へたれは何してもへたれです
二年前、アルフが生き延びたのは、魔王の気紛れみたいなものだ。魔王は、彼の出生に気付き、そこに興味を示した。そして、もっと強くなってからもう一度かかって来いと言った。
そうして、行き着いた村で傷を癒しているうちに、一人の娘と恋仲になった。だが、幸せは長くは続かなかった。
上級魔族が村に攻め込んで来たのだ。アルフを、手負いのうちに殺してしまって、魔王を守ろうとしたものだった。
そうして、何人もの村人が殺され、その中の一人が、アルフが愛した娘だった。
彼は酷い悲しみと、苦しみに襲われた。
その負の感情が、ストレスが引き金となった。
エレナが死に面した、今回と同じ状況となった。
その後に残ったのは、ただの焼け野原だった。
「痛っ」
エレナは軋む身体を起こす。服の下に着た鎖帷子のお陰で一命をとりとめる事が出来た。だがダメージは深刻だ。しばらくはフットワークが鈍りそうだ。
立ち上がると、先程の大型の魔物がバラバラになっているのが見えた。ギョッ、とするが、もうすでに魔物は死んでいるようだ。
「アルフ?」
切断面が荒い。アルフの斬撃ではこうはならないハズだ。まさか、彼がこの魔物に苦戦したとは考えられない。ならば、何故。
「アガ、アァァァ!!」
少し離れたところで、絶叫と共にアルフの剣か振り下ろされる。今までのものとは、動きが違う。剣が暴れているかのような、荒々しい斬撃。魔物の身体が二つに別れて吹き飛ぶ。
エレナはその時、心底から恐怖した。アルフが、圧倒的暴力が荒れ狂っている。その様はまるで全てを破壊し尽くす天災のようですらもあった。
悪鬼の形相で剣を振るその様は悪魔。
その時、エレナは気付いた。アルフの目が青から血色に変色し、耳が長くなっている。
血色の瞳に長い耳。それが示すところはただ一つ。
彼が魔族であるという事だ。
何故。エレナは困惑する。魔族との混血自体は珍しいものでもない。彼女の国にもそういう人種はいた。だが、混血、魔人とは常に魔人である。わざわざ姿を誤魔化すなんて事はしない。
そうして、彼が魔族でありながら、何故二年前魔王に挑んだのか。それが解らない。
だが、今アルフを止めなくてはならない。その事だけがエレナが理解出来たやるべき事だった。
近くに落ちていた彼のリヴォルヴァーを握って、アルフの背に向けて撃つ。
ザンッ!
背後からの一撃を、アルフは予測していたかのように斬る。魔弾が 彼の背後で爆発する。彼が組み直したリヴォルヴァーを握ったエレナは戦く。
増幅量が並外れていた。僅かな魔力でとんでもない破壊力だった。それでいて制御系もかなり優秀で、余剰な魔力が込められないように作られている上に、反動もほとんどない。
連射性も高く、魔弾なので弾切れもない。そんな頼もしい武器を左手で構え、懐に飛び込む。
「アァァァッ!」
アルフの高速の踏み込みに、エレナは魔弾で応じる。魔弾を斬り伏せるのに必要になった僅かなタイムロスと間合いのズレ。剣が横に振り抜かれた瞬間に、踏み込み、ボディブローを入れる。
ガッ!
アルフはそれを肘でガードする。剣を両手で振り抜いたにも関わらず、苦もなくガードされた。
「ッ!」
エレナはアルフが振り抜いた逆方向に沈み込むようにサイドステップをしつつ、左手、リヴォルヴァーのグリップの底を眉間の間に叩きつける。
アルフはそれをヘッドスリップ、頭を右側に倒して避ける。その反動で身体を倒して、至近距離にいたエレナの腹に蹴りを入れる。
「カハッ!?」
とんでもない破壊力だった。捻れた右の脇腹に綺麗に決まる。蹴りは、下から打ち上げるかのような蹴りで、内臓を掻き回される。
強烈な吐き気に襲われながらも、エレナは銃口を向けて三発撃ち込む。距離を稼ぐためのもの。だが、それをサイドステップで避けると、エレナの左側から首に向けて剣が走る。
「~ッ!」
身体を仰け反らせ、両の手甲で受け流すように防ぐ。本気で殺しにかかってる一撃だった。
「……アルフ……ッ!」
返す剣が、後頭部から迫る。体勢が悪い。
ザシュッ!
