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輝き星の舞姫  作者: 若竹
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13

 


 出番が近づくにつれ緊張が高まって、がくがくと膝が震えそうになる。わたしは汗でしっとりとした掌をぎゅっと握りしめた。何度経験しても、この時ばかりは慣れそうにない。

 やけに心臓の音が嫌に煩くて、頼りないくらい足元がふわふわする。司会から名前を呼ばれるまで、何度深呼吸をしただろうか。

 落ち付け、わたし。今までの練習の成果を発揮するんだ。

 大丈夫、冷静になれば実力を発揮できるはず。

 わたしは一歩一歩、床を踏みしめるようにして表舞台に向かった。広場に設置された、急ごしらえの舞台の床はみしみしと歩くたびに不安げな音を立てる。

 わたしは慣れないその床を、出来るだけ慎重に歩いた。何かに躓かないよう、でも傍から見て不自然でもないように。

 もう少しでステージ中央に立つというその時、何かに足が引っ掛かった。もう大丈夫だなんて、つい油断してしまったのかもしれない。

 わたしはものの見事に派手な音を立てて転倒した。咄嗟に両手をついたがタイミングが掴めず、べちゃりと顔から床に這いつくばった。

 派手に音が響く。

 一瞬しんと静まり返った観客席は、次の瞬間どっと騒がしくなった。笑い声や同情する声、次いで冷やかすように野次が飛ぶ。

 恥ずかし過ぎる。こけた時の痛みなんかより、羞恥の方がずっと勝ってどっと汗が出た。

 わたしは急いで立ち上がると、乱れた服をささっと整えた。表面上は何事も無かったように繕ったけっど、手の震えが止まらなかった。

 こんな大勢の前でこけるだなんて。

 今この瞬間ほど、自分の眼が悪い事をこれ程恨んだ事はないかもしれない。

 今、一生分の何かを使い果たした気がする。まさに、顔から火が出そうだった。



 しっかりして、落ち着くのよ。

 そう自分に言い聞かせて背筋をしゃんと伸ばすと上辺だけでも虚勢を張る。


 けれども、野次が気になって仕方が無い。わたしは躍る前から気持ちが乱れてしまい、どうにも集中できない。今すぐにでも、舞台から逃げ出したくなってきた。

 それでも舞台中央に立ち、礼をする。こんな時に観客の顔が良く見えないのは、せめてもの救いかもしれない。心が挫けてしまいそうな自分が嫌で、叱咤しながら出来る限り優雅にやった。

 両腕を胸の前で組んで深く両膝を曲げた時、足首がずきりと足が痛んだ。あ、これはやばいかもしれない。けれど、今更どうしようもないので、痛みを無視して続けた。

 息を大きく吸いこんで顔を上げた時、狭い視界に鮮やかな緋色が映った。ウォルフは村人よりも頭一つ分抜き出ているから、本当に良く目立つ。隣に目立つ金髪はいないから彼一人なのだろう。

 彼はただ静かにそこに居た。

 その向こうの、見物人の中に母さんらしき姿があった。何となく見える服も、いつもの地味な色合いのものだ。母さんが今どんな表情をしているのかは分からないけれど、間違いなく母さんだ。

 来てくれた。口では何のかんのと否定的な事も言っているのに。

 自然と口元が綻んだ。さっきまで、あんなに動揺していた筈なのに。

 母さんが来てくれた、ただそれだけで十分だった。


 わたしはすいと右腕を上げた。

 途端、辺りはしんと静まり返り、散漫だった意識が研ぎ澄まされて行く。すうと深く呼吸をした後には、踊り以外には何も気にならなかった。

 これから舞うのは基本の踊り、再び春を迎える喜びを表現したものだ。

 顔を上げて春の日差しを両腕一杯に受け止める。今、わたしは野に生い茂る小さな草花となっていた。

 両手を天に向かって突き出して、硬い蕾がゆっくりと花開く様に両腕を動かした。

 身体を回転させながら反らし、勢い良く咲き誇る花となる。

 ぐいと身体を起こして足を高く上げた時、右足に痛みが走った。

 さっき、転んだ時に足を痛めたんだ。

 痛みはどんどん強くなり、我慢して躍るのが辛くなってきた。

 跳躍すると、身体の中心がぐらぐら揺れそうだった。ポーズを何とか保ったけれど、着地は痛みのせいで無様だった。

 それでも、わたしは歯を食いしばって躍り続けた。笑顔なんて浮かべられない。ただ、最後まで続けるだけで精一杯。

 とても、満足のいく出来栄えではなかった。


 ――結局、わたしにとって一生を左右する舞台は、まともに躍れず終わってしまった。




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