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R E D - D I S K 0 4  作者: awa
CHAPTER 02 * I'M SO SICK
10/198

〇 My Rock

 翌日、日曜日。

 ベラは昨日と同じように、朝八時にブラック・スターへと向かった。彼女はフライリーフの合鍵も、地下一階メインフロアへの合鍵も、地下二階スタッフ用フロアへのドアの合鍵も、すべて持っている。加えて地下二階の控え室に隠すようにして存在する暗証番号つきの、各場所に設置された防犯カメラのスイッチの操作方法も教わっていた。

 いちばんに店に来たということは、フライリーフへのドアの鍵を開け、続いてスタッフ用フロアへのドアの鍵も開けるということになる。けれどこういった場合フライリーフのドアの鍵はそのままに、スタッフ用フロアのドアの鍵は一旦閉める。ベラひとりだと、なにかあってからでは遅いからと、幹部たちにきつく言いつけられてのことだ。

 防犯カメラの録画ディスクを入れ替えると、ほとんど私物化している赤白会議室に荷物を置いてから、再び控え室に行った。モップを手にし、ざっくりとした床掃除を始める。これは言いつけられたことではなく、彼女が勝手にやっていることだ。控え室から会議室ふたつ、スタジオみっつを回り、最後に廊下。続いてメインフロアの鍵を開け、そこも掃除して、最後にフライリーフを仕上げる。少なからずキレイにはなるわけだが、彼女の目的はそれではなかった。そうやって動きまわるあいだに、次に書く詞のテーマやフレーズ、物語を考えるのだ。

 昨日もそうだったけれど、土日のそんな時間から店にいると、とにかく練習したいらしい誰かが、スタッフ用ドアの脇にあるベルを鳴らす。それは地下二階で静かにしていれば、どの部屋にいても聞こえる。開けたくないという本心を無視して、ベラは鍵を開けた。当然不思議がる者も多いものの、彼女が幹部扱いということは公にしていないので、単にわがままを言って鍵を預かっているだけだと説明している。

 現在ベラは春休み中だが、店のボスであるディックと四月から専業主婦になったヤンカを除く他の幹部たちは皆、平日に本職の仕事をしている。仕事帰りに店に来て、オープンに向けた準備をしているのだ。疲れは少しでもとってもらわなければ困る。ヤンカには家事があるし、ディックはブラック・スター一本なものの、自分よりはるかに仕事量が多い。加えて実際はどうだか知らないが、今のこの時間は、高確率でケイトと一緒にいるだろう。バンドたちが早く練習したいからといって、最近減っているらしいふたりきりの時間を邪魔することになるよりは、自分がいちばんに店に来て鍵を開けるほうがいいと思っている。

 今日ベラの次に店に来たのは、昨日緊張のあまり予定を狂わせたバンドたちだった。もう平気だと彼らは言った。平気ならなぜこんな時間にと思ったが、彼女は言わなかった。

 再びドアの鍵を閉めたものの、立ち去ろうとしたところですぐにドアが叩かれ、ベルが鳴らされた。アックスのメンバーだった。バンドたちが多く集まりだすと、スタジオの使用は交代制になるものの、早い時間に来れば好き放題使える。彼らの狙いはそれだ。休憩する暇もなく時間ばかり気にしてスタジオに入るより、時間にも心にも余裕を持ちつつ練習するほうがいいに決まっている。

 もういいかと、ドアの鍵は開けたままにしておいた。

 ひとり赤白会議室に戻ったベラは、マルコが高校の合格祝いにくれた、出かける時はほとんど常に持ち歩いている小型の赤いキャリーバッグから、ノートPCと作詞用のノート、筆記用具を出した。エグゼクティブチェアに座って詞を考える。なにを書きたいかは決まっていた。面接にとおったわけではないが、キュカとエルバにうたってもらう詞だ。どんな歌が好きなのか、それ以前にどんな声なのかも知らないが、とにかく強烈なものにしたい。

 掃除をしながら思いついたメロディがあった。それを口ずさむ──今まで恋愛にまつわる詞を書いても、プラス思考のまともな詞ができたことはなかった。自他共に認めるほど、狂ったように中毒な状態か、もしくは失恋して傷ついているかのどちらかしかない。“Dangerous To Know”は恋人がいる設定で、おそらく表面的には幸せなものの、内容的にはそんなにいいものでもない。

 ベラとアゼルのあいだにあったのは、そこら中にある“好き”や“愛してる”の集合体ではなく、“執着”だった。お互いがお互いに執着していた。傷つけ、傷つけられても、どちらもやめようとは思わなかった。危険だとわかっているのに、やめられなかった。

 普通の恋愛というものを知らないし、ただ愛をうたうだけでは強烈なものにはならない。それに両想いの状態でただ愛をうたってしまえば、いつもと変わらない、中毒めいた詞になってしまう可能性がある。だとすればもう、答えはひとつしかなかった。イメージの中だけのキャラクターではない。うたってほしい人間が実際にいるのだ。書きたくないことだろうと、本音ではないことでも、彼女たちをイメージすれば書ける。

