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「シェリル、大丈夫。絶対に助けに来てくれるわ」
「リリィ。……、うん、きっとそう」
わたしは強い口調で言った。
それは、自分に言い聞かせるためで、そうでもしないと恐怖を抑えきれないからだ。
突如村は盗賊に襲撃され、非力な者や女子供は村の教会へと避難した。
勿論、間に合わなかった者もいる。姿が見えない村人は自分の判断で家の中に隠れているのだろう。
みんな無事でいてほしい。しかし、今は自分と家族や周りの人を想うだけで精一杯、他の事を考える余裕などありはしない。
わたし達はたまたま舞踏教室を受けていた為、隣の集会場にいたからここに避難できた。
母さんは無事なの?
きょろきょろと辺りを見渡すが、扉を締め切った教会の中は暗くて殆ど窺えない。
いつもはそう狭くない教会も、避難してきた村人で一杯になっている。肩と肩が触れ合うくらいで、隠れる場所なんて何処にも無い。
「リリィっ! 良かった、あんた無事だったんだね」
「母さん!」
母さんの声がして、人をかき分けるようにして母さんが現れた。ぎゅっとお互いの存在を確かめるように抱きしめ合う。
母さんの身体が細かく震えているのが分かった。母さんに会えて、泣きそうになったけれど、周りの人達の事も考えてぐっと堪える。
「おばさんっ。うちの親父を知りませんか?」
「シェリルちゃん。済まないね、あたしも知らないんだよ」
シェリルが幼い弟を抱きしめながら必死になって母さんに聞いたけれど、会っていないそうだ。シェリルは唇を噛み締めていたが、不安そうなシェリルの母親と弟に対して安心させるように励ましていた。
彼女はこんな時なのに、凄い。わたしは自分がパニックにならないよう、抑えているだけで精一杯なのに。
わたし達は身体を縮めるようにして身を寄せ合った。
盗賊達はまるで騎士達がいなくなったのを見計らったようなタイミングで襲って来た。
パニックに陥った村だけれども、自警団を設立していた事と、避難時の取り決めをしていたお陰で、今こうして母さんと共にいる事が出来ている。
教会の両開きの大きな扉の前には、礼拝に使う簡素な椅子と机を積み重ねてバリケードを作っていた。神父さまが避難した皆の心落ち着かせるように、神への祈りを捧げている。 しかし、十字に円形の形をした神のシンボルは、何も答えてはくれない。
襲ってきた盗賊はあの捕まっていた男達だった。
他にもいるのかもしれないけれど、何人いるのかさえ分からない。
村を守ってくれた自警団員はどうなったのだろう。
団員の中にはシェリルの父親もいる。おじさんは無事だろうか? シェリルは不安に震えながらも気丈におばさんと弟を支えていた。
わたしは母さんと一緒にひたすら事態が収まるのをじっと待って、泣きたいほどの恐怖を堪えていた。
教会の外で荒々しい物音が響いた。その音に、怯えた野ウサギみたいに体が反応する。狭い部屋の中では押し殺した悲鳴が幾つも上がった。誰かが神の名を必死に唱えている。
この教会は建物は古くとも村で一番頑丈な作りで、嵐や大雪等の災害時は避難所として何度か使われてきた。少々の事では破壊する事など出来ないだろうと、神父さまと教会にいる自警団員が皆に言い聞かせている。
扉の外では聞いた事のある男の叫び声がした。あれは、近所のおじさんに違いない。彼は自警団員だった。
教会の中は恐怖で静まり返った。聞こえるのは荒い呼吸の音だけ。
唐突に大きな物音が室内に響いた。
教会の扉が乱暴に叩かれて、バリケードで固めたオーク材の扉が大きく軋んだ。
それがいつまで保ってくれるだろうか。皆、冷や汗をかきながら息を殺して見守るしかない。ここ以外何処にも逃げる場所などありはしないのだから。
扉は何度も悲鳴を上げている。あの扉が開いたら後が無いというのに、扉がもつのも時間の問題だった。みしみしと、木が裂ける音がする。
ついに、バリケードごと扉はあっけなく吹き飛んだ。
暗い室内に光が差し込んだ。
無残な形になった扉を蹴破って入ってきたのは、あの広場で拘束されていた盗賊達。
絹を裂くような悲鳴が上がる。
「お前らこんな所に逃げ込んでいやがったか。喜べよ、こっちからわざわざ出向いてやったんだからよ」
盗賊の一人が顔を歪めて下卑た笑いを浮かべた。




