わない。喧嘩したとか、そういう類の報告も一切なし。もし別れたとして、そしたら時間ができることになるかもしれないけど、そのぶんは仕事に使うことになるんだろうから、そういうのじゃ誰にもわからないと思うし。別れても別れてなくても、一切を“オトコがいる”で貫くので」
ナイルは少々呆れている。「なんか、いちいち徹底的だな」
アドニスは苦笑った。「らしいっちゃ、らしいけどな」
「けどさ、ヨリ戻したんなら、カメラ持ってたほうがいいんじゃねーの? 撮ったりしない?」ゼインが訊いた。
「いらない。私もあいつもカメラはキライなので」と、ベラ。
「あれ、ちょっと待て」ナイルが言う。「それをエデに言わないのはわかるけど、サビナやカーリナには? やっぱ言わない?」
「言わない。だって関係ないし。夏休み、アニタたちがここに来た時、なぜかついてきたけど。なんならそのあとボウリングにも来てたけど。紛れて来たとしても、私と直接関係があるわけじゃないから。っていうかもう、地元の人間と会うのが面倒で面倒で」
「ひどいなお前」
「大勢ってのが疲れるだけかもしれないけど、なんかね。だってあいつら、いちいち十人以上なんだもん」
アドニスが言う。「それはお前が時間とろうとしないからだろ?」
彼女はしかめっつらを返した。「平日の放課後でいいなら、どうにかする。少人数ならね。ただ飯食って話す程度。でもあいつらはなんか、騒ぐってのを前提にしてるんだもん。めんどくさい」
「あ、そーいや。十人以上で集まるにしても、細かいので分ければグループがいくつかあんだっけか」
「そう。地味組、普通組、性悪組みたいな。どこにでも所属できる人間はかなりめんどくさいことになるのです」
アドニスと一緒に、ナイルも笑った。「それは言えてる」
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二日後、コンドミニアムのアゼルの部屋──ベッドの中、ベラは背後にいる彼の腕の中にいた。アゼルの左手を両手で包んでいる。
「薬指にすればよかった」彼女が言った。
「なにが」
「指輪」
「どっちも変わんねーよ」
「変わらないことはないでしょうよ」
「はずすのがめんどくさいからはずしてないだけだし」
「なにやっても南京錠には勝てないだろうし?」
「だな」
いつになく、ベラは幸せを感じていた。アゼルと一緒にいればいちばん落ち着くし、いつも幸せなのだが、その“いつも”とは、少々違っていた。心がとても穏やかだ。背中に感じる彼の肌の温度が、髪にかかる息が、撫でるわけでもなく胸を包んでいる右手が、自分の手の中にある彼の左手が、すべてが、どうしようもなく愛しい。
「しなくても、こうしてるだけで幸せ」と、ベラは言った。「体温が気持ちいい」
「エアコンガンガンにしといて言うセリフじゃねえよ」
「うるさいよね、あいつ」
「消したら暑い」
「でも暑いのも好き。暑い部屋と寒い部屋があればいい。気分しだいで部屋選んで、たまに汗にまみれながらするの」
「動くほうの身にもなれよ。熱中症でくたばるわ」
「私を見てたら暑さなんて吹き飛ぶからだいじょうぶ」
「真面目に言う。それはない」
彼女は笑った。「やっぱり?」
「汗まみれになってるお前は、妙にエロいけどな」
「じゃああんたは? セクシー?」
「男にそんなセリフ使ってる奴見ると、マジでムカつく」
「確かに意味がわからないけど。じゃあ私も言う。汗まみれになりながら私の上に乗っかって動いてるあんた見ると、すごく興奮する。ぜんぶ自分のための汗だって思ったら、すぐイキそうになる」
「なんだそれ。上限定か」
「あ、違う。私の身体をこれでもかってくらい突きまくってる時。っていうか、つながってたら? 止まってても?」
