○ Bowling Day
水曜日。
ベラたちが通うミュニシパル・ハイスクールのあるオフィング・ステイトという町の、学校からは少し離れた南に位置する川の近く。そこには、少々大きなショッピングセンターがあった。庶民系デパートメント・ストアの他に、別館でゲームセンターとボウリング場が建っている。
ゲームセンターとは短い渡り廊下でひとつに繋がったボウリング館の入口前、ヤニは路肩に車を寄せた。ベラはその黒い軽自動車を降り、彼に礼を言った。
「送ってくれてありがと」
「無理やりな」と、ヤニは無愛想に答えた。「夜店に寄るんなら、なんか買ってきて。甘くないの」
「チョコレート・生クリームクレープとか買ったら怒る?」
「それはない。だったら缶コーヒーのほうがマシ」
「文句多いな。夕方には解散するつもりだから、そしたらまた電話する。夕食奢ってもいいし」
「なんでもいい。じゃな」
「うん」
ヤニの車が走り去る。後方からハンナがベラに声をかけた。マーシャとテクラ、ネア、そしてサウス・ノックからはるばるやってきたササも一緒だ。彼女たちは、センター街のムーン・コート・ヴィレッジで待ち合わせ、一緒にバスで来ると言っていた。おそらくそのとおりに行動したのだろう。男子陣のほうもセルジとニルスを含め六人が揃っていて、どうやらベラが最後に到着したらしい。ひさしぶりと、彼女たちに挨拶をした。
「今の、カレシ?」ハンナが訊いた。「まさかの車持ち?」
アゼルは車を持っている。「違う、ただの友達。出かけるついでに送ってもらったの」
“ついで”の距離ではないけれど、わざわざ彼に電話して昼食を買いに行くことを確かめ、送ってくれと頼んだ。
マーシャが言う。「ベラはほんとに顔広いな。ランチまだだよね。先になにか食べる?」
「食いながらじゃダメなの? なんか中にスナック自販機があるって話なんだけど」
「それ高くつくんじゃないの?」ササが言った。「あたしはいいけど──」
ハンナが小さく空笑う。「あんまり無茶はできないです」
ベラは肩をすくませた。
「んじゃバーガーでも食いに行こうか。そのあとクレープかアイスかなにか食うから、そのデザート奢ってあげる」
彼女は瞬時に笑顔を見せた。「ほんと?」
セルジとニルスもこちらに来たので、ベラは彼らにも軽く挨拶した。彼ら二人とも、以前ベラがおすそわけしたクロス・ハーツのペンダントやブレスレットをつけている。
「飯行くべ?」ニルスが訊いた。
ハンナが彼に質問を返す。「バーガーでいい?」
「むしろそれが安上がりでいいような」
「昼はそんなもんだろ」と、セルジ。
「そこでチーム分け決めなきゃね」マーシャが言った。「経験者と未経験をうまーく、どうにか」
テクラがつぶやく。「やったことは何度かあるけど、ボウリングは苦手です」
ネアも不安そうだ。「私なんかやったことないよ。できる自信ない」
「だいじょうぶ」ハンナが励ます。「私もかなり下手だから、ほとんど素人同然だし」励ましになっていない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
デパートメント内。
ちょうど昼時でバーガーショップの席が埋まっていたので、ベラたちは買ったものを持ち帰りにして、フードコートのフリー席に座った。二人用、四人用のテーブルセットがずらりと並び、その周り三方を様々な店が取り囲んでいる場所だ。ベラの隣にハンナが座り、向かいにはセルジとニルスが、横の席にはササたち女四人、さらにその横の四人席に男たちが座った。ランチをとり終えると、ベラは女たちを連れてフードコート内にあるデザートショップに行き、クレープやアイスクリームを奢った。彼女はもちろんクレープだ。再び席に戻る。
「え、明日エフィと遊ぶの?」クレープ片手に、ハンナが訊いた。「ティリーたちはいなくて?」
ベラが答える。「うん。エフィだけ呼ぶ」
「二人でってこと?」
「ううん、友達が来るから、ついでにエフィもってだけ」
「共通の友達がいるの?」
「ちょっと違うかな。私がその友達といる時にたまたまエフィたちが通りかかって、だからなんとなく顔を知ってるって程度なんだけど」
彼女ははっとした。「もしかしてまえに言ってたひと? エフィが気になってるっていう」