 メロディを繰り返しているうち、最初のメロディが浮かんだ。言葉をあてはめる。何度も繰り返していれば、それを覚えるし、次も浮かぶ。イメージが固まり、テーマが明確になってくる。

 この数週間のあいだに、彼女は音楽家として、急速に成長していた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ハンドバッグの中で携帯電話が鳴っていることに気づき、ベラははっとした。ドアもノックされている。集中しすぎると、周りのなにも聞こえなくなる。悪い癖のひとつだ。

 携帯電話を鳴らしていたのはパッシだった。応じずにドアを開けると、やはりパッシが呆れ顔で立っていた。

 「もうほんと、鍵つけんのやめたほうがいいと思う、ここ」

 ベラは苦笑いを返す。「ごめん。で、なに」

 彼はファストフード店のクラフト紙袋を見せた。

 「バーガー買ってきたけど食う?」

 「食う」

 時刻は午前十時半になっていた。彼のこれは朝食だ。いつのまにか幹部メンバーは全員店に到着していたし、バンドも多く集まっていた。パッシと一緒に来たらしいエイブも呼んで、彼女は書いていた詞を見せた。食べながらメロディを伝えると、食事くらいゆっくりさせろと文句を言いながらも、彼らはギターとICレコーダーを持ってきた。食べながら相談しながら、まだ書いていなかったCメロを完成させ、ひととおりの流れを作った。

 その後、店のノートPCで曲を作っていった。使いかたを覚えれば好きに曲が作れると言われているものだが、ベラにその気はなかった。もともと機械は苦手なのだ。複雑な人生を歩んできたせいか、それともただの性格か、単純なものを好む節がある。楽器も覚える気がない。

 相談しながら作業を進めていると、十二時すぎにキュカから着信があり、面接に来た彼女たちを地下に迎え入れた。メインフロアでは昨日面接を希望したバンドたち、人間たちが何人かいて、ディック、ヒルデブラント、ヤンカ、デトレフが面接官をしていた。

 彼女たちをメインフロアに残して地下二階で曲作りを再開していると、デトレフとマトヴェイに連れられてキュカとエルバが来た。面接に合格したらしい。さっそく今日無理やりどこかにねじ込んでうたわせるから、ゼスト・エヴァンスに行ってCDを買ってこいと命令され、ベラは従った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 店に戻ると、ウェル・サヴァランに連れられてヒラリーが来ていた。ベラと彼女はまだハグをするような仲ではなかったが、ベラに対する彼女の態度は少し打ち解けたもので、その表情は昨日よりも少々、吹っ切れたように見えた。

 ヒラリーは渡された“Rock This World”を完璧に覚えてきたという。しかしその“完璧”ですら、ベラは簡単に崩してしまう。二人でうたうとなれば、Aメロを交互にうたうのは当然なものの、思いつくままにコーラスを入れる。なんの前振りもなく、声を低音や高音に変えることもある。つられて“自分の音”がわからなくなる人間が圧倒的に多いのだ。

 赤白会議室でそれぞれのパートを決め、歌詞を印刷したあと、CDを再生しながらうたった。ヒラリーはやはりつられた。パッシとエイブがつきあってくれていたのだが、そうなると当然、好き勝手にうたうのが悪いという理由でベラが責められることになる。けっきょく、ベラがコーラスを控えるという約束をして落ち着いた。

 午後三時すぎ、白いテーブルの上、ベラはヒラリーに手伝ってもらいながら、ディックのメモに従って、ラミネート加工した歌詞カードを順番どおりに並べていた。

 通しリハーサルから戻ってきたキュカとエルバはひどく興奮していた。選んだのは今まで何度も聴き、何度もカラオケでうたってきた曲だというのに、とんでもなく緊張して、何度も歌詞を間違えたらしい。彼女たちのプレッシャーが伝わったのか、ヒラリーまで緊張した様子を見せた。ベラは通しリハーサルなど一切やる気がないので、行くならひとりでと彼女に言い、彼女は諦めたのだが。

 「この部屋、なんなの?」キュカが訊いた。「みんなさ、ベラは基本的にこの部屋に引きこもってるっつってた。ベラ専用じゃないはずだけど、専用みたいになってるって」

 「鍵がついてるのをいいことに、私が勝手に独占してるだけ。他のバンドたちには高校生だってのを知られないようにしてたし、関わらなくて済むように。あとちょっとした雑用もね、私がやるから、それに必要なのはここに置いてる。気づいたらプリンターだのラミネート機材だのも置いちゃった、みたいな」

 ベラが答えると彼女たちは笑った。

 エルバが言う。「白黒会議室も見せてもらった。最初さ、白黒会議室が男専用で、こっちが女専用かとも思ったのよ。けど違うのね。むしろあっちは使用頻度少ないっつって」

 ベラは肩をすくませた。

 「もともとここと隣の会議室は、ディックがなんとなくで作ったものらしいのよ。彼も目的なんてわかってなかった。控え室がわりと広くて、みんなたいていそこで食事するし。群れから離れたいのは私ひとりでして」

