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輝き星の舞姫  作者: 若竹
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今回は暗い内容です。


 早めに教室が終わり、わたしは真っ直ぐ家に向かって歩いていた。

 うちは村外れにあるので、家に着くまで少し時間がかかってしまうので、いつもならもう少し早足で歩くのだが今日はどうにも足が進まない。

 わたしは足取り重く、俯き加減にとぼとぼ帰り道を歩いた。膝が動くたびに、新たに作ってしまった擦り傷がずきずきする。

 ほう、と溜息が零れた。これで何回目だろう? と、頭の片隅で数えてみるのだが、それはなかなか止まりそうになかった。

 ついついため息ばかり零してしまう。

 ふと何気なく眺めてみれば、どの家もいつもは開いている玄関扉が閉じている。それに、魔よけのまじないみたいな物をぶら下げている家だってある。

 それって本当に効果があるのかしら。まあ、気休めみたいなものなんだろうけどね。

 どうも村中の家が厳重に戸締りしているようで、いつもならばこの帰り道にも農具を持ったおじさんや野菜を抱えたおばさんに出会う筈なのに、村の通りを歩いているのに誰ともすれ違わない。

 いつもと違う雰囲気で、慣れた帰り道だというのに、落ちつかない。

 けれども人気が無いかと言えば、そうでもない。

 逆に、今までにはいなかった警備員やウォルフとレオナード以外の騎士も何人か村の中をうろついている。町の警備隊員だろうか。

 村の外にも騎士団員や警備隊員たちがいるらしいし、小さな村はいつの間にやら、物々しい雰囲気に包まれていた。



 今日はどの家も盗賊を警戒して早めに戸締りをしているのだろう。

 脳裏に母さんの姿が浮かんだ。母さんはこの事を知っているだろのかしら。うちは村外れにあるし、一人家で作業をしている母さんの事が心配になってきた。

 わたしは歩調を早めると、まっしぐらに家を目指した。

 村では盗賊を警戒して、自警団を設立したと聞いた。どうにも物騒だ。

 でも、自警団と言っても元は村の農民だ。鍬や鋤を手にした事はあっても、剣などの武器は扱い慣れていない。本当に凶悪な盗賊相手に通用するのだろうか……。


 家に帰るといつものように母さんが料理の支度をしていた。

 ほっとして盗賊の話をすれば、どうやら既に知っていたようで「分かってるよ。あんたもふらふら出歩くんじゃないよ」と、逆に注意されてしまった。



 次の日も、教会は休みでレッスンも早々に終わってしまった。盗賊騒ぎは相変わらずで、落ち着かない。

 けれど、何とも物足りない気分だったわたしは気付けば、いつもの小高い丘に来ていた。

 此処から見える、村の様相は落ち着きなくて、村から少し離れた場所には幾つもテントが張ってあり、あそこに騎士団員や警備士達がいるのだろうか。


 けれど、ここだけはいつもと同じく変わり無かった。

 誰もいない、わたし以外には。

 ここだけは何時もと変わらない空気が流れていて、盗賊騒ぎなんて嘘のよう。

 足元の草が強い風に煽られてざわざわ揺れた。乱れて耳障りな音は、まるでわたしの心の中そのものだ。

 今日は散々な日だった。村は非常事態で浮ついているし、レッスンも僅かな時間で終わってしまうし。みな、無事かどうか確かめるためにレッスンに出ている様なものだ。

 いざ躍ってみてもケイト先生には注意されるし、レッスン中にまたもや派手にすっ転ぶし。治りかけていた傷の上に、新たな傷を追加してしまった。それでなくても痛むのに、更に膝を擦り剝いて、痛いし恥ずかしいし。しかも、よりによってロザリーの前でこけてしまった。

 お陰でロザリーに助け起こされてしまうなんて。

 後でシェリルに「相変わらずおっちょこちょいだよね」なんて優しく慰めてもらったけれど、気持ちは沈んだままで。

 あの時差し出されたロザリーの手。

 しっとりとして傷一つ無く、まるで白魚のようだった。

それに比べてわたしの手は荒れてガサガサ、あかぎれだってある。彼女の家は裕福だからお金も、練習する時間もあるんだ。おまけに健康な眼だって。

 わたしには無いものばっかり。

 こうやって夢を追えるのも今年くらいまでだろうと感じているのに。

 

 父さんの葬式が済んだ後、母さんのぽつりと漏らした言葉が忘れられない。


「夢なんて、夜空に浮かぶお星様みたいなもんさ。手を伸ばしても絶対に手が届かない。おまけに美しくキラキラ輝きやがってさ。実際にはお月様より遠いのにね」


 ……それでも諦められない。眩しい輝きを追いかけてしまう。


「夢でお腹が一杯になんか、なりゃしない」


 母さんはいつも疲れた顔をしている。足腰を擦りながら、ヒツジの世話を朝から晩までしている。その背中は凝り固まってそうだ。


「現実は酷く残酷なのにさ」


 ……それでも手を伸ばしてしまう。いつかは届くと信じて。

 

 元気だった頃の、父さんが脳裏に浮かんだ。


「リリィは舞姫になりたいのかい。そうか、それは大変だなあ。なんせ、人一倍練習しないと舞姫どころか見習いにすら成れないんだぞ。おまけに簡単には諦めないど根性が必要だ。それでもなりたいのかい?」


 その時子供だったわたしはこう言ったっけ。


「うん! わたし一生懸命練習する。絶対に諦めないもん」

「そうか、そうか。なら父さんは、リリィを応援するぞ」


 豪快に笑うと、大きな掌でわたしの髪をくしゃくしゃにし、抱き上げてくれた。父さんの腕の中は視界がいつもよりずっと高くて、周りの景色がキラキラと眩しかった。

 無邪気だったあの頃。不安なんて何も知らなかった。



 今のわたしは視力がどんどん落ちて視界は狭まっていく。

 おかげで踊りは上達しないまま、体だけが成長して確実に年を取っていく。

 おまけに我が家は経済的余裕も無いし、年が過ぎる毎に悪くなっている。それでもまだ、夢見ていられるのは父さんと母さんのお陰だ。

 わたしの夢を知った父さんは、応援すると言った通り早速有言実行してくれた。村の舞踏教室にわたしを入れて、衣服や靴も用意してくれた。あの頃だって、うちは決して裕福では無かったのに。

 そして、今では父さんという働き手がいない分、余計に家計が苦しくなった。そんな状況でも授業料を払い続けてくれる母さん。

 本当に感謝している。

 女手一つで家庭を守り、わたしをここまで育ててくれた。

 けれど、それも難しくなっているのは知っている。母さんの言葉の端々に現れているし、実生活にも感じるようになってきた。

 母さんなんて新しい服をもう何年も着ているのを見たことがない。ずっと同じものばかり着ている。もちろん、わたしだってそうだが、成長に合わせてどうしてもサイズが小さく なってしまう。古着や誰かのお下がりなどを貰ったりなどしている。

 それどころか食事に肉が出たのはいつが最後だっけ。

 舞姫候補生になれば、援助という形の支援金が国から出る。しかし、それも候補生に選ばれればの話。

 今回が駄目ならば、わたしもここまでにしなくては。

 いつまでも、母さんに甘えている訳にはいかない。

 きりきりと、胸が引き絞られるように痛んだ。喉がイガイガして、眼の前が奇妙に歪んだ。

 ……これ以上考えてはいけない。

 嫌な感情が溢れ出さないように、わたしは思いっきり息を吸い込むと、両頬を叩いて気合を入れた。





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