ハンナはダリルたちのことが苦手なものの、ダリルやケリーがいなければ、エフィとはときどき話す。頻度は減るものの、ティリーとも話す。おそらくこれは、ハンナが“絶対的地味タイプ”でないことと、アニタほどではないだろうもののそれなりに誰とでも話せるエフィの性格、そして“元・地味側”のティリーの性格が関係しているのだろう。
「そうそう」クレープを食べながらベラはうなずいた。「ランチ食べたらその友達二人の靴買いに行く予定」
「ほうほう。そういえば、買い物行くって話はけっきょくなし?」
「めんどくさい」
ニルスが口をはさむ。「女の買い物ってすごそうな。あちこち店巡りそー」
ハンナが応じた。「そのつもりだよ。そのためにこの夏休み、超節約してんたんだけど──」ベラを見やる。「行くかどうか、微妙になってきました」
「だって、目的もなく歩きまわるわけでしょ。冬ならともかく、暑いじゃん。目的絞って行くんじゃなきゃ疲れる」
「ならグランド・フラックス以外をっていう目的なら? いちばん行ってみたいのはファイブ・クラウドなんだけど」
またもニルスが言う。「あんなとこに高校生が入るような店、あるか? ジュエリーショップとか旅行代理店とかだろ?」
「普通に服なんかも売ってるわよ」ベラが答えた。「世界的なブランドショップに入らなきゃそこまで高くはならない。セール品だって置いてるから、それが狙えないこともない。本気で安く大量に買い揃えようと思えば、アーケードがいちばんなんだけど」
「香水やアクセサリーは?」彼女が訊いた。「どこで買ってる?」
「いろいろ。見つけて欲しいと思ったら買う。あれ買いに行こーとかこれ買いにいこーとか、そういうのはあんまりないんだよね。たまたま通りかかってなんとなく店入って、買おうと思ったもんを買うタイプ」
セルジは呆れた。「半端なく無計画だな」
「だって私の場合、買い物行こう! って決めて行ったらまずいのよ。今日は買い物に来たんだからってのを理由に、店に入るたびにあれこれ買っちゃう。だから、一日で二、三万くらい余裕で飛ぶ」
三人が声を揃える。「マジで?」
「私なんて、ひとつ選ぶのにかなり時間かかるよ」ハンナが言った。「ひとつの服に三十分くらいは悩むかも。じゃないと、家に帰ってから手持ちのと合わせてあれ? ってなっちゃうから。すぐ着なくなったりしたら、ほんともったいないんだもん」
「わかるわかる」笑いながらニルスが同意した。「店ではすっげーイイもんだと思って買っても、家に帰ると魅力半減だったりするよな。あれ、なんか違くね? みたいな」
「そう! 店の照明が原因て話もあるんだよね、昼と夜とかも。あとその時の気分とか。家にある服だってわりとお気に入りなのに、いざそれと合わせるものを買うってなったら、記憶が飛んじゃうの。そうじゃなくても、自分がイメージしたのとはなんか違う結果になったりする」
セルジも一緒になり、彼らはけらけら笑ってうなずいた。
「んでけっきょく着なくなったりすんだよな」とニルス。「気に入ったもんはとことん着るけど、微妙なもんはどんどん着なくなるし。いつのまにか部屋着になってる」
ハンナは苦笑っている。「そうなの。それで年末とか、クローゼットの整理するじゃない。奥から出てきたりして、かなり久々に見て、なんとか思い出して、ああこれ、失敗したやつだなって。三千フラムの服の記憶が消えてたら、ほんと哀しくなる。泣きたくなる」
セルジもニルスも大笑いした。笑いながら本気で同意している。
そんなやりとりを聞きながらクレープを食べ終わったベラは、透明のプラスチックカップに入っているカフェオレを赤いストローを使って飲んだ。
「やりかたを変えればいいじゃない」ハンナに言う。「その微妙な感じでクローゼットの奥に眠ってるものの写真を携帯電話で撮って、それ片手に店で考えればいい。もちろん照明とか時間も変えて。なんなら適当なものと合わせて着ていけばいい。そうすれば試着できる。記憶なんてアテにならないもんを頼ろうとするからダメなんでしょ」
彼女だけでなく彼らもはっとした。
「ほんとだ。着ていくか、写真撮ればいいんだ」ハンナはなぜか関心している。「店で試着することはあるけど、試着室で失敗したものと合わせるなんて発想、なかった」
ベラには呆れしかなかった。「来週の木曜、暇?」
「木曜? うん、平気」
「んじゃその微妙な感じのものたち、いくつかクローゼットから引っ張り出して。どっかのショップ袋に入れて持ってきて」
彼女はきょとんとした。「持ってって、どうするの?」
