○ Meeting
翌日。
ベラはウェスト・アーケードにいて、そこにあるカフェにレジー、パーヴォと一緒に入った。このあとエフィと合流してランチを一緒にとるからと、飲み物だけを頼んだ。
「ジョンア、無事に戻ってきたんか」ボックス席の向かいでパーヴォが訊いた。彼は、エルミからの写真つきメールを表示していたベラの携帯電話を彼女に返した。
「らしいわね」ベラは携帯電話を閉じた。「三人とも暇持て余してるみたいで、ほぼ毎日のように遊んでるって話」
続けてレジーが質問する。「アニタは?」
「一度は会ったみたい。でもアニタはエルミのこと好きじゃないし、ナンネとも、私がいなきゃそんな遊ばないかな。それに、今は話を合わせるのが難しいみたい」
彼は小首をかしげた。「よくわかんねーな」
「アニタはもう、プラージュはやらないって決めたのよ。でもエルミやナンネは相変わらずやってる。ナンネがヤンギャルに変貌したこともあってね、接しかたがよくわかんないんだって。ジョンアが戻ってきてさっそく、あいつら三人でメル友に会ったみたいだし。いきなり店に入るのとかはやめて、とりあえず話す感じで。返事なんかしないのに、いちいち報告のメールが入ってる」
「返してやれよそこは」パーヴォが言った。「けどやっぱ、俺の目に狂いはなかっただろ。完璧ヤンギャル化したじゃん、ナンネ」なぜか誇らしげだ。「その写真見ただけでも、相当自分に自信持ったなっつーのがわかる」
レジーも同意する。「確かに。ビクビクしてた感じがなくなった気がする。髪もこんなところで」自分の右側頭部を示す。「くくっちゃってさ。しかもわりかし目立つゴムで」
ベラは苦笑った。「まあ、そうみたいね。あいつからはどんな服買ったかとか、おかしくないかってメールが入ってくる。私がメールあんま見ないから、待ちきれない時はアニタに訊くみたいだけど。地元の奴らと遊んだ時も、みんな言わなかったけど、かなりびびってたみたい。誰これ、みたいな」
彼らはけらけらと笑った。
彼女が続けて言う。「でもね、なんか、いいことばっかりじゃないっぽい。変な方向に走りだした」
二人は声を揃えた。「は?」
「エルミとナンネがね、とうとう本格的に煙草吸いだしたのよ。まあエルミは去年の冬休みから時々とか」酒の酔いをおさえるためという理由で頼まれたからではあるものの、教えたのは自分だ。「ジョンアはもっとまえから吸ってたし、その影響もあるみたいなんだけど。ナンネもどうやら完全に、不良街道に路線変更したみたいです」
「それは──」パーヴォがレジーに言う。「けど、そういう要素はあったよな?」
返事は曖昧だった。「あったような、なかったような?」
「そりゃ地味ではあったけどさ」
「まあ、エルミはあった気がするな。悪への憧れはたぶんあった」
「だろ!?」
「けどナンネは、そのまま地味街道行けるタイプだったような」
「マジか。俺のせいか」
「どうかな」と彼女が言う。「ナンネも複雑なタイプだったからね。陰で愚痴ることはよくあったし、不満感じないとか、怒らないタイプってわけでもなかった。煙草とか世間的良し悪しはともかく、地味街道よりも今のほうが楽しそうだから、ナンネにとってはある意味よかったのかも」
パーヴォは気にしないことにした。「そうだよ、いいんだよ。ストレス死するより絶対マシ。若いうちにバカやっとかねーと」
レジーもうなずいた。「それは言えてる」
その考えかたはどうかと思う。「そのうちあんたたちとも会うかもね、プラージュで」
「俺は今やってないもんね。オンナいるし」
「やってねーっつったって、あれだぞ」レジーが身を乗り出してパーヴォの言葉を訂正する。「知り合った女たちを切ったわけじゃないし。サイトに投稿したりメール入れたりしてないってだけ。けどオレの電話奪ってたまにメール返したりしてる。あんま意味ねー」
「バラすなよ!」
彼女は笑った。「べつにいいじゃない。下心がなきゃどうにかなったりしないんだろうし」
「そういうこと!」
「とりあえず」テーブルの右端にあったメニュー表を取る。「なんかおやつ食う。いるなら選びなよ、奢るから」
また彼らが声を揃える。「マジ?」
「その代わりエフィにはバイトのこと、言わないでね。おばあちゃんが死んでひとり暮らししてるとかも」
「任せろ」
ついでに、と、ベラは昨日のボーリング場でのことを彼らに話した。なぜか妙に女心を理解している彼ら、やはり彼女と同じ推測をした。
レジーとパーヴォは、プラージュで知らない人間と会うことに慣れているため、相手グループが揃って“完全ナシ”な顔なら会わずに逃げることもあるものの、ひとりが平気でひとりが“ナシ”の場合などは、その“ナシ”なほうに対しても、ちゃんと話しかけてノリよく応じる。ほとんど誰に対してもまんべんなくというのができるのだ。