「ッ!」
左目の上が斬れる。血が流れ、左目の視界が奪われる。アルフの姿がエレナの視界から消える。
エレナは体勢を立て直し、足払いをかける。
それをアルフは飛んで避けた。飛んだ勢いでエレナの顎を蹴る。横から脳を揺さぶられ、エレナはその場に尻餅をつく。
「グッ!?」
アルフがマウントを取り、エレナの胸ぐらを掴み。剣を振り降ろす。
死ぬんだ。エレナはその事を冷静に悟った。銀色に輝く刃が、やけにゆっくりと向かってくる。
旅をし始めて一年と少し。アルフは不慣れな自分を助けてくれた。何度も何度も。なのに、まともにお礼を言った記憶もない。
気の短い自分にも、凄くよくしてくれた。
なのに、こんな形でお別れなんだ。
助けてあげられなくて、ごめんね。
エレナは目を閉じ、涙を少しだけ溢した。そして刃が突き刺さる。
ザンッ!
……。
いつまでたっても、痛みは来なかった。刃はとうに振り降ろされているのに、胸ぐらを掴まれる、圧迫感だけがずっと苛む。
カタカタと震える音がする。なんでだろう、とエレナは瞼を開ける。
「!」
アルフの凶刃は、エレナの顔の直ぐ横の地面を刺していた。アルフはそのまま動く事も叶わず、震えている。
凶刃を握る右腕は、どれだけの力が込められているのか、血管が浮き出て真っ白に染まっている。
暴走し、破壊と殺戮を繰り返す魔族の血を抑え込んでいる。血色の瞳から、涙が零れ、結ばれた唇から、血が流れる。
「苦しいんだね、アルフ」
エレナが、そっと呟く。その下っ腹を蹴りあげる。至近距離、身体が密着した状態からでも充分な破壊力を誇るエレナの蹴りをモロに受けたアルフの、小柄な身体が吹き飛ぶ。一撃決まれば、後はチョロい。人間も魔族も関係ない。
エレナは体勢を立て直すと、まだ宙に舞うアルフの急所に、何度も拳を入れる。一撃で人を殺せる拳が何発も決まる。
自分を殺せない。そこ理由はなんだろうか。天災と化したアルフは村の住人すらも殺していた。
人殺しへの抵抗感ではない。
それを確かめる為にも、エレナはアルフの事を全力で殴り続けた。救う方法は一つしかない。動けなくなるまでダメージを与える事だけだ。立て直す暇も、回復する暇も、呪文を唱える暇も与えない、容赦のない乱打。
すでにボロボロのアルフが、地面に倒れる。天を仰ぎ血を吐く。
「セァァァァラァアァァァッ!」
体重に、全身のバネ。全てがジャストタイミングの渾身の右の打ち降ろしが心臓に決まる。
アルフの鼓動が、一瞬止まる。
肋骨の間に、もう一撃。
「ゲホッ!ガバッ!」
血流を介して潤滑していた魔力の流れがほんの一瞬だが、止まる。だが、魔力の流れというものは一瞬でも致命傷となる。アルフの身体から、狂暴な魔力が四散していく。エレナはリヴォルヴァーを構えたまま、しばらく見守る。
耳は相変わらず長いままだった。だが、確かにアルフはいつも通りのアルフだったと言えよう。立ち上がる気配はない。
エレナは荷物の中から薬草や包帯といった治療品を取り出して、応急措置を施す。
近くには、もう動くものは無かった。エレナはリヴォルヴァーだけもって村の中を走る。馬車を見つけると、それを自力で引き始める。荷台が使えそうなものはこれくらいしか残ってなく、馬はもう魔物に食い殺されていた。
エレナはアルフを馬車の中に連れ込むと、次の町に向かって馬車を引く。魔物と、アルフとの戦闘のダメージで身体中が軋んでいる。だが、エレナは馬車を引き続ける。これくらいなら大丈夫と言い聞かせる。