「んじゃ仕事中はダメだな。車のためだけに汗かいてるから」
「私に乗るのと車に乗るの、どっちが好き?」
「比べることがまずおかしいだろ」
「じゃあ私なの?」
「そういう意味じゃねえよ。目的がぜんぜん違うっつってんの」
「じゃあアイス食べるのと私食べるのだったら?」
「肉」
「選択肢に入ってないし」
「いや、けどある意味人間だって肉だし」
「話を不気味な方向に持っていかないでくれますか」
「そういう選択は、かなり大げさに言ったらだけど、地球が滅亡するってなった時、生き残るために車に乗るか、お前とヤるかとか。もう食料が尽きるって時、肉を食うかアイスを食うかお前を喰うかって話だろ」
「昔、そんな話したよね」
「したな」
今でも覚えている。つきあいはじめてそれほど経っていない頃で、夏休み、マブにいた時だ。ソファの上にふたりで並び、手をつないで、そんな話をした。その時はなにをするかで、一度は殺したい相手を殺すという答えを出したものの、殺しに使う時間がもったいないとかで、アゼルは彼女をという結論を出した。
ベラがまた質問を返す。「答えは、あの時と変わってないの?」
「お前とヤッて、散々イかせたあとに殺す」
少々変わっている。「散々って、怖いな」
「突っ込んだまま死ぬ」
「身体が丈夫だからって、ひとり生き残ってるとかやめてね」
「それ言ったらお前、ひとりで死ぬとかだってナシだろ」
「もうあれだよね、してる最中に、なにかがふたりの上に落ちてくるとか、突き刺さるとかがいいよね。そしたら一緒に死ねる」
「んじゃやっぱ俺が上だな。したら先にダメージくらっても、お前が死ぬ瞬間までにはどうにか生きてるかも。お前が死ぬ瞬間見てから死ぬ」
「そんなの眺めてる暇があるならキスしてほしい」
「落ちてくんのはダメだわ。なんかいろいろ、ぐちゃぐちゃになりそーだし」
「でもある意味、人間に可能な以上に奥に入れられる可能性が」
アゼルは笑った。「どんな発想だよ。したらお前、もうなにが痛いのかわかんなくなるぞ」
「理想のひとつは絶頂で死ぬことです」
「それは俺がお前を殺す時にしてやる」
彼は突然、彼女の身体を抱えて仰向けになった。ベラは驚きで声をあげ、笑った。アゼルがナイトテーブルに手を伸ばし、リモコンを使ってエアコンを切る。
「汗にまみれるの?」彼女が訊いた。
「ベッドの上じゃねーけどな」
「ならどこ?」
「上には乗らねーけど」
シーツの下、アゼルの指が彼女の身体に触れる。彼女は吐息を乱した。彼の指が中に入ってくる──。
「体勢が──変──」
「室温が上がるまで時間がある。欲しいなら突っ込んでやる」
「いる──欲しい──」
「やっぱやめた」
「ええ──」
彼の指が激しく動き、ベラはひとり果てそうになった。
それだけでは終わらなかった。アゼルが彼女の中に入り、また身体が激しく突かれる。止まらないそれに、彼女は果てた。
一度身体を離すと、アゼルはベラを抱き上げてソファをおり、窓際に立たせた。窓に手をつかせてまた彼女の中に入り、また彼女の身体を突く。容赦は微塵もない。彼女が果てそうになっても、彼は止まらなかった。汗をかくためだけに動いているようだった。
「汗を食べたい」とベラは言った。アゼルは彼女を向きなおらせ、前から彼女に迫った。彼女は彼の汗を舐めた。彼の汗が自分の身体に落ちるのを見るたび、胸が締めつけられる思いがした。泣きそうになった。
それに気づいたのか、アゼルは突然動きを止め、彼女の中から自分を抜いた。そして彼女の頬を両手で包み、キスをした。ベラも応えた。
それからは、床で続きがはじまった。
昔も今も、変わらない。
幸せであればあるほど、失った時のことを考えるのが、怖くなる。