意識してそうしている彼らは、おそらくではあるものの、ササとネアは昨日のボウリングで、それをしてもらえずに不機嫌になってしまったのだろうと推測した。
つまり、ベラやハンナは今後、そういう部分にも気を遣わなければならないらしい。かといって、あまりあからさまに彼女たちに話を振るようなことをすれば、今度は不機嫌の対象が表立って自分たちにまわってくると思われるので、おそらく考えすぎもよくないのだが。
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三人はムーン・コート・ヴィレッジ前のバス・ステーションへと向かった。夏休みだからか、バス・ステーションにもその周りにも、中高生らしきグループが多くいる。
ふと思い出し、レジーはこれが噂のアレだと言って、履いている白いスニーカーを示した。白だったはずのそれは土で茶色く汚れ、かかと部分には幾度となく履き潰した痕があり、ベラには相当磨り減っているように思えた。
誕生日プレゼントに決めた値段はひとり上限一万五千フラムだけれど、相当いいものを買えばそうなるだけで、例えば八千フラムと七千フラムのものを買うこともできる、と彼女は説明した。シューズショップに入っていないうちから、彼らは本気で悩みはじめた。
そこに、エフィが乗っているバスが到着した。彼女はベラにハグをして挨拶したものの、その視線はパーヴォを意識していて、彼を見るその口元はずっとゆるんでいた。そしてそれは、パーヴォも同じだった。
「とりあえずファミレスかカフェ、どっか入ろうか」ベラが言った。「呼び出したのこっちだから、奢る」
エフィが訊き返す。「マジで?」
「この二人にも奢るから、ついでに。今日は散財する日なの」
彼女は笑った。「超意味わかんない」
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イースト・アーケードのファミリーレストラン。二階にあるボックス席、奥にベラとエフィが、向かいにレジーとパーヴォが並んで座り、ランチをオーダーした。
「実際こいつ、どんなの? 学校で」ベラを示しながら、レジーがエフィに訊いた。「中学は慣れた奴らがいたみたいなんだけど、高校で新生活ってのが、イマイチよくわかんねーんだわ」
「うーん? 基本あんま喋んない。ぼーっとしてることが多いし、あんま笑わない。超クール。けどたまに変なところでツボに入って、けらけら笑う。笑いすぎだっつーくらい笑う」
「やっぱ一緒なんか」とレジー。「けどクールって言いかたは違うだろ? 冷酷だべ?」
「ええー」彼女がベラに言う。「そんな言いかた?」
微笑みを返した。「そーね、クールなんていいもんじゃない。わかりにくいかもだけど、実はすっごく冷酷です」
「自分で言っちゃった!?」
パーヴォが口をはさむ。「冷酷だし怖い。なんかこう、よくあるような、“女って怖えー”とかじゃないんだよ。相手や状況関係なくなんでもズバズバ言うんだもん。俺らの怖-い先輩たちにまでなんでも言うし。マジありえねー」
エフィはけらけらと天を仰いで笑った。
「もしかしたらとは思ってたけど、やっぱそんななんだ。学校でもめっちゃ不思議がられてる。男子が話しかけてさ、フツーに話してくれたかと思ったら、数時間後には超不機嫌だったりすんだって。んでまた、翌日にはフツーに戻ってたり。意味わかんねーっつって」
「だろ? コロコロ変わるんだよ。やっと連絡とれたかと思えばめんどくさそーだったり、かと思えば誕生日プレゼントくれるとか言ったり。おまけに喧嘩激強のオトコとつきあってるっつーじゃん。もう最強じゃねって」
「え」彼女が身を乗り出す。「ベラのカレシのこと、知ってんの?」
パーヴォははっとした。
「あーあ」とレジー。「キレられるぞ。知-らね」
「いや──」
自分の機嫌を伺いにかかる彼にベラが言う。「まだ平気です」
「おお」
彼のほっとした顔に、エフィはまた笑った。「詮索嫌い発動?」
レジーは苦笑っている。「地雷踏んだら超危険。マジ怖い。下手したらこいつ、チーム使って潰しにくる可能性あるし」
「ええー。でも、二人のがチームに近いんじゃなかったっけ」
「気に入られてるもん、なんか。めったに連絡とらねっぽいけど、人数必要な時は言えよって言われてる、上に。オレらですらそんなこと、言われたことないのに」
「ほうほう」彼女は口元をゆるめた。「やっぱベラ、超かっちょいー」
「意味わかんねーよ」と、ベラはそっけなく答える。
「会ったことあんの?」エフィは再び彼らに質問した。「ベラのカレシ」