日が暮れる頃、行程の三分の一程まで進めた。エレナはそこで一度休憩を取る事にする。進みたい気持ちはあったが無理をして身体が途中で壊れてしまう方が、よっぽど遅くなると踏む。
干し肉と乾パンを平らげると、適当なところに背を預けて眠る。疲れのせいで深い眠りに落ちる。
夢を見た。
自分の国の夢だ。魔王を倒滅して、自分の国に帰る夢だ。だが、その夢の中に、アルフの姿がない。
どこを探しても、どこまで探しても。
彼がいない。
エレナは飛び起きる。太陽がまだ登り始めた頃だった。エレナは先程の悪夢を払拭するかのように、荷台に入ると、アルフの包帯を変える。
彼の鼓動は弱々しい。恐らく今日中に着かなくては危ないだろう。エレナはそう判断すると、手当てを手早く済ませ、馬車を引く。昨日よりも身体が軋んでいる。疲労こそないものの、アルフとの戦闘で身体を酷使し過ぎた。休む事で緊張が解けてしまったのだろう。
「バカッ、今日が峠だって言ってるでしょ!?」
自分の自慢は身体の強さ。そして根性。叱咤激励を飛ばすと歯を食い縛って昨日よりも早いペースで馬車を引く。一時も休む事なく馬車を引き続けた為だろう。普通なら五日かかる行程を二日で走破した。もう全身が悲鳴を上げている。
町中についてもエレナは馬車を引く。周囲の人達が何事かとぎょっとしている。エレナはそれらをまるで無視して進む。
教会の場所というのは大方決まっているものだ。南側でとくに公園の近く。日が当たり安く、人の集まるところのすぐ側にあるものだ。案の定、公園が見えるとそのすぐ目の前に教会があった。
教会の前に馬車を止めると、エレナは荷台に入ってアルフを担いで教会に連れ込む。
「すみません、助けて下さい!」
神父達がアルフを見て一歩下がる。アルフの耳は長いままだったから、魔族であると解ってしまったのだろう。
「この人は、人間に危害を加えません。人の為に戦ってくれる心優しい人です。名前は、アルフレッド・ヘットフィールド。かつて魔王を追い詰めた英雄です」
「……」
神父達の顔は困惑していた。ギリッ、歯を噛み締める。英雄を助けられるんだ。むしろありがたい話じゃないか。
「治療をしてと言っているのよ、聞こえないの?基本は人間と変わらないから難しい話じゃないハズよ」
「しかし、例え英雄でも魔族は……」
「ガレット連合国第六王女、エレナ・ガレットの命令よ」
ガチャリ、リヴォルヴァーを取り出す。言いたくない名前を口に出す。出来ればずっと封印しておきたい名前だ。
「文句あるなら、国家反逆罪で銃殺刑にするわ」
神父達は血相を変えてアルフの治療を始める。
エレナは長椅子に座り込む。
やってしまった。旅の中で一度も使った事の無かった、王女名を使ってしまった。使わなかった理由はアルフに知られたくない一心でしかなかったが、それならば徹底しなくてはならない。自分が王女だと解ったら、少しよそよそしくなってしまうのではないかと思ったのだ。
おまけにここが辛うじて連合加盟国だったから良かったものの、これが外ならば通用しないだろう。もっと、他の説得方法はなかったのだろうか。
名前だけでも通る事をありがたみながら彼の治療を見守る。傷はみるみる塞がっていく。さすがは教会である。
アルフは治療が終わっても目を覚まさなかった。エレナはアルフを担いで宿を取る。
アルフをベッドに寝かせると、その横に椅子をおいてそこに座る。耳は先程よりも短くなっている気がする。耳を胸元に当てると確かな鼓動が聞こえる。神父が言うには疲労で二、三日したら起きるとの事だ。