「もちろん、合うものを探すのよ。実物さえ見せてくれれば、私はそれを記憶できる。店の商品と合わせてイメージできる。あんたがどんなの想像してるのかは知らないけど、よく行く店でいいのがあったら、そこで値引き交渉してあげる」
今度はハンナ、笑顔になった。「ほんと?」
「買った服を無駄にするなんての、ありえないからね」そうは言ってもベラ自身、忘れているだけで、散財の果てに買ったもののことを忘れていたことは何度かある。ハンドバッグから財布を取り出した。「そろそろ行かなきゃ、時間なくなる。でもソフトクリーム買う」
「まだ食うのかよ」セルジが言った。
「私は甘いものは無駄に食うほうなので」三千フラムを出してテーブルに置く。「いるなら奢るよ、二百五十フラムだけ。あとは自分で出してくださいな」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夕方──ボウリングを終えたあと、受付カウンターで支払いを済ませ、ベラたちはソファコーナーに集まった。ここのボウリング場は一般客を相手にするだけでなく大会も開かれるらしく、よくわからないトロフィーや選手たちの写真、賞状などが、ご丁寧に額縁やガラスケースの中に飾られている。
「マジでありえねえ」ソファに腰をおろしたニルスがつぶやいた。しかめっつらの彼は、自分のぶんとベラのぶんのスコアシートを持っている。「なんで最終的に負けてんの? 超初心者に!」
彼の向かいのソファでマーシャが笑う。「ベラの運動神経のよさ、ありえないよね。最後のほうなんてストライクとスペア、かなり増えてるもん」
「一発目のガターはおもしろかったのにな」セルジはニルスの手からベラのスコアシートを取った。「二投目だって二本しか倒してなかった。なんで最終的にこうなんだか」
「センスありすぎだよね。スポーツ万能って、こういうこと言うんだと思って」
「なんかムカつく」と、ニルス。ベラに訊く。「お前、苦手なもんてないの?」
マーシャの隣、ベラは自動販売機で買ったアイスクリームを食べている。「カーレースゲームとか。格闘ゲームも苦手かな」
「よっしゃ!」彼は勢いよく立ち上がった。「ゲーセン行くべ、ゲーセン!」
セルジが訊く。「お前そんな金あんの?」
「ない!」あっさり言い張った。「散財覚悟だ!」
少し離れたところでササ、ネア、テクラと話をしていたハンナがベラたちのほうに来た。
「ササとネア、もう帰るって言ってる」
マーシャは立ち上がった。
「ほんと? ゲーセン行こうって話になってるんだけど」
気まずそうなネアの隣でササが答える。「次の乗り過ごしたらちょっとめんどくさいことになるから帰るわ。あと五分くらいで、センター街に行くバスが来るし」
「来週の木曜日、買い物は行くよね?」
ハンナが確認したが、彼女の返事は曖昧だった。「わかんない。バイト入んなかったら行くかも」
「あたしも、部活がなかったら」と、ネア。
「じゃあ予定わかったら教えて。待ち合わせ時間とか、決めなきゃだし」
この時のササとネアの態度の違和感を、誰よりもハンナが気にしていた。
数時間後、センター街に戻ったベラは地元へと帰っていく同級生たちを見送ったあと、ハンナに引き止められ、そのことについて話をした。
ササとネアの態度が、ボウリングがはじまるまではいつもどおりだったこと、ボウリング中に少しずつおかしくなっていったことを確認したベラは、チーム分けを間違ったのだろうという推測を出した。
以前のカラオケの時は、(グループは二分していたものの)女は女で、男は男でかたまって、その状態で話をしていた。今回のこれは違う。男三人と女三人というグループを作ってしまった。彼女たちは男と話ができないのだ──セルジやニルスとは話せるはずだが、それはベラやハンナたちがいてのことだ。いなければ話をしない。ハンナはニルスや他の男と話していたものの、ササやネアはおそらくそれほど話しかけてもらえなかったし、自らも話したりしなかった。そして時間が経つにつれ、楽しくないと感じてしまった。それがあの態度に繋がってしまったのだろう。
気にするな、とベラは言った。今のところそれを打開する策など、ベラはもちろん、ハンナにも思いつくはずなどない。
その後ハンナと別れ、ヤニに差し入れをしつつ仕事を終えたベラは、アゼルのコンドミニアムに行き、今日のことを話した。またくだらない面倒がはじまったと彼は言った。それは、ベラの感想そのものだった。




