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婚約者様、お宅の妹やらかしてますよ〜こちらは撤収しますので後始末はそちらでお願いします〜

作者: 佐古鳥 うの
掲載日:2026/06/19

途中、死を軽率に扱うシーンがあります。ご注意ください。



「もう無理なんです!!!」


そう聖女候補が叫んだ。とある大聖堂で。

そこには国王両陛下や大司教様、役人、ほとんどの貴族が勢揃いしていた。そんな場での悲痛な叫びだった。



◇◇◇



「すまない。妹が熱を出したんだ」

そう言って婚約者のディカール様はわたしの言葉も聞かず、振り返りもせずに応接室を出て行った。


「……追ってちょうだい。気づかれずにね」

「かしこまりました」


控えていた使用人に声をかけると彼女は音もなく部屋を出て行った。


「それからお父様とお母様にも話しておきたいわ。いつなら話せるか確認してききてもらえる?」


殆ど飲まれていないお茶を片していたメイドに告げると溜め息を吐く。


「今日は五分くらいかしら。最短記録ね。月に一度しかないお茶会をなんだと思っているのかしら」



程なくして執事がやって来て両親揃って待っていると言うのでサロンに向かった。

ディカール様と婚約したのはもう七年も前だ。お茶会の場所は最初は応接室、それからサロンやガゼボになったがこの二年は応接室になっている。


以前改修工事でサロンが使えなかったのと天気が悪くてガゼボでは寛げないだろうということで『申し訳ありませんが』と応接室に通したのがきっかけだった。

相手からはとくに文句もなかったのでそれからずっと応接室でお茶会をしている。


なぜ戻さなかったのかと言えば『妹の具合が』という理由で頻繁に早退して最後までいることがなくなってしまっていたから。すぐ帰るならセッティングしても無駄だと気づいたので。



「またなのか…」


両親に話をすれば父が頭を押さえた。同じ事を何度も聞きたくないでしょうが毎回報告していたのは十回目まで。

それ以降は十が二十へ、二十が三十へと変わる節目に報告している。根が真面目なのか―――というと他の真面目な方に失礼かもしれないが―――パートナーが必要な学園のイベントは一緒に出ている。


「贈り物もしてくれているのよね?」

「学園内のパーティーでわたしに似合わないデザインの婚約者色のドレスや庭に咲いていた棘付きの薔薇でよろしければいただきましたが」


頬に手をあてた母が困った顔で聞いてきたがわたしの返答を聞くと顔が引きつった。


なんでも棘付きの枝がついた薔薇の花言葉は『不幸中の幸い』だそうで、一見問題なさそうに見えるが不幸も何も起こっていない相手に贈れば不審がられるし普通に危ない。


以前からちゃんとしたお付き合いをしていれば『棘を落とし忘れたのね』ですむが、ディカール様とパイソン伯爵家には好意も敬意も尽きかけているので『何かあるのでは?』と捻くれた見方しかできなくなる。


「もう少し頑張ることは……難しいのだろうな」

「ルペシア嬢が心配だからという理由でお茶会を早退されたのが今回で三十五回目です。モスコヌルト嬢の四年間を合わせればもう十分耐えたと思いますが」


それでもまだ耐えろと?と虚ろな目で両親を見れば今すぐ伯爵家と話し合いをしよう!と言ってもらえた。


政略結婚であり下位からの申し出だからうまくいくとは正直思っていない。そのための証拠固めもうまくいっていないから尚更だ。


「……そう。彼はあの後屋敷に帰ったの」


後をつけた使用人の報告ではディカール様はまっすぐ屋敷に帰りお詫びとしてまた棘付きの薔薇をまた寄越してきた。

ディカール様という不幸な婚約をしてしまったけどそのうち何かいいことがあるよ、という暗喩だろうか?と深読みしてしまうくらいには彼の心が理解できない。


そもそも薔薇である必要ってある?わたし別に薔薇が好きではないし好きだなんて言ったこともないはずだけど。

お好きなのはディカール様と同じ生徒会で会長のワンディレッド王女様なのに。あの方は大輪の薔薇がよくお似合いで薔薇と並ぶと華やかさが増す。


対してわたしは至って平凡な娘だ。子爵家自体はかなり潤っていて実はパイソン伯爵家よりも財産を有している。そこを狙われて婚約を結ばせたのだろう。


パイソン伯爵夫人がまだ令嬢だった頃、両親の婚約の後押しをしたのが交流のきっかけだったらしい。両親は夫人に敬意を抱いていて打診が来た時やっと恩が返せると喜んで申し出を受けた。

