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輝き星の舞姫  作者: 若竹
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 いつからだろう? こんなにも見えなくなったのは。

 子供の頃はもっと視界が広く、はっきりとしていたのに。

 

 視界がまだ鮮やだった頃の事を思い出す。

 あの頃はまだ、父さんも健在で毎日が楽しかった。父さんはとても頼もしくて、優しくて、わたしは父さんにいつもべったりだった。わたしが父さんに纏わりついて甘えると、よく肩車をしてくれたっけ。

 色々と懐かしい記憶はあるけれども、特に覚えている大切な思い出は、家族三人で旅行したお城の祭り。その頃は貧乏だとは言っても、今と違って生活にもっと余裕があった。 

 お城の春迎祭はとても賑やかで人が多く、わたしの村で行われる物とは規模が違っていた。人に埋もれてしまって周りが見えないわたしを、父さんはその広い肩に肩車をしてくれて。はしゃいで地面を見下ろせば、隣を歩く母さんがピカピカ輝く笑顔で何かお小言をいってたっけ。

 その高さから見える光景には驚く事ばかりで、わたしは興奮しまくった。

 こんなにも人が沢山溢れているなど初めてで、人込みに酔いそうなほどだった。城下町は色とりどりの花輪や鮮やかな布でそれぞれの店や家々を飾り、見た事無い程多くの出店が軒を連ねていた。酔っ払いのおじさん達に綺麗に着飾った女の人。お爺さんやお婆さんも、わたしくらいの女の子も沢山というか、うじゃうじゃいて、楽しそうな声で辺りはとても騒がしかった。

 この国の冬はとても厳しい。だからこそ、その分、春を迎えることは国民にとって心から待ち望んだ季節であり、その喜びを国中で盛大にお祝いするのだ。

 王都で行われる年一回の春迎祭では、お城にある広場が開放されて一般人も入る事が許されている。いつもは閉ざされているお城の大きな門がこの日だけは開かれて、入ってすぐの大広場には特別にしつらえた舞台を設置するのだ。

 そこで恵みをもたらす我らが神様に、数々の歌や音楽、舞踊が奉納される。

 楽団による壮大な音楽。バグパイプに管弦楽、見た事も無い大きな打楽器による演奏。一糸乱れぬ騎士様達と楽団の動きながらの演奏に、美しい歌姫の声。

 初めて目にした時は否応なしに高揚した。

 特に祭りが最高潮になった時に奉納される舞姫の踊りは、わたしの眼を捉えて離さなかった。

 それは魂をも奪う舞い。

 忘れもしない、今でも瞼の奥にくっきりと焼き付いている。初めは数十人の群舞で初まり途中から一人で。

 広場にしつらえられた、舞台の上で翻る衣。体重を感じさせない女神のような肢体。壮大な音色に合わせて幻惑させる動きをする手足。

 あの時から魅せられた。

 あんな風に成りたい。

 私もいつか、舞姫になる。

 心の底から強く望んだ。


 けれど、夢ってやつは、見ているだけでは遠ざかっていく。

 追いかけても近付く事さえ出来なくて、全速力でひっ捕まえないと届かない。今のわたしが必死に腕を伸ばしても、舞姫という夢はどんどん遠ざかっていく。

 神様って、不公平。

 こんなにも努力して望んでいるのに、それを阻む事ばかり。

 初めは父さんが流行り病に倒れた事。結局良くなる事は無く、三年前にこの世を去ってしまった。

 優しかった父さんは、わたしにとって最大の理解者であり協力者でもあった。大好きだった父さんが居なくなって、その喪失の大きさに一度は耐えられなくなり、踊りを止めようともした。

 けれど、結局止められなくて続けている。それは、父さんと約束したから。それに応援もしてくれた。何よりも、自分の夢が忘れられなかった。

 けれども、そんな想いを抱くわたしへ更に追い打ちをかけるように、その頃から視力が悪くなり始めた。

 それは留まる事を知らず、少しずつ、けれど確実に落ちて行く。今では視界が半分くらいに狭くなってしまった。

 暗い場所では良く見えず、酷い場合では日中でもぼんやりとしか相手の顔が分からない時もある。

 神父さまの説教では苦難は神のお召しぼしだと言う。乗り越えられる試練なのだと。

 嘘。だったら何故父さんは病が治らずこの世を去ったの?

 嘘。視力低下は年々進んで、いつかは失明するんでしょう?

 神様なんて只祈るだけじゃあ手を差し伸べてなどくれない。それどころか、本当は存在してすらないんでしょう?

 こんな不謹慎な事を考えるだなんて、いつか天罰が下るのだろう。

 十七歳にもなって、夢見ていられる程世の中甘く無い。

 うちは母子家庭だから貧乏だ。それなのに、母さんはなんだかんだ言っても、舞踏教室に通わせてくれる。本当はわたしを応援してくれているのは分かってるし、とてもありがたくて感謝もしている。

 でも、相当家計の負担になっている筈だ。

 そろそろ現実を見ないといけない。

 胸がずきりと痛んだ。おかしい、胸はなど打っていない筈なのに。

 体中が重く、打ちつけた手足や頭の痛みがずくりと強まった。


「あー! こんなこと考えたってしょうがないじゃないっ。今年こそは、舞姫候補生に選ばれるんだから!」


 突然の大声にヒツジ達が驚いて、メエメエ騒いで逃げ出した。

 そう、これが最後の挑戦。

 悔いが残らないよう全力を尽くすだけ。

 わたしは気持ちを切り替えると、ヒツジの世話を再開した。





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