19
ついに、ウォルフ達がお城に帰る日がやってきてしまった。
彼らがこの村から去ってしまうのが、とても寂しく思うけれど仕方が無い。ウォルフはお城に勤める騎士様だ。こんな村には似つかわしくない。
彼らはいつ頃出発するんだろう。
ウォルフには色々とお世話になったから、せめて最後に別れの挨拶をして見送りたい。わたしは舞踏教室でレッスンを受けながら落ち付かなかった。
ウォルフのお陰で勇気を貰ったわたしは、昨日の夜母さんに視界が狭く視力が落ちている事を打ち明けた。
すると、「そう、ようやく打ち明けてくれたね」と言った。
驚いた事に随分前から知っていたのだ。
それは当たり前の事だったかもしれない。
一つ屋根の下で共に暮らす、わたしの母親なのだから。今迄ずっと心配しつつも見守っていてくれたらしい。わたしが必死に隠している事にも気が付いていた。
だから、いつも止めるように促していたのか。けれどもわたしの気持ちも汲んでくれていたから教室の費用も払い続けてくれた。
しかも、意外な事に昨日のわたしの躍りを見た母さんは、これからも応援しようと決心したそうだ。
「あんたは、一体どっちに似たんだろうね」
ふっと溜息を吐くと、母さんは顔の皺を一層深くしてわたしを撫でた。それは困っている様にも、笑っている様にも見えた。
……涙が出た。有り難くて、嬉しくて。
諦めなくて良かった。父さんのあの言葉があったから、ここまで頑張れた。
二人共、ありがとう。母さんと二人、抱きしめあった。母親の温もりはとても心地好かった。
シェリルとケイト先生もうすうす気付いていたようだった。こちらは最近らしいけれど、何も言わずに黙っていてくれたらしい。
わたしは自分でも知らない内に、沢山の人から支えて貰っていたのだ。一人で肩肘張っていた自分は何と小さいことか。今は、感謝の気持ちで一杯だった。
ケイト先生は特に何かを言う訳でもなく、今迄通り何も変わらなかった。
――神父様の仰られた乗り越えられる試練とはこの事だったのかもしれない。
わたしは生まれて初めて、心の底から神様に感謝した。
「ねえ、リリィ。あたしね、騎士様達をお見送りしたかったんだけど、とっくに出立されてたらしいよ。何でも、夜明けと共にこの村を出たんだって」
「ええっ。何ですって?」
シェリルが教えてくれた情報にわたしは酷く落胆した。なぜだか無性に悲しくて仕方が無かった。
せめて、一言だけでも感謝の言葉を伝えたかったのに。
レッスンが終わった後も、ぽっかりと胸に穴が空いた様な寂しい気持ちを引きずったまま、いつもの帰り道をとぼとぼ歩いた。
この時のわたしは、これから起こる恐ろしい事など予想すらしなかった。