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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 15 * NERO
101/198

* Affair

 翌日、すでに開店したブラック・スター。ベラはヒルデブラントに呼ばれて地下一階のメインフロアへとあがった。十九時から二十一時頃までは、店が最も混む時間帯だ。

 あたりをざっと見まわすと、人混みをかきわけ、トーマが現れた。

 「ハイ」と彼女が挨拶する。「ごめん。今日昼間、連絡くれたんだってね」

 「仕事してたんだろ。いいよ」

 彼女はショートジーンズのポケットから携帯電話を出して彼に見せた。

 「アドレス、もらっといていい?」

 口元をゆるめた彼は快く了承、二人はメールアドレスと電話番号を交換した。

 「ヒラリーのアルバム、買ったよ」携帯電話をジーンズのポケットに戻しながらトーマが言う。「金欠でサヴァランのアルバムまで手出せなくて、そしたらかなりキレられた」

 「私も買ってない」とベラ。「しょっちゅう店で聴いてるのに、今さら買う必要もないし」

 「ヒラリーのは?」

 「とりあえずそっちも買ってない。どっちの売り上げがどうかなんてのに参加する気、ないもん」

 彼は笑った。「なんで勝負なんてことになってんだろ。マーヴィンなんかは絶対勝てっこないって早々に諦めてたけど」

 「さあ、どうだろうね」

 ドリンクカウンター席がひとつあいたので、ベラはそこに割り込んでバイトの大学生にカフェオレを頼んだ。五百フラムと引き換えにカフェオレを受け取り、またトーマに声をかける。

 「今すぐって言いたいところだけど、もうちょっとしたらステージに上がるの。終わるまで待っててくれる?」

 「いいよ。なにうたう?」

 「わりとプラスのバラードかな。客からのメールで──」

 名前を呼ばれて振り返ると、フロアで仕事中のエイブがやさしく微笑んでいた。

 「そんなとこに突っ立ってたら邪魔」

 彼女は素直にあやまった。「ゴメンナサイ」

 「端に行け、端に」そう言うと、彼はすぐ仕事に戻った。

 「機嫌悪いのよ」ベラはトーマに説明した。「これからうたうの、昨日の閉店後から曲作りはじめて、今日の夕方完成したんだけど。呼ばなかったからチクチク嫌味言ってくる」

 彼は苦笑った。「けど確かに邪魔な気はする。端行こうか」

 その後ステージを終えたベラはトーマを連れ、キーズ・ビル二階のレコーディング・スタジオへと向かった。

 受付カウンターでは、ヤニがひとりでPCに向かっている。彼女に気づいたが、彼はやはり無視した。

 「クッキーあげる、クッキー」ベラは柳で編まれた、ブラウンの小ぶりなバスケットをカウンターに置いた。「おすそわけ」

 それを確認すると、ヤニは再び彼女に視線を向けた。

 「なに。まさか作ったの?」

 「まさか。今日の昼間、厨房やホールスタッフの子たちが何人か集まって、大量に焼いたの。サービスでね。客全員に出さなきゃいけないとかじゃないから、ちょっともらってきた」

 「客に出せよ」

 「だいじょうぶよ、私の悪戯は入ってないから。そんな暇なかったし」

 「ガエルは奥にいるけど、ノエミはもう一階におりてるよ」

 「知ってる。ノエミには渡してきた。あんたがカウンターでこっそり食う許可ももらってきてあげた。ガエルにも一応言っといてとは言われたけど。二人一緒にここで食えばいいだけの話かなと」

 「よけいなお世話だよ」

 彼の背後、カウンター奥のドアが開き、ガエルが出てきた。

 「お、来てるな。やあ、ベラ。数時間ぶり」

 彼女が笑う。「ハイ、数時間ぶり。またごめん。ノエミに聞いた?」

 「聞いたよ」ヤニの傍らに立つ。「たまたま電話したからね。さっそく食ったらうまかったって。親父たちのぶん、明日までとっとこうかと思ったけど、無理かもとか言ってたよ」

 「昼間に持ってくればよかった。来週頼めそうならまた焼いてもらう。評判はいいから、みんな作ってよかったとは言ってるみたいなの。また作ったら、今度は真っ先に持ってあがる」

