21
この森を抜ければ村まで眼と鼻の先、という所まで戻って来た。
「おおーいっ! 待って、待って下さーいっ」
少し高めの男の声、いや少年と言っていいだろうか。無茶な速度で走る農馬がこちらに向かってくる。
一体何の騒ぎだ。
大声で叫びながら農馬に騎乗しているのは目指す村の自警団員だった。男は年若く、まだ青年に成りきっていない、少年だ。
「騎、騎士様、助けて下さい」
農馬がその場に止まった途端、少年は落馬した。乗馬に慣れていないのか随分疲労しているようで、馬に跨っているだけの体力が残っていなかったのだろう。急に主を失った農馬は驚いてその場から逃げてしまった。
逃げ出す農馬を気にしつつも、まずは少年が先だ。
少年は喘ぐように息をしている。何かを伝えようとしているのだが、空気が漏れる音がするだけだった。
俺は馬から降りると少年を抱き起した。幸い軟らかな草の上に落馬した為、大した怪我は無いようで意識ははっきりとしている。
レオナードが取り出した水筒を受け取ると、水を飲ませてやった。
「君、村の自警団に居たよね。一体どうしたんだい?」
レオナードが宥めるように尋ねた。こういった場合、レオナードの方が印象が良いので彼に任せて話を聞く。
「そ、それがっ」
それ以上言葉が出てこない。
俺とレオナードは少年が落ち着くまで待ってやった。その間に少年は何度か呼吸を整えると、多少落ち着いた様子が見えてきた。
「騎士様によって捕まった筈の盗賊達が現れて、村を襲っているんです!」
少年はレオナードに縋りついて叫んだ。
「何だと」
「……脱走したのか。くそ、やつら、どうやってあの厳重な警備の中を」
レオナードが信じられないと言わんばかりに声を上げる。
「その話は本当か?」
「ほ、本当です、信じて下さい。突如何人かの盗賊が現れて村を襲って来たんです。その中にはあの、捕まった筈の盗賊もいて。勿論村の自警団が立ち向かったんですが、奴ら凄く強いし、自警団の大人たちが次々と盗賊達にやられてしまって。力自慢のおじさんだって全然歯が立たなかった」
ぶるぶると身体を震わせ涙ながらに訴える少年の様子から、決して嘘をついているようには思えない。大体こんな田舎村の少年がこんなウソを吐いて何の利益があるだろうか。
盗賊はどうやってあれ程の警備の中脱走したのか。協力者がいた可能性もあるが、断言するのはまだ早い。どちらにしろ、油断していたという事だ。
くそ、なんと言う事だ。
レオナードが舌打ちをして、口汚い言葉を吐いた。
となれば、警護していた者はどうなったか想像は付く。多数の死傷者が出ているだろう。
先に出立させた部下達の顔が脳裏に浮かんだ。同時に気丈な村娘、リリィの顔も。
どうか、無事でいてくれ。
臍を噛む思いだが今はそれどころではない、後悔するのは後からで十分だ。これ以上愚図愚図してなどいられない。
「レオナード、急ぐぞ」
「はっ。君は一人でも大丈夫だね? では、このまま近隣の町まで行って、警備隊に通報するんだ。襲われた村と部隊にそれぞれ人員の手配をして貰え」
「は、はい」
少年は青い顔をしながらも頷いた。一人で行かせるのは多少気掛かりだが、体調に問題は無さそうだ。頑張ってもらうしかない。
幸いにも少年の乗ってきた農馬は少し離れた木の下でのんびりと草を食んでいた。レオナードは馬が怯えないよう近付いて、逃げないように手綱を傍の木へと括り付けてやっている。
その間に俺は少年から村の状況を聞き出した。
少年はまだ地面にへたり込んだままなのだが、若いだけあってかこの様子なら直ぐに回復するだろう。
普段であれば手を貸してやるのだが、今は一刻を争う事態だ。少年をこのまま置いて行った所で馬が居れば大丈夫だろう。それに、ここから町までそう遠くも無い距離だ。
俺達は自分の愛馬に跨ると、急いで辺境の村へと向かった。