エレナは身を離すと、そのままアルフの事を見守り続けた。夜になると、エレナはソファーに腰をかけて瞳を閉じる。
翌朝になっても彼は目を覚まさなかった。宿の店主が夕食も朝食も食べない事を心配して覗きに来たので、食事は部屋に持って来てもらう事にした。
モソモソと食事を取ると、アルフを見守る。すでに耳は元通りだった。それが回復の兆候なのだろうか。
夜、食事をとると睡魔に襲われたが、もう少しアルフの顔を見ていたいと思ったエレナは、瞼を擦って隣にいた。
「……エレナ?」
気付くとベッドに突っ伏してた。エレナが飛び起きると、アルフがそれを見ていた。
「……アルフ」
目を覚ました。喜びの余り、エレナの涙腺が弛む。
「エレ、ナ」
アルフが涙を溢す。そっと手を持ち上げる。その手がおいでおいでと手招きをしている。
「なに」
エレナが顔を近付けると、アルフが弱々しい力でその頭を抱き締める。
「!?」
ボンとエレナの顔が熟れたトマトのように赤くなる。離れようと思えば離れられるのに、エレナはそのまま硬直してしまう。
「助けてくれて、生きていてくれて、ありがとう」
「……」
暴走した時の無差別殺戮。魔物も人も関係者なく殺して回っていた。あの暴力を前にして、生き残っているのが奇跡だと、言わんばかりだった。
「アルフは、 暴れてた時の記憶ってあるの?」
「……ないよ。ただ、感覚ばっかりが残って消えない。何人も殺した。何人も。今回も、一年半前も」
「アルフ、記憶が」
「戻ったよ、エレナ。全て思い出したんだ」
訥々とアルフは語りはじめる。彼の出生から、一年半前の事までを。
「ぼくは、かつて魔王の配下だった上級魔族が母さんなんだ。母さんは、人間が好きだった。人は何故あんなにも脆弱なのに、輝いて生きてるんだろうって。それが、愛だと母さんは気付いた。そして、人間だった父さんと人と魔族の垣根を越えて結ばれたんだ。父さんも争い事が嫌いで、魔族とも仲良くやっていけないだろうか、って考えたらしいんだ。
そういう考えを持った人間や魔族が集まって、村を作った。争う事もなく、平和にくらしていた。
母さんは、魔族は子供を生むと急激に弱る。力の大半を注ぎ込むから。ぼくを生んで母さんは力を失った。それでも、普通の人間なんか簡単に殺せる力はあったけど。
やがて、父さんが殺された。魔族と交配した、人類の裏切り者って罵られて、焼き殺された。
村の人は皆怒ったけど、母さんは、ここで争ってもどうにもならないって言って皆をおちつかせたんだ。
だけど、その母さんも、殺された。上級魔族で、おまけに魔王の腹心でもあったから。
母さんはぼくに言い残したよ。
人は弱い。だから彼らは恐れ、魔族を排除しようとする。人は臆病なだけなのだから、嫌わずに守ってやれ。
そして、魔王がもし人類を滅ぼそうとしたり、進軍を始めたら、私が愛した人間を、守って欲しいって。
ぼくは、人間が好きだよ。だけど、人間は父さんと母さんを殺した仇だ。
魔族だって好きだ。だけど、彼らが人を襲わなければ、人が魔族を恐れる事はない。巡り巡って、魔族もまた、仇なんだ。
好きなのに、人間も魔族も憎い。
ぼくの魔族としての血は普段抑え込まれてるんだ。母さんが、そういう魔術をかけてくれたんだ。だから、普段は人間として生活出来るんだけど、過度の負荷、ストレスを感じるとどうしても術を破れて、魔族としての血が暴れるんだ。魔族も人も殺せって。全員仇だって。
