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その2

「ひどい事考えるのね。あそこまでやるとは思わなかったわ


 怒りに駆られ、早足で戻ってきたのでナツコは息を切らしている。ロブの困惑した顔がナツコを見返した。


「ひどいこと? 俺、何かしたか?」


 ナツコはロブの反応に気勢をそがれたが、それでも怒った口調は崩さない。


「ミッチよ」


「あいつがどうかしたのか?」


「どうかって……あの人、ロボットじゃないの」


 まだ分からないといった様子でロブはナツコの顔を眺める。


「……それで?」


「それでじゃないでしょ?」


「あいつ、いい奴だよ」


「ロボットにいい奴も悪い奴もないわ。 プログラムで動いてるだけよ」


「でもそれを言うなら、俺達だってプログラムで動いてるだろ?」


「はあ?」


「恐怖を感じるのも人を好きになるのも、みんな本能のせいなんだぜ。俺達も俺達の脳に刻み込まれた本能っていう名のプログラムに支配されてるわけじゃないか」


「へんな理屈をこねないでよ」


「あいつが人間そっくりなのはな、人間の真似をしてるからじゃないんだよ。本当に人間と同じように感じてるんだ」


「そんな馬鹿な」


「信じられないか? ミッチはウサギのところで作られたんだぜ」


 ナツコは目を見開いてロブの顔を見つめた。


「じゃ、あの噂、本当なの?」


 以前からツァオ博士の部署では、人間と見分けのつかないロボットを開発中だといううわさが、まことしやかに囁かれていた。でも完成したという話はついぞ聞いたことがない。秘かにここの人間に混ざって働いてるって噂もあったけど今の今まで信じてはいなかった。


「でもミッチがロボットだってみんな知ってるんでしょ?」


 私以外はね。イライラと心の中で付け足す。


「あいつはプロトタイプなんだけどな、何がおかしかったのか陽気になりすぎちまったんだそうだ。陰気臭いお前にはあのぐらいがちょうどいいかと思ったんだけどな」


「だって、だって、私がミッチに興味を示したんで面白がってたんでしょ?」


「なんだ、そういうことか。からかってたわけじゃないさ」


 ロブが笑顔になった。


「あいつと付き合えばお前も少しは明るい気分になれるんじゃないかと思ったんだよ」


「本気で言ってるの?」


「本気だよ。あんないい奴はいないぞ。俺に娘がいたって嫁がせるさ」


 元々『会社』は変人の多いところだが『本社』じゃその割合が一気に跳ね上がる。でも大まじめに人にロボットを押し付けるほどの変人だとは。話にならない。ナツコはため息をつくと自分の席に戻った。



 **************************



 翌朝、ナツコが出社するとミッチがふらりと現れた。相変わらず幸せそうな笑みを浮かべたミッチはみんなからの挨拶を返しながらナツコのデスクに近づいてくる。隠れるのは無理だと悟ったナツコは諦めの表情でミッチを待ち受けた。


「おはようございます、ナツコさん」


「おはよう」


 ナツコは無愛想に挨拶を返した。朝っぱらから何の用なのよ?


「ナツコさん、ほんとに俺がロボットだから帰ったんですね?」


「そうよ。はっきりそう言ったでしょ?」


「俺、欠陥品なんです。いつだって楽しくて仕方がない。何があっても笑っちゃうんです」


「ポジティブでいいじゃない」


「そう思う?」


「思わない。ただの皮肉」


 ミッチは少し驚いたような顔をしたが、またすぐに話し出した。


「でも昨日は少し悲しかったな。ナツコさん、さっさと帰っちゃうから」


 彼の細い目がさらに細くなる。


「悲しくて寂しかった。そんな気持ち、初めて感じたんです。想像してたよりずっと嫌なものですね」


 ナツコは居心地が悪くなって彼から目をそらした。なんなの、こいつ。同情を誘おうとしてるわけ?