わたしも否やはなかったし出逢った頃のディカール様は絵物語に出てくる王子様のようにキラキラしていて優しくて素敵な方だと思った。


今も見た目の良さは失っていないが理解しがたい言動が増え頭を悩ませている。

七年も婚約しているのだから信じたいとは思う。でも彼の妹のリディアは第二王子との婚約が整い、家格合わせでルペシア侯爵家の養女となり伯爵家を出ている。


たとえ血の繋がった兄妹でも異性が気軽に上位貴族の家へ行けるわけがない。しかもリディアの婚約者は第二王子だ。

小さい子供ならともかく十四歳となったリディアに毎月会いに行くなど普通なら考えにくい。しかも看病に、だ。呼ぶなら彼ではなくお医者様でしょうに。


「いっそ不貞をしてくれたら楽だったのに」


調べなくてもわかるような嘘をついてわたしを落胆させて何がしたいのかさっぱりわからなかった。



◇◇◇



「お嬢様、ご機嫌ですね」

使用人のリタが微笑ましそうに声をかけてきたのでわたしはおろしたてのワンピースを翻し「当たり前じゃない」と微笑んだ。


「今日はナザロ様が遊びに来てくださる日だもの!楽しみでならないわ」


ナザロ様はディカール様よりもずっと前から仲が良かった所謂幼馴染みだった。けれど六年前急に隣国へ引っ越すことになってしまった。


今思うとはしたなくて恥ずかしくなるが別れの挨拶で号泣し行かないでほしいと泣きついてしまった。

彼程わたしのことを理解し話が合う人がいなかったのだ。今は話せる友人がいるがそれでもナザロ様程の方とは出会えていなかった。


その後は手紙のやり取りで交流を続けており彼が来訪することも手紙で知った。

そして忙しいであろう彼が合間を縫って久しぶりに屋敷まで来てくれると言うのだ。こんな嬉しいことはない。


彼となんの話をしようかしら。最近手に入れた天体論の本について話をしようかしら。ああでも版によって内容が変わっていると言うし間違ったことを嬉々として話したくないわ。

ならやっぱり星の話にしようかしら。神話の新解釈が出たことで星座の形が変わるかもしれないんだもの。きっと興味を持ってくれるわ。


なんて考えていたらノックが聞こえ約束していた時間にしては早い到着ね、と応対したリタを見たらとても申し訳なさそうな顔をしていた。


「リディア・ルペシア様がお嬢様にお会いしたいとお越しになっているそうです」

「…………来客予定はなかったと思うけど」


自分でも驚くくらい低い声が出た。


「約束はしていませんが『お義姉様ならば何を置いてでも当然会ってくださる』と、」

「……………………そう、」



応接室に向かうと執事が飛んできてリディアがナザロ様を迎えるために準備していたサロンに勝手に向かったと聞かされ目の前が真っ赤に染まった。


「本っ当あの義妹には手を焼いてますの!……あら、このお菓子美味しいわね。それからこういうこともありましたの。…………聞いてます?お義姉様!」

「はい。聞いていますわ」


ペラペラ、ペラペラ。かれこれ二時間以上ずっと喋り続けている。それだけ現在の生活にストレスを溜めているのでしょうけどわたしを愚痴の相手にしないでほしい。


サロンに入れば『ここの使用人の教育がなってないのではなくて?将来お義姉様と家族になるわたくしを他人行儀な応接室に通したのですよ!失礼しちゃうわ!』と憤慨していた。

今日はここで大切なお客様と会う予定だから場所を変えるか帰ってほしいと遠回しに伝えても、

『あら。お兄様と約束があったの?なら大丈夫よ。わたくしがすることはすべて許してくださるもの。そんなことよりもわたくしの話を聞いてちょうだい!』

とこちらの話をろくに聞かずに勝手にテーブルに座り、勝手にナザロ様のために用意したお茶とお菓子を食べた。


ナザロ様は渋めの紅茶がお好きなのでそれに合わせたお菓子を用意したのに、リディアは『不味いわ。お義姉様の家はお茶もまともに淹れられないの?』と文句を言って下げさせ、自分がよく飲んでいるという高級茶葉をわざわざ買いに行かせそれを飲んでいる。


たしかに味も風味も美味しいがこの茶菓子には合わない。そしてこの紅茶と茶菓子のようにわたしとリディアも合わない。


ナザロ様はお帰りになったかしら。

『急用のためお迎えすることが難しく、ご足労いただいておきながらこのようなことになって大変恐縮ですが本日はお帰りください』、という謝罪の手紙を執事に預け、両親にも報告するように頼んだ。


約束した時間は一時間半前。早すぎず遅刻もしない方だからその時間にお越しになっただろう。


本当に申し訳なく心苦しいし、できることならばリディアを追い返してしまいたい。けれどそれはできない。相手は子爵家よりも上位だから。

下手にナザロ様の名前を出してしまえば彼に迷惑がかかるかもしれない。それだけは避けたかった。



ルペシア侯爵家に移るまでの彼女はわたしに嫌がらせをするのが趣味だったのだ。

兄であるディカール様が好きで盗られると勘違いした彼女はお茶会に乱入してはディカール様だけと話し、家族にしかわからない話を聞かせては『ああ、子爵家ではこんなことできませんわよね』と憐れむような目で笑っていた。