魔王に挑んだのも、ちょうどその頃から魔王が進軍を始めたから。それだけなんだ。母さんの言い付けを守ろうとしてね。
魔王は戦いの中でぼくの血に気付いた。だから生かしたんだ。
そして一年半前に辿り着いた村でぼくはそこで傷を治してた。そこに上級魔族が攻め込んで来たんだ。魔王を守るために。魔王を追い詰められるのはぼくくらいしかいないって判断してね。
そこで、ぼくが好きだった人が死んだ。何人も、死んだ。それでぼくの血が暴れて、全員殺した。その時、ぼくは、全てを忘れたかった。魔族の血も、父さん母さんの事も、皆が死んだ事も。
それで記憶を失った。けどね、ぼくの血も、魔王を倒すって目的も、呪縛なんだ。捨てきる事は、出来なかった」
アルフは始終エレナの頭を撫でながら言う。
「なんで、アルフは戦うの?」
人間も魔族も、両方とも憎い。人間に父も母も殺されたというのに、何故。
「母さんの頼みだからだよ」
たった、それだけのためにそんな事が出来るのだろうか。
「ぼくは、母さんがぼくを生んでくれた事を感謝してる。そりゃ幸せな事ばっかりの人生じゃない。だけど、その数少ない幸せな事があるだけで充分なんだ。幸せな事があるのは、母さんがぼくを産んでくれたからなんだ」
アルフはそっとエレナを放す。そうして、至極嬉しそうに言う。
「エレナと会えた事も、数少ない幸せの一つだよ」
「……ッ~!?」
ボンッ、と再び顔が赤くなる。
「な、何言ってんのよ!?」
エレナは立ち上がって背を向ける。
「怒らせちゃった?」
「とっても」
「あんまり怒らないでよ」
「んー、どーしよっかな ー」
エレナは白々しく言う。別に嫌な気持ちがした訳でもないのに、彼を見たくなかった。やたらと誉められた時に似た感情に、戸惑う。
「なら、あたしの秘密も聞いてもらおうじゃない」
「……ぼくの別に秘密じゃないんだけど。まぁ、それで機嫌が直るならね」
「……」
アルフの笑顔に、躊躇う。この笑顔が見れなくなったらどうしよう。
「……あたし、ガレット連合の王女なの」
「そうなんだ」
「うん」
「で、本題は?」
「え?」
「え、いや。本題」
「……今、言った」
「王女って事?」
「……うん」
「……」
アルフが、なんとコメントしたら良いのかと、頭を抱える。そして、10秒もしないうちに。
「わぁー、王女様だったなんてーごめんなさい!?」
白々しい口調で言うと、恐ろしい眼力で返された。アルフは殴らないで、と言わんばかりにガードする。
「殴らないわよ、まったく」
「ごめんね。つい」
気にし過ぎだったようだ。アルフはいつも通りだった。
「……あれ、なんだ、ろ」
エレナは目元を擦る。強烈な睡魔に、襲われた。
ずっと張りつめていた緊張がほどけて、疲れが一気にやって来たみたいだった。
「エレナ、眠いなら使いなよ」
もう大丈夫だから、と言ってベッドから降りる。少しフラフラするようだが、バランスは取れるみたいだった。
「良いよ、あたしソファーで寝るから」
「どこの世界に女の子ソファーで寝かしてベッドで寝る男がいるのさ。大丈夫だよ。魔族は丈夫に出来てるから」
「ボロボロのクセに」
「そのボロボロなぼくを看病してくれたのはエレナでしょ?お礼、みたいなものだよ」
「随分と安っぽいお礼だこと」
エレナは笑うとベッドで横になる。せっかくだから甘えさせてもらおう。昔、言われた。男の好意は受け取っておけ。男のメンツのために、と。そう言った父は、大分苦労していたみたいだ。
「じゃ、おやすみ」
