12
次の日、村はいつもと変わりない日常を取り戻していた。
心配されていた村の春迎祭は予定通り開催出来る事となった。
一時はどうなる事かと村中心配していたが、盗賊騒ぎは速やかに終結したおかげで変更すること無く済んだようだった。
不安から解放された村は今、例年よりも一層盛り上がっている。
わたしの日常もいつも通りに戻ってくれた。
相も変わらぬ日課をこなすべく、今日も舞踏教室でレッスンを受けた。
「ねえリリィ。一足早くこの村に来られた騎士様方は、明日のお祭りが終わるまで村にいるんだって」
舞踏教室が終わった後、シェリルが嬉しそうに教えてくれた。一体どこからその情報を入手したのだろう。
「えっ、そうなの? 一足早く来た騎士って」
「うん。ウォルフ副団長さまとレオナードさまの事。ついでに祭りも楽しまれるかも」
シェリルはしっかり二人の名前を記憶していた。顔を赤らめてキラキラと眼を輝かせている。この様子だと、もっとほかの情報まで知っていそうだ。
でも、わたしにとっては嬉しい知らせでは無い。むしろ、逆だ。
二人の騎士は直ぐにでもこの村からいなくなるものとばかり、思っていたのに。
「でも、そしたらあの盗賊達は?」
「捕まったその日のうちに、騎士様達によって厳重に移送されたよ。副団長さまとレオナードさまはまだ用がこの村にあるらしいんだけど、お二人以外の他の騎士様達はお城に帰還したんですって」
あの、薄気味悪い盗賊は既にこの村から遠く離れた場所へ連れ出されていた。
まあ、ウォルフ達がこの村にいようが関係ない。わたしの事を知った彼らが、どうこうする訳でもないだろう。
わたしは舞の事だけ考えて練習に励んだ。明日は大事な選抜会だから。
ついにこの日がやってきた。
春祭りと共に開催される、年に一度の選抜会。
幸いな事に、気持ち良く晴れた空と顔に当たる日差しは温かく、春迎祭りにふさわしい天候だった。
中央広場には急ごしらえの特設舞台が出来上がり、村はお祭りムードで一杯だ。
村人は春迎祭の為に準備した服で着飾って、思い思いの相手と盛り上がっている。この日の為に呼ばれた旅の楽団員が、明るくて調子の良い曲を演奏していた。お酒に果汁、沢山の料理が惜しみなく配られ、集まった村の人達は喜んで舌鼓を打っている。
香ばしい羊肉の焼ける匂いが漂ってきた。この日の為に、ヒツジが一頭まるごと調理されて振る舞われたのだ。
そんな中、舞台裏では躍りの衣装に着替えた生徒達が今か今かと出番を待っている。
わたしも若草色の衣装を身に纏い、一緒になって舞台裏の隅っこで控えている。今日は衣装だけでなく髪も綺麗に結い上げてもらった。意外にも母さんは髪を結うのが上手で、何も言わずに朝早くからわたしが着飾るのを手伝ってくれた。あと、こけたせいで出来た痣の対処も。
わたしは自分の番が回ってくるまでのこの時間、慌ただしかった今朝の事を思い出していた。
いつもより早く起きたわたしを母さんは捕まえると、「あんたは不器用だから手伝ってやるよ」なんて言った。
どうやって準備したのかは分からないけれど、若草色の衣装を手にした母さんが立っていて、着飾らせてくれたのだ。見た事も無いスカートは、多分この日の為に前々から準備してあったのだろう、わたしにぴったりのサイズだった。
「さ、出来たよ。あとその膝小僧、見せてみな」と言いつつ、わたしのスカートを捲くり上げじろじろ見た。やっぱり目立つのかしら。
スカートに隠れて目立たないだろうと思ったけど、踊り始めたら丸見えではある。スカートの裾から僅かに覗く膝の傷口はとうに塞がっていたけれど、なまっ白い肌にへばりついた青痣はくっきりとしている。
わたしはスカートの裾をまくりあげて椅子に座った。
「また、こんなのこさえて」とぶつくさ言いながら、身体を屈めてそっと膝に触れた。
母さんは薄汚れたエプロンのポケットからビスケットを何枚か重ねた程度の小さな蓋つきの瓶を取り出した。丁寧な手付きで小瓶の蓋を開けると、中の軟膏を指でそっと掬い取った。それを優しい手つきで青痣を覆い隠すように軟膏を塗った。
瓶の軟膏は肌色をしていて、塗ると青痣が目立たなくなった。つんと、古くなった植物油の匂いが微かに鼻を刺す。
「ありがとう、母さん」
「頑張ってきな」
わたしの感謝の言葉にそれだけ言って、背中を押してくれた。
物足りない位、そっけない一言。でも、母さんの気持ちは十分に伝わって来て胸が温かくなった。
身体中に力が漲って、素晴らしい舞が踊れる気がした。