「ごめん、私、本当にロボットは駄目なの。ロボットっていうかAI全般」


「でも、それじゃ不便でしょう?」


 しつこく会話を続けようとする彼をナツコはじろりと睨んだ。


「だから、あなたとは話したくないの」


「そうだ、今日のお昼は空いてないんですか?」


「話したくないって言ってるのがわからないの? 近くにいるだけで鳥肌が立つの。離れてよ」


 会話を聞いていたロブが口を挟んだ。


「おい、ナツコ。それはちょっと言い過ぎじゃないか?」


「機械に何を言おうと私の勝手でしょ?」


 ミッチが笑顔でロブを振り返った。


「ロブ、いいよ。ナツコさんは本気でそんな酷いこと言ってるんじゃないから」


「はあ?」


「じゃあね、ナツコさん」


 唖然とした顔のナツコを残し、ミッチはにこやかに部屋を出て行った。



 **************************



 椅子にもたれたままナツコは朝から何度目かのため息をついた。


 さっきミッチと話した時、彼の瞳を悲しみがよぎったように見えたのだ。奴らは人間とは変わらない。ロブの言葉が頭に浮かぶ。


 なんであんなモノ作るのよ。人間のコピーなんて何の役に立つっていうの。ナツコはいらいらと席を立った。こんな時には散歩に行くに限る。


 裏庭に出たナツコは深呼吸してベンチに腰を下ろそうとした。


「ナツコさん」


 突然、目の前のバラの茂みからミッチが顔を出した。しまった、ここにはこいつがいたんだった。ナツコは彼をにらみつけた。


「何よ。嫌われてるの知ってるんでしょ?」


「知ってるよ。でも食わず嫌いだって知ってるから」


「はあ?」


「食べてみたら好きになるかも知れないでしょう?」


「あなたなんかいらないわ」


「俺じゃなくて昼ごはんはどう? 昨日は披露できなかったけど、俺、料理うまいんですよ」


 さっきまでナツコを苦しめていた罪悪感はきれいさっぱり吹っ飛んだ。


「だれかほかの人、誘ったら?」


 ナツコは冷たく言い放ち、その場を離れた。 こいつ、ぜんっぜん堪えてないんじゃないの。



 *************************



 それからというものミッチは毎日現れるようになった。


 部署の連中は彼女のロボット嫌いを快く思っていないらしい。どんなに邪険にあしらわれても諦めようとしないミッチは、ここでは暖かく迎えられた。ロボットのくせにお茶なんて勧められて好きなだけ長居をしていく。


 不良品ロボットに付きまとわれて、迷惑してるのはこちらなんだけど。花の世話以外にも仕事はあるんでしょう? ロボットなんだからもっと働かせなさいよ。彼女の抗議も通用しない。ナツコの新生活はミッチのお陰でめちゃくちゃだ。


 だが、二週間後のある朝、ミッチは姿を現さなかった。


「あいつもさすがに諦めたのかなあ。冷たくされて落ち込んでるんじゃないのか?」


「ロボットのくせに?」


 ロブが責めるような目でナツコを見た。


「ミッチは人間と変わらんのだぞ。わかってるんだろ?」


「それは聞いたけどさ」


 聞いたからってそんなに簡単に信じられるわけないでしょ?


 昼過ぎにはミッチが現れなかった理由が明らかになった。ロブがにやにやしながら報告に来たのだ。


「あいつな、女の子と歩いてたよ。今朝、上の階に配属された子だ。一緒にげらげら笑ってたな」


「付き纏われなくなって助かったわ」


 ナツコは明るい口調で返した。


「あいつ、モテるからなあ。女に不自由したことないんじゃないかな」


「はあ? ロボットが? 女の子と寝るとか言わないでよ」


「気に入れば寝るだろ? 人間そっくりなんだから」


「やめてよ、気持ちの悪い」


 ロブは呆れたようにナツコを見た。ここまでロボットに対して露骨に嫌悪を表す人間は『会社』にはいない。実のところ、彼にとってナツコが『本社』に受け入れられたことは大きな謎だった。非公式とはいえ『会社』内の人事を最終的に決定するのがガムランだと言うことは周知の事実だ。AIである彼がAI嫌いのナツコをここに配属したのには何か意味があるのだろうか。


「でもあいつが女を追いかけ回すのは初めて見たな」


「私のこと?」


「お前の仏頂面がよっぽど気になったんじゃないのか」


「冗談じゃないわ」


 翌朝もミッチは来なかった。自分が期待していたのに気づいたナツコは余計に不機嫌になった。


 馬鹿ロボット。なんで私があんたなんかに振り回されなくちゃならないわけ? ナツコは立ち上がると荷物をまとめた。もう帰ろう。家でもできる仕事じゃないの。まったく、ここの連中ときたら、どうしてクソ真面目に通勤してるのよ。


 ところがエレベーターホールへ向かう途中、ナツコはミッチとばったり出くわした。隣を歩くのは小柄な女性。噂の新入りに違いない。


「ああ、ナツコさん、おはようございます」


「おはよう」


「この子、タチアナっていうんです。先週入社したところだから、慣れるまで俺が面倒見てるんだ。タチアナ、この人がナツコさんだよ」


 ナツコは彼女と挨拶を交わした。若くてにこやかな女の子。彼にお似合いじゃないの。この子のお陰でこいつは私に付き纏わなくなったわけか。タチアナ様様だわ。


 だが、そのタチアナ様が思わぬことを言った。


「ミッチの好きな人ってこのナツコさんでしょ?」


「うん。そうだよ」


 ナツコは自分の顔が熱くなるのを感じた。ミッチは見逃さないだろう。失態だ。


「いつもフラれるって嘆いてましたよ。ミッチってナツコさんの話しかしないんだから」


 タチアナがからかうような口調でミッチの顔を見る。


「ナツコさんは忙しいんだよ。ね。俺も邪魔ばかりしてちゃいけないと思って」


「そ、そうなの」


「ねえ、今日のお昼も忙しいんですか? よかったらご飯、食べに来てください」


「いいわ」


 ナツコの返事にミッチがにっこり笑った。


「じゃ、小屋で待ってるね。もう道はわかるでしょ? 準備しておきます」


 ナツコは二人が立ち去るのを待ってまた部屋へと引き返した。まるで普段からこんなことをしてるみたいに軽く承諾してしまった。あの子の前だから? 私、もしかして彼女に妬いてたの?



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