アルフがソファーに腰をかけながら言う。その言葉を聞くと、エレナは一気に眠りに落ちていった。
翌朝、アルフの足取りは大分安定していた。普通に歩くには、問題がない程度だ。
「さすが、丈夫だね」
「でしょ?」
ちょうど、宿屋の店主が朝食を運んで来た。
「おや、お兄さん、もう大丈夫なのかい?」
「はい、お陰さまで」
「じゃぁ、あんたの分も持ってこないとね」
宿屋の店主はそう言ってアルフの分の朝食を用意してくれた。
「まだしばらく安静にしなさい」
「ありがとうございます」
アルフとエレナは朝食をとる。眠り続けてた身体に、温かなスープが染みる。
「美味しいねぇ」
アルフは食べるのが遅い。普段からよく噛んで食べるからだが、今日はいつもに増して遅い。また本調子ではないのだろう。
「ねぇ、エレナ」
食事を終えて間もなくアルフが神妙な面持ちで話かけてきた。
「なによ?」
「もう、ぼくと旅をするのは止めよう。ここでお別れにしよう」
「……」
エレナの顔から感情が消える。酷く機嫌が悪い時の特徴だ。つまらなさそうにアルフを見る。
「なんで?」
「解ったでしょ?ぼくがどれだけ危険かって。ぼくは君を殺したくないんだ。だから、おしまいに」
「嫌」
きっぱりと言う。エレナは真っ直ぐにアルフを睨む。
「あたしは嫌」
「君も死にたくないでしょ?」
「アルフにあたしは殺せない」
あの時、地面に剣を突き刺したのは偶然でもなんでもないハズだ。
「……殺せるよ。今回は運が良かっただけだよ」
記憶のないアルフは、あの時の事を知らない。だが、エレナは明らかなアルフの意志を感じ取った。
「そう。殺せるんだ」
「うん」
「だったら」
エレナは立ち上がるとアルフの剣を取る。美しい剣だ。曇る事も、刃零れする事もなく、強力な切れ味を誇る。
エレナはそれをアルフの手に握らせて自分の首に突き付ける。
「殺してみなさいよ、あたしを」
「言っただろう。殺したくないって」
「なら、どうやって殺せるの?」
「それは」
「魔族の血の暴走?そんなものに、あたしは殺されない。……どうしたの?どこかに独りで行くなら、殺せるなら殺しなさいよ。あたしは恨みなんてもたない。アルフに殺されるならね」
「ぼく、は……」
アルフは剣を握りしめる。だが、剣は動かない。
「ぼくには、君を殺せないよ」
「でしょ」
「けど、ぼくの中の魔族の血が」
「うるさい!あたしはアルフといるって決めたんだ!四の五の言うな!」
アルフから剣を奪い取る。その切先をアルフの首に突き付ける。
「どうしても連れて行かないなら、あたしがあんたを殺す!そして、あたしは魔王にボロ雑巾みたいに殺される。二年前のあんたがどんだけ強かったかは知らない。だけど、あたしじゃ二年前のあんたにも及ばない事くらいは解る。だからきっと殺される」
「……滅茶苦茶だよ、エレナ。滅茶苦茶。意味が解らないよ」
呆れたと言わんばかりの顔だ。
「君は少しお節介みたいだね。……なら、もう少しお節介を見させてもらおうかな」
「誰がお節介か。あたしは、あんた一人じゃ不安だって言ってるのよ」
「それをお節介というんだよ」
アルフはエレナから剣を取り上げると、鞘にしまう。にっこりと、今まで通りの無邪気な笑顔を浮かべる。
「行こうか、エレナ。旅の続きに」
「ついて行ってあげるわよ。どこまでも」
二人は宿屋を出ると旅路を行く。
目的はただ一つ、魔王の倒滅。
街道に、笑い声が咲く。
長くなりすぎましたが、よろしくです