 「ならノエミに、ぜんぶ食ってあとで体重計乗って後悔しろってベラが言ってたって言っとく」さらりと言ってからトーマを見やる。「君は確か、来年契約の子だったっけ」

 トーマたちは今、ブラック・スターに現役で所属するバンドではない。けれど来年契約のことを踏まえての割引の話を持っていった時、客として映った彼らの写真を見せた。

 「はい」とトーマが答える。「すみません。ほんとはあとの二人も連れてくるつもりだったんですが、二人ともバイト休めなくて」

 「かまわないよ。ただベラやブラック・スターの幹部たちがかなり肩入れしてるって話だから、そのうち僕たちにも聴かせてほしいとは思うけどね」

 「じゃあ三曲くらいできたら」ベラが口をはさんだ。「いつになるかわかんないけど。今年中にはミニライブやろ」

 ヤニがつぶやく。「なんでお前が決めるんだよ」

 カウンターに両腕を置いて身を乗り出し、彼女は微笑んだ。

 「私がメインで詞を書くからだよこのやろう。言っとくけどあんたも呼ぶわよ、その時は」

 「なんでお前が決めるんだよ」

 「聴けよケチ」

 「ほんとだぞ、ケチ」と、ガエルも言った。

 彼はまた呆れてみせる。「影響されないでくださいよ。ただでさえノエミが影響受けてるのに」

 ガエルはけらけらと笑った。「確かに。たまにあるよな、お前にいろいろ言うようになったし。それでも振り回されないお前がすごいとも思うけど」

 「ねえ」ベラが言う。「なんでぜんぶ私が原因みたいになるの? たまたまかもしれないじゃない。もしくはヤニが原因かも」

 「お前だよ」ヤニは反論した。「俺じゃない。絶対お前」

 ガエルも同意する。「異論はないな。間違いなくベラだ」

 もう言われ慣れているので気にはしない。彼女の脳にひらめきがよぎった。

 「あ、テーマできた。とりあえずスタジオ貸してくださいな」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 翌日の午後、ベラはキーズ・ビルのレンタルスタジオ、三階の一室にいた。午前中に昼食を買ってきてくれたトーマと一緒にここに来て、昨日書きはじめた作詞を完成に近づけ、タフィとステファンが合流すると、彼らも一緒になってそれを書き終えた。

 その後ディックを呼び、完成させた詞を見せた。

 「──えらくストレートだな」と、ディック。

 トーマが訊く。「やっぱそんだけストレートだと、ハードロックっぽくない?」

 「いや、べつにいいんじゃないか。どのジャンルでどんな詞をうたわなきゃいけないとか、そんなんないだろうし。世間一般にはあってもうちの店では気にしなくていい」

 「けど問題があるんです」ベラが言った。彼女はディックが持ってきてくれたラムネ菓子を食べている。「この三人、浮気された経験がないらしくて」

 「あ?」

 ステファンが顔をしかめる。「浮気されるっつーか、カノジョができたことすらないし。どうせモテないし」

 遠い目をしてタフィがつぶやく。「トーマはともかく、オレらずっとダチ以上になんないんだよね」

 トーマが苦笑う。「浮気される気持ちってのが、あんまよくわかんなくて」

 「そりゃ俺も知らん」ディックが答えた。「知る限りはされたことないからな。けど、んなもん想像だろ。浮気に限定しなくても、その気にさせられたのに他の男とつきあいだしたとか。ベラはいつもそうやって詞書いてるぞ」

 「それは人並みにレンアイしてるからだって」ステファンが言う。「オレたち、それすらほとんどない。いいなって思ってても、なんかわかるんだもん、脈ねーなーってのが。したらもうどうでもよくなる」

 「ずっとこんな調子です」ベラは右隣にいるディックの腕に頭をあずけた。「ほとんど完成してたからよかったものの、意見訊いても“そんなの知らない”の卑屈一点張り」

 彼は呆れて肩をすくませた。

 「んじゃお前ら二人、もう楽器と曲作りだけに集中しろよ。曲は音から作ることもある。それ教えてやるから、なんとなく曲ができたら、まあテーマはどっちが決めてもいいけど、それにトーマとベラが詞つける。トーマたちのほうは音を気にせず詞から書く。それでいいだろ」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 夕方、キーズ・ビル地下二階の赤白会議室。

 話を聞いたマトヴェイは、けらけらと天を仰いで笑った。

 「まあ高校生のガキなら、レンアイ経験がないっつーのもうなずけるけど」彼はテーブルに腰かけている。「パッシがわりとそんな感じだったよな」

 デトレフが答える。「だな。つきあったのだって、今のオンナが二人目だし。しかも一人目には手出す前にフラれてるし」

 「あれって、そんな純粋タイプなの?」フォーク片手にベラが訊き返した。彼女は二人が買ってきてくれたチョコレートケーキを食べている。「ディックやあなたたちからは考えられない」