 二人がまたけらけらと笑う。キュカは悪戯に口元をゆるめた。

 「んじゃうちらが白黒会議室を独占する日も遠くないか」

 エルバが彼女に訊く。「なにすんの? うちらなんもすることねえよ?」

 「だからこう──メイクとか」

 「ロッカールームでできるし。レストルームもあるし」

 「昼寝とか!?」

 「そんな時間がどこにある」

 「練習部屋?」

 「スタジオもメインフロアもあるのに? 寂しいな」

 ヒラリーはずっと、くすくすと笑っている。「二人もいつか、作詞、する?」

 「無理!」と、彼女たちは声を揃えた。

 キュカが続ける。「ベラのあれは天才的だよ。もちろん音つけるほうもすごいんだろうけどさ、詞なんてぜんぶベラが書いてるって話だもん。幹部のみんなも驚きの連続だってよ、マジで」

 「いや、驚き通り越してすごい楽しいっつってた」エルバが訂正した。「みんなはできるだけロックとかポップあたりでいこうって努力してんのに、ディックがさ、たまに自己中貫いてハードロックな曲とか作るんだけど、ベラはそれにすら詞つけるって。今日うたうのはそっち系だから、バンドメンバー全員、実はさっさとオープンしたくてうずうずしてるって」

 キュカがつけたす。「っつーかリハしないの、マジでなんで? 平気?」

 ベラはエグゼクティブチェアに座り、ゆっくりとくるくる回っている。

 「達成感てあるじゃん。や、まだわかんないかな。とりあえずあるのよ、それをうたいきって、演奏しきった時の達成感。満足感。それが好きなの、みんな。人前だとさらにそれが大きくなる。ミスしても私は気にしないし、みんな気にしない。ノリで突っ切る。それもライブの特権だと思ってる。

 デトレフとマトヴェイは同じバンドにいたから息が合ってるし、パッシはディックからギターを教わった。ディックとデトレフとマトヴェイも、バンドは別だったけど、遊びでセッションしたことはある。客として来てたパッシも含めて、よくライブハウスで顔合わせてた。四人共腕はプロ顔負けだと思う、知らないけど。だから別々に練習してても平気。ディックは私の性格をよくわかってくれてるし、私も歌に関しては器用だから、合わせられる。練習で何度も同じこと繰り返しての達成感より、ほとんどぶっつけ本番で合わせた時の達成感のほうが大きいじゃない」

 彼女たちはよくわからないらしい。

 「うーん? いいのか、それで」と、キュカ。

 「ヒラリーは? リハする? ライブハウスの時」

 彼女はエルバに向かってうなずいた。

 「するわ。っていうか、出るのがあたりまえだと思ってた。ちゃんとしたステージでぶっつけ本番なんてはじめてよ」

 チェアの回転を止め、ベラが彼女に言う。

 「ロックなのよ。しかも私の場合、はみ出し者のロック。あ、パンクじゃないわよ。ロックね。私が書いた詞を読んでもらえればわかると思うけど、型にハマるタイプじゃないの。つきあわせて悪いとは思うけど、詞のために書いた言葉じゃなくて、たいていマジだからね」

 キュカとエルバは天を仰いで笑った。

 「そういうの、マジ好き。っつーか羨ましい」エルバが言う。「さっきマトヴェイに言われた。ベラと一緒にいたら常識がわかんなくなるから気つけろよって」

 懐かしい言葉だとベラは思った。男友達がよく、そんなことを言っていた。

 キュカが遠い目をする。「うちらもけっきょく、常識枠なんだろーね。ふざけたことはわりとしてきたけど、べつに飛び抜けてたってわけじゃないし」

 「ベラならマジでドリル持ってくれそうだよね。その気になればうちらが仕事してる会社も潰してくれるかも」

 エルバの言葉に、キュカは大笑いで同意した。

 「どっちかっていうと、マシンガン」ベラは目を閉じ、またチェアを回しはじめた。「手に入ればだけどね。どんなところか知らないけど、エントランスから視界に入った人間、ぜんぶ撃ち殺してく」彼女は閉じた瞼の裏で、その光景を想像していた。「ムカつく上司がいるなら、そいつの死体は窓から吊るしてやればいい。そいつの血で書くの。“これがロックだ”って。私のロックはそういう世界。今日の“Going Under”を聴けば、それがよくわかるよ。他のバンドメンバーはどうか知らないけど、私はその曲には特に、そういう光景を想像してる」

 目を閉じていたので見えなかったものの、彼女たちの反応は容易に想像できた。少々喋りすぎかもなと思ったので、ベラは言い終えてすぐ立ち上がり、コンビニに行ってくると言って部屋を出た。

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