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盗賊達の視線がわたしに集まった。
その隙にシェリルの母親は驚くほどの素早さで、自分の子供達を連れて奥へと逃れていた。
「ああ? 随分威勢がいいじゃないか」
「暴力を振るうのは止めて。ここに居るのは弱者ばかりで誰も刃向かえないわ。それに、用があるのは若い女だけなんでしょっ」
剣を手にしたまま、盗賊は振り上げたその腕をだらりと下げた。盗賊はわたしを上から下までじろじろと舐めるように視線を這わせている。
わたしの眼が悪くて良かった。あまり見えないからこれ以上の恐怖を感じなくて済む。
「ほう、ではお前が俺達の相手をしてくれるって言うのか? ええ?」
「くく、そりゃあ良い。もちろん、代わる代わるたっぷりとなぁ」
その声には猫が鼠をいたぶる時のような残虐さが滲んでいた。
わたしは下手に怯えて相手を刺激しないよう虚勢を張った。
「いいわ。その代わり、ここにいる人達に酷い事をしないで」
わたしの行動に肝を冷やした母さんが「リリィっ」と小さく悲鳴を上げた。けれど、このままでは殺されてしまう。
「ああ? 誰に物を言ってやがる、小娘が。お前が意見出来るとでも思っているのか」
「わたしが貴方達に付いて行く。逆らわないし、従順。それに、わたしは舞姫候補生なの。だから、此処の誰よりも価値があるわ!」
舞姫候補生ともなれば、その辺の村娘よりは価値があるだろう。そう踏んでの必死のセリフだった。
「はっ、候補生だと? お前の言う事は信用ならねえな」
無精ひげの盗賊はわたしを値踏みするように、上から下まで眺めると、吐き捨てるように言った。
……息が詰まる。実際わたしの言葉は嘘っぱちで、候補生に選ばれるどころか、まともに躍れてもいやしない。本当に選ばれているのはロザリーだろう。
けれど此処で襤褸を出す訳にはいかない。時間を稼げば、生きている間にウォルフ達が助けに来てくれるかもしれない。
諦めたくない。
僅かな可能性でも、縋らない訳にはいかなかった。
母さんもわたしの意図に気付いたのだろう。隣で震えながら黙っている。
「嘘じゃない。証拠が必要なら実際に確かめれば良いわ。今ここで、わたしの舞を」
「ほう、面白しれえ事を言いやがる」
気丈に振る舞って言い放つと、わたしの強がりを見透かしたように盗賊達は小馬鹿にて嘲笑った。
ここで、ちょっとでも間違えればわたしの命はないだろう。
「ちょっとした余興だな。小娘の商品価値を確認しようじゃあないか」
無精ひげの男が言い放った。
「おい、何言ってやがる。遊んでいる時間は無いんだぞ」
「ふん、こんな小娘に何が出来る。騎士達はとうの昔にここを去った。まさか、俺達がここにいるなど予想だにしちゃあいないさ。近隣の町から警備隊を呼ぼうにも、どんなに急いだって半日はかかるだろうよ」
「しかし、約束の時間は」
「なに、まだ余裕はありますよ。全てを片付けてもねぇ」
盗賊達の中から少し雰囲気の違う男が口を挟んだ。
猫のようにしなやかな動きで言い争う盗賊の前に出る。全てを片付けるとは、どういう意味だろう。
汚れた盗賊達とは違い、その男はすっきりとした身なりをしている。豊かな金髪を一つに結んで邪魔にならないよう背中に垂らしたその姿はどこか見覚えがあった。
「いいだろう。その舞とやらをここで披露してみるがいい」
「お頭!」
灰色の髪の男が初めて口を開いた。
この男は手枷足枷を嵌められて、処刑される筈だったのに。今、男を拘束する枷は見当たらない。その低く冷たい声に疲労の影は何処にも無く、ふてぶてしいまでの生命力を発散していた。
「へっ、とんだ余興だぜ。お前ら、少しでもおかしな真似をしてみろ。そのままあの世へ送ってやるからよ」
「おい、さっさと躍って見せやがれ。邪魔だっ。場所を空けやがれ」
狭い教会内に直ぐさま空間が出来上がった。
それは、一人だけなら踊れるくらいのスペースだったけれど、それでも十分だった。
わたしはぴんと背筋を伸ばして堂々と前に出た。
ここで臆してはならない。ウォルフ達が来てくれるまでの、時間稼ぎをしている事がばれたらそこで終わりだ。
誰も何も言わない。
皆怯えて、静まり返った狭い空間で聞こえるのは自分の足音だけ。
わたしは肺の奥まで息を吸い込んで、下腹に力を込めた。ここからが正念場だ。
足の痛みは落ち付いている、大丈夫、やれる。
「では、わたしの舞を披露します」
たとえ、相手が誰であろうと優雅に膝を折って両手を胸の前で組むと礼をする。
教会の壁に飾られている神のシンボルが、静かにわたしを見下ろしていた。