 「どういう意味だ」と、マトヴェイ。「あいつはオレらとは違う。ほんとガキ。いつまでもガキ。実はヒルデとヤンカを崇拝してるしな、理想のカップル像だっつって」

 「で、あなたたちはディックの影響を受けまくってると?」

 彼は笑った。「そんなんじゃないけど。オレらは気づいたらこうなってただけ。ひとりの女に真剣になれねーっつーかなんつーか」

 「でも結婚したわけでしょ、デトにいたっては二回も」

 デトレフが答える。「あんなもん、なんの意味もねえよ。一回目は家に転がりこんできて、相手の親が結婚ほのめかしはじめて、まあいいかってしただけ。次も意外と長く続いたもんだから、結婚したいって迫られて結婚しただけ」

  「ちなみに」身を乗り出してマトヴェイがつけたす。「長く続いたって、一年ちょいだからな。そのあいだの浮気がバレなかったってのもあるし。こいつにとっては結婚なんてそんなもん。夜の相手してくれる家政婦扱い」

 デトレフは彼が腰をおろしているテーブルの真下を蹴り上げた。

 「お前も変わんねえだろ。ヒトに便乗して結婚しやがって」

 「なにが悪いんだよ」

 「なんでもかんでも張り合ってんじゃねえよアホ」

 「今んとこ負けてるわ。喰った女の数も結婚と離婚の回数も給料も車のレベルも!」

 「張り合ってんのはお前だけだっつの」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 外で夕食をとったあとコンドミニアムに行くと、そこからシャワーを浴びてベッドに入るまでにそう時間はかからなかった。

 「浮気されたこと、ある?」

 アゼルの腕の中、ベラは訊いた。彼はクッションをはさんでベッドヘッドにもたれている。

 「しょっちゅう他の男とキスしてんのはどこのどいつだっけ」

 「私のは浮気じゃないです」

 「俺相手に浮気すんのなんてお前くらい」

 「だから浮気じゃないって言ってるのに。私が言ってるのは、昔つきあってた女が他の男と寝たとか、そういうのよ」

 「あるわけねえだろ。あってもどうでもいい。興味ねえ」

 変な男だ。自分もヒトのことは言えないけれど。「なんかそういう報告をあんたにしても、“あっそ。で?”、とか、普通に言われそう」

 「それ以外になんか言葉あるかよ」

 彼女は少し考えた。だがアゼルが言いそうな言葉は本当に、それ以外なにも浮かばない。

 「ある意味あれだよね、他の女見て喰いたいとか思うのも浮気だよね。心が浮ついてるわけだから」

 「喰いたいじゃなくて喰えるかどうかでもか」

 「その瞬間にその女を喰うところを想像してるなら、それはムカつく。浮気かどうかは知らないけどムカつく」

 「お前の基準はよくわかんねーな」

 そう言うと、彼は体勢をなおしてベラの横に寝転んだ。腕を枕にしたまま、彼女は目を閉じたアゼルと向き合う。

 「そもそもヒトの浮気の基準がよくわかんないよね、話聞いてると。相手が他と仲良く話してんのがムカつくっての、女だけかと思ってた。でもまえに、チェーソンもそんなこと言ってた。イチャついてたらムカつくし、キスとか論外だって。自分はするのに」

 「どいつもこいつも勝手だよな」

 「あんたはキスがキライで普段はしないから、私が誰かとキスしたらムカつくの?」

 「嘘がムカつくだけだっつったはず」

 「じゃあ正直に言えばキスにも怒らないの?」

 「キレても無駄だろ。お前にとってそれはなんの意味もなくて、必要だと思えば俺関係なくすんだから」

 図星の上に図星が重なった。返す言葉が見つからず、ベラは彼の首に腕をまわして彼にキスをした。最初はフレンチ──そして、深いキスを。

 「──私にとって意味があるのは、あんたとのキスだけ」またキスをする。「それ以外、なんの意味もない。なにも感じない。他の男とキスしたいなんて思わないし、したとしても、なにも動かない」

 キスをしながら彼女の髪を撫で、一方の手を腰にまわして、アゼルは彼女を仰向けになった自分の上に乗せた。

 「──お前とこうやってると、すぐヤりたくなる。マジでめんどくさい」

 自分の皮膚に直に彼を感じながら、彼女がまた彼にキスをする。

 「焦らして──もっとキスしたい。もっとさわりたいから、さわって」

 アゼルは、応えてくれた。

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