パーヴォが応じる。「いや、ない。けど先輩たちによると、すっげーハンサムだって話。男にも女にも好みがあるし、基準はヒトそれぞれだけど、ベラのオトコは誰が見てもハンサム? 男前だっつってた。チームの奴らも何人かが目撃? 会ってんだけど、みんな声揃えてそう言う」
「マジ?」彼女はそわそわしている。「そのうえ喧嘩激強? なんかまえにベラが、自分がつきあってんのは六対一で圧勝するほどの巨漢だとか言ってたんだけど」
彼らは笑った。
「巨漢はないない」レジーが言う。「そんなこと誰も言わねーもん。あ、あとまだ十七のくせに金持ちすぎとか言ってたな」
「え、ホント? じゃあ」エフィが再びベラに訊く。「もしかしてまえにケリーに言ってたこと、わりとホントが多いの? 巨漢はともかく」
「そーね。けど、どんなのとか説明してもしょうがないじゃん。実際、私は誰がどうハンサムで美人かなんての、よくわかんないし。それに私がオトコのことをハンサムだとか喧嘩強いとか言ったところで、どうせ半信半疑でしょ。パーヴォの言うように、やっぱヒトそれぞれ基準があるから。意味ないのよ、そんなの」
また笑い、エフィが彼らに言う。「やっぱ超変わってるよね。あっさり正論言ってくれる。うちらなんかそんなん考えないし、わかっててもアレコレ言うのに、ベラは違うんだもん。マジおもろい」
レジーは苦笑う。「だよな。だからツレやめれんかった」
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ファミリーレストランを出たあと、ベラたち四人はシューズショップに入った。パーヴォとレジーは悩む気満々といった感じで、いくつか店をまわって候補を選ぶ気でいる。もちろんあらかじめ候補は絞ってきていたのだが、二足買いを提案されたせいで、また迷いが生じてしまったのだ。
そんな彼らから少し距離をおいたところ、レディース・シューズを見ている時。エフィがベラに小声で話しかけた。
「番号とかアドレス訊くのって、アリなんかな?」
今日の彼女はよく喋る、とベラは思っていた。パーヴォやレジーの存在のせいなのか、状況的にそうなっているのか、いまいちよくわからない。ダリルたちと五人でいる時は、ダリルとケリーがよく喋るほうなので、彼女にそういった印象はあまりなかった。ベラに対してはふざけたりすることがあるものの、五人の時にいきなり騒ぎだすこともあるものの、今日のエフィはそれ以上に、よく喋るしよく笑う。
ベラも小声で質問を返す。「なに、やっぱ好きなの?」
彼女の口元は思いきりゆるんだ。「スキ。超楽しい。レジーもおもしろいけど、パーヴォのがタイプ。めっちゃドキドキすんだもん」
惚れやすいにも程があると思っても、ベラは言わない。「じゃああとでそっちに話、持ってってみよっか」
エフィはこれ以上ないくらいの笑顔になった。「マジ!?」声は抑えているが興奮している。「やった」
「でもアドレス手に入れたとして、メールしすぎるのはやめときなね。むこうはまだ自分が狙われてるなんて思ってないだろうし、いきなり暴走したらあいつのオンナがなにか言って、あいつに被害がいくかもしれない。しばらくは友達としていろんな話する。お互いを知る。カノジョの話も黙って聞く」
笑顔が消えた。「え、聞かなきゃダメ?」
「もっと惚れたらきついかもだし、無理にとは言わないけど」ベラは彼女に微笑んだ。「でも振り向かせる材料になる時もある。今のうちにちょっとでもオンナの話聞いておけば、そのうちうまくいかなくなったとして、悩みを話してくれるかもしれない。そしたら遠まわしにでも言える、“自分ならそんなこと絶対しないのに”って。そこから“比較”がはじまる。私はあんたのことあんま知らないし、あいつのオンナのことも知らないけど。ハンナだったり、あと写真見た私の地元の奴らは、あんたのことカワイイって言ってた。パーヴォもそう言ってる。性格も、私が知る限りは問題ない。あいつの好みは、可愛くて楽しくて無邪気でワガママすぎない娘。条件は揃ってる。比べられるのはイヤかもしれないけど、それがきっかけになることもあるのよ」
エフィはなんとも言えない顔をしていた。興奮に少々の照れ、感動に関心──そわそわした様子でベラの腕に自分の腕を絡ませ、身体をすり寄せる。
「男だったら私、ベラに惚れてた。超好き」
こいつはやはり惚れやすく、実は誰にでも“好き”と言っているんじゃないかと思う。やはり言うわけはないが。
「私は遠慮しとく。自分が男でも、とりあえず遠慮しとく」
笑いながら身体を離す。
「なんでだよこのやろう」
なんとなくだった。自分の性格を考えると、これが彼女の“素”なんだとすれば、こういう天真爛漫なタイプを相手にし続けるのは疲れる。
「とりあえず、あいつらの靴選びにあれこれ口出ししようか。で、全員に気力が残ってたらレディースも見る」




