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輝き星の舞姫  作者: 若竹
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 わたしは今日も草原で一人躍る。

 レッスンが終わった後、ここで練習するのが日課なのだ。ただし、今日は何時もより早めに切り上げる予定だ。


 わたしは花。

 リリィ・ホワイトというちっぽけな人間の殻を、蛹から蝶へと変わるように脱ぎ捨てて、舞いながら生まれ変わる。

 胸の前で握りしめた拳は硬い蕾を表現している。そこから大空を掴むように両腕をゆっくりと伸ばしていく。今にも綻びそうな蕾へと、指先を花びらの如くゆっくりと広げながら、くっと手首を傾けた。

 力強く、けれど指先は繊細に。

 全身で生命の息吹を表現するのだ。

 一杯に開いた両手のひらと両腕を広げつつ身体をくるりと回転させながら開き、上体を深く逸らした。

 満開に咲き誇る春の花。

 今のわたしはただの村娘ではなく、勢い良く咲き誇る可憐な花へと変化する。

 わたしはぐっと体を起こすと両腕を朝日を浴びて蕾を綻ばせ満開となる大輪の花のように動かした。勢いはとどまる事なく溢れんばかりの命の歓喜を迸らせる。とん、と全身の筋肉を使って跳躍する。

 一つ一つ緩急つけて動作を取るたび、身体中の筋肉が悲鳴を上げる。もう、無理。限界だからと。

 それを笑顔で抑えつけて。

 足元に広がる背丈の低い草を踏みつける度、湿っぽい音がした。水を含んでくぐもった音はまるで下手くそな伴奏みたい。

 重く湿気た伴奏に一層わたしは焦りを覚える。一流の舞姫はこんな音など出しはしない。

 さあ、出来る筈だ。もっと高く、もっと美しく、もっと優雅に。


 毎日練習しているのにどうして上達しないのだろう。才能の問題なのだろうか。

 だとしたら、舞姫になるのは無理かもしれない。

 お伽噺の舞姫のようには、どうやってもいかないのだろう。


 子供でも知っている、伝説の舞姫のお伽噺。

 冬に支配された島。

 神に見放された国。

 昔々、このわたし達が住むこの島国はそう呼ばれていたのだそう。伝説の舞姫が現れるまでは。

 かつては流浪の躍り子であった舞姫。彼女は飢饉と疫病に苦しむ多くの人々の為に、舞を持って慰め、励まし、勇気付けるため国中を廻ったという。

 その舞は息をする事さえ忘れてしまう程の素晴らしさだった。

 やがては神様でさえも魅了してしまう程の。

 舞姫の躍りに心奪われた神様は、彼女の願いを叶えてくれた。それは、飢えと病に苦しむ人々を救い、この国を冬から解放する事。

 舞姫の願いは聞きとどけられ、神の奇跡によってこの国の人々は救われた。

 以来、毎年神様に舞を奉げるようになり、それは今日まで続いている。また、舞踊は聖職となり踊り手は舞姫と呼ばれるようになった。


 伝説の舞姫は欲が無いと思う。

 だって、もしわたしだったら、眼が見えるようにお願いするだろうから。とてもではないが他人の事など思いやれない。まあ、だからこその舞姫様なのだけれども。

 それに奇跡さえも呼び起こす舞だなんて、一体どれ程すばらしいものなのだろう。それは只人が踊れるものなの?

 少なくとも今のわたしには無理。

 でも、そこまで到達できなくても今はいい。

 せめて、今回候補生になれれば。夢をあきらめずに済むのであれば。

 一体、わたしには何が足りないと言うのだろう。

 細かい動きまで見えなくなった今、何が正しくてどこが悪いのかさえ分からない。指摘されても思う様に掴めない。

 けれど、それを誰にも相談できずにいる。誰にも、わたしの眼の事は言ってない。

 もちろん母さんにだって黙っている。

 もしも、この事が母さんに知れたら、途端に踊りを止めさせられるかもしれない。

 周りの人に知られたら、舞姫候補の選考から除外されるのでは?

 そんな不安に駆られるのだ。


 暗い思考は止まらず、いつものように舞に集中する事が出来ない。わたしは気持ちの思うがまま、自由に動いて躍りまくった。そうすれば、何もかも忘れられるとでもいうように。

 暗い考えを振り払おうと勢い良く跳躍した。

 途端、眼の前に障害物がぬっと現れる。

 あっ、ぶつかる!

 心臓が縮みあがって体が竦んだ。またもや痛い思いをすると身体は反射的に反応して、身体と心を硬くしてぎゅっと眼を閉じた。

 ドンっと硬いものにぶつかって、衝撃と痛みが身体を襲って頭がぐらぐらした。

 けれど予想した程では無く、怪訝に思って首をかしげながら眼を開ければ、わたしの体は何かに受け止められていた。


「一体どこに目を付けている」


 聞き覚えのある深い艶のある声。腰から背中にかけて、何かが走ってぞくりとした。ぶるりと思わず身震いしてしまう。


「ちゃんと前を見ろ。大怪我をするぞ」

「……ウォルフさん?」

「また会ったな」


 わたしはウォルフにがっちりと抱き止められていた。ただ、人に抱きついているにしては軟らかさが無い。

 抱きついている黒い騎士はやけに硬く、ウォルフの胸板はごつごつしている。

 あれ? 何だろう、変な感じ。と違和感を覚えれば、ちりっと金属の音が微かにして、服の下に何かを纏っているのが分かった。どうやらそれが違和感の正体だった。


「やあ、リリィちゃん。大丈夫だったかい? 君にまた会えるなんて、僕らはなんて運がいいんだろう。こんなに勢い良く飛びついてくるなんて、意外と情熱的なんだね? どうせなら、副隊長にでは無くこの僕の胸で受け止めてあげたかったよ。残念だな、副団長は幸運でしたね」


 これを聞いたウォルフが溜息を吐く。わたしの髪に吐息がかかって、ふわと揺らした。

 この全身がむず痒くなりそうな事を言っているのはレオナード。妙に色気のある声は微かに笑いを含んでいる。レオナードに言われて、わたしはウォルフという男性の腕の中である事を思い出した。

 わたしの背中に回された逞しい腕、微かに匂う自分とは違う男性の香り。


「あっ、ありがとうウォルフさん」


 わたしはぱっと跳ねるようにウォルフの腕の中から飛び出した。そして、恥ずかしいので下を向いたまま、顔を隠すようにぺこりと頭を下げる。今自分の顔を見たら耳まで赤くしていることだろう。顔から湯気が出そうでわたしは両手で眼から下を覆った。


 まだ心臓がばくばくして、落ち着かなかった。




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