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輝き星の舞姫  作者: 若竹
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「はい、おしゃべりはそこまで。皆さん、レッスンの時間は始まっているというのに、どういうことでしょうね」


 大きく手を叩く音が教室に響き渡った。今まで姦しかった教室はぴたりと静まり返る。

 扉の前にはしかめっ面をしたケイト先生が腕組みをして立っていた。

 一体いつからいたんだろう?

 ピリピリとした声を発する今日のケイト先生はいつにも増して冷たくて、機嫌でも悪いのかもしれない。

 教室にいた生徒達はもちろん、わたしも先生の声を聞いた途端さっと壁際の定位置についた。


「さて皆さん。もうご存じだとは思いますが、この村付近に盗賊が逃亡してきていると、村長さんから知らせがありました。万一の事があってはいけませんので、今日は早めにレッスンを切り上げて帰宅してもらいます。ですからその分集中しますよ」


 皆真剣な面持ちで話を聞いている。いつもと違う事態に戸惑っているのだろう、ざわざわと戸惑う声が上がった。

 ここに来る生徒達は皆、舞姫目指して頑張っている者ばかり。いつものように練習できると思っていたに違いない。わたしだって少しでも長くレッスンを受けたいのに物足りない気分だった。 

 しかし、今日は仕方が無い。諦めてその分集中するしかなかった。


「では、今日は昨日の振り返りをしますからね」


 軽く柔軟体操をした後、先生の手拍子に合わせて一斉に躍り出す。

 その動きは一糸乱れぬもので、少しでも間違えばミスが目立った。ケイト先生の駄目出しの声が次々と飛び始める。


「選抜会はもう目の前だと言うのに、皆たるんでますよ。よくもまぁそんな出来で満足していられるのか、不思議で仕方ありません。これでは村の代表に選ばれるどころか、祭りの舞台で踊る事すら許しませんからね!」


 指導する先生は相変わらず厳しい。

 しかし、そんな先生に対しても堂々と意見を述べる人物がいた。小休憩として身体の動きが止まった時にロザリーが発言した。


「でも、先生。祭りなんてしている場合では無いのでは? この村近くに凶悪な盗賊がいるのですから」


 ロザリーの言葉は多分皆の考えを代表していた。ただ、わたしには彼女のようにそれを言いだす勇気は無い。反論などしようものならケイト先生から倍返しでお小言をくらうからだ。


「祭りが中止になる様な事なんて起きはしません。それよりも、練習出来ていない理由を、言い訳しているようにしか聞こえませんよ」


 腕を組んで唸っているケイト先生にこれ以上何か言う事ができる者などいやしない。わたしが思うに多分、村で一番怖い女の人はケイト先生で間違いない。

 わたし達だけでなく、男性だってこんな先生を見たら、あっという間に逃げ出すに決まっている。でも、そんな先生でもちゃんと旦那さんがいるのだから、世の中不思議だらけだ。


 結局、再度レッスンは再開したが結局思う様に成果が出ないので、一旦踊りは中止となった。


「皆さん、どうも集中出来ていませんね。これではこのまま続けても意味がありません」


 先生は溜息を吐いて顎に手を置いた。


「そうですねぇ。ロザリーさん、皆の前で踊ってみて下さい」

「はい」


 名前を呼ばれたロザリーは、皆の前で堂々と踊ってみせた。

 ステップや振りは完璧で表現力も優れている。一つ一つのポーズがぴたりと決まっていた。


「よろしい。流石はロザリーさんでしたね、良いお手本でした。皆さん、彼女の踊りを良く見ていましたか?」


 皆の前で満足そうに微笑むロザリーの顔が見えた。

 こういう時だけは何故だか眼が良く見えるから不思議だ。彼女のそんな顔、見たくも無い。しかも、大事な時には見えないというのに。


「では次、リリィさん前へ」

「はいっ」


 ロザリーの後だなんて嫌なもんだ。しかし、彼女に負けたく無いわたしは勢い良く返事をしてしまって、ちょっぴりはずかしい思いをした。

 本音を言えば、負けたくない相手はロザリーだけでは無かった。この教室の生徒全員、誰にも負けたくない、ここで一番になりたかった。

 わたしも皆の前で踊ってみせる。限られた視界の中、心配そうに私を見ているシェリルがいた。


「そこまで! もういいわ、リリィさん」


 わたしにとって精一杯の踊りだったけれど、ケイト先生の反応はよろしくない。


「リリィさん、貴方はもっと出来る筈です。なのに、どうしてでしょう? 貴方は全力を出し切っていないように思えるのです。細かい手先の動きや表現力が、まるで手抜きのようです」


 そんな。一生懸命頑張っているのに。

 わたしは唇を噛み締めると、ぐっと言葉を飲み込んだ。言い返したいけれど、何も言えない。だって、眼が見えないなんて絶対に知られる訳にはいかないから。

 瞼が熱くなってくるけれど、じっとこらえて俯いた。薄汚れた床の木目がぼんやりと滲んでいる。

 

 悔しかった。



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