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今朝も空気は刺すような冷え込みようだった。
まだ、冬みたい。今が春だなんて嘘のよう。
小さな窓から灰色の空を見上げると、季節外れの雪がちらちらと舞っている。家の外に出ると、綿毛みたいな雪が頬に冷たく触れた。
わたしはちくちくするストールを幾重にも首に巻き付け襤褸服を一枚多めに着こむと教会へ向かった。途中、村の自警団員に何度か出くわした。彼らは村が安全であるよう見張ってくれているのだ。だが、正直いつもと違う雰囲気と光景には落ち着かない。
教会は村の中央広場に面している。
教会での勉強を終えると舞踏教室の行われる集会場へと向かったのだが、広場を通り抜けようとして、人だかりが出来ているのに気が付いた。
こんなに人が集まっているなんて、この村ではお祭り以外見た事が無い。
好奇心に駆られて近寄ってみた。一体何があったのだろう。
広場は異様な雰囲気に包まれていた。
人込みをかき分けて覗いてみると騎士達の一団があった。その中心にはウォルフとレオナードの姿。
彼の緋色の髪は雪がちらつく灰色の景色の中でもくっきりとしている。その傍には人目を引き付ける金髪。二人の騎士は物語から抜け出て来たかのように鮮烈だった。
二人の傍には騎士の他に紺色の特徴的な制服を着た警備隊士達の姿があった。
一緒にシェリルのお父さんや村の若い男達もいる。多分、彼らも村の自警団員なのだろう。
厳重な警戒の中、数人の薄汚れた男達がいた。
男たちはみな、足を引きずるように歩いている。
その姿はいかにも不自然で、わたしは限られた視界のなか眼を凝らした。
良く見れば、そいつらは手枷足枷に繋がれて縄で引かれている。
一体誰だろう。もしや、件の盗賊なの?
その時、後ろから声を掛けられた。
「あ、リリィも来てたんだ!」
「シェリル?」
振り向けば、興奮した様子のシェリルがいた。
「盗賊団が討伐されたんだって! どうも、今朝早くらしいよ」
「シェリルのお父さんから聞いたの?」
「うん。枷に繋がれているのが、そうよ。あの、中でも体格のいいのが盗賊団のリーダーだって」
「盗賊団って、あれだけ?」
「ううん、他にも大勢いたらしいけど、今回の討伐で他の盗賊達はみな死んだそうよ。奴らは主だった盗賊のメンバーなんだって」
シェリルが指差した先にはひときわ背の高い男がいた。
わたしに盗賊の顔はぼんやりとして見えないけれど体格ぐらいなら分かる。灰色の髪を無造作に一つ括りにして暗い色の薄汚れたマントに身を包んだ姿は、シェリルのお父さんにも引けを取らないくらい大柄だった。
大柄で迫力のある盗賊は両手両足を拘束されているのに、それでも襲いかかってきそうな雰囲気でわたしは恐怖を覚えた。
「あいつらは、これから今まで犯した罪を償うために監獄へ入れられて、処刑されるのよ」
一度入れられれば二度と生きては出る事が無いという監獄。
そこへは政治犯や王族に危害を加えた様な重罪人が入ると聞いた。
良かった、こんな恐ろしい人間が二度と現れないとなれば、安心だ。
「あの目つき、何て酷薄そうなのかしら。小汚い格好だし気持ちが悪いったら。あの雰囲気からしても、いかにも残忍そうね」
高飛車なロザリーの声が聞こえ、わたしたちは目を見合わせて声の方を窺った。
艶やかな黒髪を高い位置で結った後頭部が前方に見えた。ロザリーはわたし達の斜め前で教室の子達と一緒に見物している。レッスンが始まる前に、見物しに来たのは私達だけではなかった。というより、ほとんどの村人が此処に集まっていると言っても間違いないと思う。
「あんなやつ、早く死刑になればいいんだわ」
ロザリーはさも気分が悪いという様におしゃべりしていた。
それもそう、あんな集団に襲われでもしたらと思うとぞっとする。わたしなんて、ひとたまりもないだろう。
「ねえ、リリィ。ロザリーの言っていた通りね」
シェリルが唐突に言った。何の事? さっきの物騒な会話の事かしら。
「ほら、あの騎士様達、立派で素敵よね。特にあの金髪の方。そう、レオナードさまなんて、本物の王子様みたい」
うっとりとしてシェリルは眼を伏せた。
確かに、レオナードはすらりとした優男風で、集団の中でも目立っている。でも、王子様と言うのはどうだろう、むしろ女たらしとしか思えない。
「それにしても流石は騎士様。あっという間に事件を解決されてしまったわ」
シェリルは眼を伏せたまま両手を組んで頬を赤らめた。
あ、今何か想像しているわね。わたしはシェリルの百面相を楽しむ事にした。こうやって彼女の様子を面白がっているのは、秘密だけれど。
「警備隊士たちが盗賊の隠れ家に到着した時には、既に騎士様達によってあらかた済んでいて、あのリーダーは捕まっていたんだって」
「えっ、そうなんだ」
という事は、ウォルフやレオナードを含めて騎士達の活躍によるものだ。
それは昨日会った後の事だろう。わたしがベットの中でぬくぬくと寝ている間、暗い寒空の下ずっと駆けずり回っていたのかしら。
朝なんて、雪まで降っていたのに。彼らはさぞや大変だったに違いない。
それなのに、わたしときたら昨日はお礼さえ言わず家へと帰ってしまうなんて。
おまけに失礼な態度まで取って。でも、あの時は仕方が無かったと思う。けれど、胸の中は重くもやもやとした。けれど、どっちにしろ今更どうにもできやしない。
できれば、彼らにとって事件の前に起きたわたしの事など、忘れてしまう程些細なものであってほしい。
「無事捕まって本当に良かった!」
シェリルは両手で赤くなった顔を抑えながら言った。一体どんな妄想をしていたんだろう?
「そうね、ようやく安心して生活できるわ」
「これで今年のお祭りも、無事開催されるに違いないよ」
わたしも同じ事を考えていた。お互い顔を見合わせて、笑ってしまう。
これで平穏な日常が戻って来る。
ウォルフ達騎士も盗賊と一緒にこの村から去って、再び平穏な日々が戻ってくる。そして、わたしの秘密を知る人間もいなくなる。
毎年祭りの余興として行われる、舞姫候補生を選抜する行事も変わらない。
選抜会。わたし達にとって一年に一度の貴重な日。
長くも、短くもあった一年間。今年こそは選ばれたい。けれど、有力候補と目されているのはロザリーだ。
「いやだ。灰色の髪をしたあいつ、今こっちを見て笑ったわ。気持ち悪い!」
集会所へ移動を始めたその時、背中からロザリーの声が聞こえた。薄気味悪そうに話す声音が嫌に気になった。
笑うだなんて。捕まった盗賊達はこれから死刑が待っているというのに、何故笑えるのだろう。
「あっ、いけない。リリィ、急がないと遅刻するよ」
シェリルはわたしの手をさっと握ると引ぱった。多分、ロザリーの話は聞こえなかったのだろう。
「うん、そうね」
遅刻すればケイト先生になんて言われるか、想像するだけで恐い。
盗賊の事は頭から追い出して、シェリルに手を引かれるまま人込みから抜け出すと、急いで教室へと向かった。