今は出掛けることもないが二人で一緒に出掛けた時も駄々を捏ねてついて来たり、邪魔者なのはリディアなのにディカール様と腕を組んで自分が行きたいところばかり行ってわたしを置いてきぼりにした。


それが伯爵夫妻にバレて怒られたそうだが、仮病でも自分を優先してくれるとわかってからは都合よく病気になってわたしとディカール様の交流を邪魔し続けた。


そんなリディアが聖女候補に抜擢され第二王子の婚約者に推薦されたことには驚きを隠せなかったが恐らく伯爵夫妻が色々奔走し頑張ったのだろう。

その頑張りを跡継ぎの婚約者にもわけてほしかったが。


「いたっ」

「お嬢様?!」


額に衝撃を受け目を瞑れば生温かさとリタの悲鳴が聞こえた。手で額を押さえつつおろしたてのワンピースを見るとレモンイエローに赤みがかった紅茶が斑模様を描いていた。

染み抜きしてももう着れないかもしれないわね。


「お義姉様なんだから言うことを聞きなさいよぉ!!」


うわぁぁん!と小さな子供のように泣き叫ぶリディアに眉をひそめたがソーサーを手に取ったのを見てリタが素早く動きソーサーが当たらないように庇ってくれた。


ガシャン!とソーサーが割れ、お菓子があった皿も投げてきたので二人で距離を取る。スカートが汚れたが掠めただけですんだ。


リディアの癇癪持ちは直っていなかったらしい。ルペシア侯爵家は何をしてるのかしら。


「言うことをってあなたが言っていることは犯罪ですよ。あなたはわたしに犯罪を強制するのですか?」


「違うわ!ただちょっと…あの義妹が大人しくなってわたくしに服従するような、そういう薬を盛ってほしいって言ったのよ!

子爵家だからそういう汚らわしい仕事もしてるんでしょう?だったら可愛いわたくし(義妹)のために喜んで尽くすのが当然じゃない!」


わたくし達は姉妹なのよ?!と叫ぶがそんな薬は麻薬くらいしか思いつかないし麻薬は禁制薬物だから仕入れただけで捕まる。それを侯爵令嬢に使ったとなれば子爵家は潰れるし首もとぶだろう。


あと子爵家だから、は他の子爵家にも失礼だから撤回してほしい。

たしかに我が家は商会を運営し手に職を持っているけど汚らわしいと思ったことはないし言われたこともない。

領地経営をする代わりに商会を営んでいるだけだ。


そして当然だが犯罪に手を染めたこともない。そんなことは婚約者の家なら知っていて当然で、たとえ出て行った妹でも理解していて当然のはずなのに。

でなければ婚約なんて成立しなかったのに。なんでそんなことを簡単に口にでかけるのかしら。


―――ああ、もう嫌だわ。


溜まりに溜まった鬱憤が今蓋を割り器を壊した。



「撤回しなさい」

「………え?」

「我がティンダラス子爵家が汚らわしい仕事をしてると言ったことを撤回しなさい」


額が熱くなりタラリと滴る感触がしたが、構わずリディアを睨みつけた。

上位かどうかなんて関係ない。彼女はわたしの家を侮辱したのだ。


絶対に許さない、と睨むとリディアは青白い顔で立ち上がりじわりと目尻に涙をためた。


「なによ、なによ。お義姉様のくせに…」


震えながら立ち上がったリディアは涙目をつり上げ叫んだ。


「お兄様が言っていたわ!幼馴染みじゃなかったら婚約なんかしなかったって。

商売なんて汚れたことをしてる家だから一生結婚できないって泣きつかれたから仕方なく婚約してやったんだって!!」


「リディア!!」


リディアの叫びを被せるように入ってきたのはディカール様で、わたしを見てぎょっとした顔で目を見開いたが、リディアに抱きつかれ視線が外れた。


「お義姉様が!お義姉様がわたくしをいじめるのぉ!」


この状況でよくそんなことを言えるなと半分感心したがディカールは顔をしかめるとわたしを睨みつけた。


「妹を呼びつけておいていじめるなんて非常識にもほどがあるぞ」

「…では癇癪を起こして我が家のティーセットを破壊するのはよろしいのですか?」


視線を下げればナザロ様のために用意した上質な陶器が無残な姿になっていた。

それらをディカール様も見て顔を引きつらせたが「リディアを怒らせたのが悪い」と責められた。


「お嬢様、血が…!」


そのタイミングでわざとリタが青白い顔で叫び額にハンカチをあてた。手を見れば鮮血が手の平を染めていて袖にまで染みている。


それを見たリディアが悲鳴を上げたが、同じものを見たはずのディカール様は怪我をさせたであろう自分の妹に謝れと叱ることも、己の婚約者に大丈夫かと駆け寄り心配することもしなかった。


「お、お兄様。わたくし気分が悪いわ…」

「そうだな。帰って休むべきだ。日頃の聖女修行で疲れているのだろう?」

「そうなのよ。……嬉しい。わたくしのことをわかってくれるのはお兄様だけよ」


どこかの誰かと違って、とチラリとこちらを見たが目が合うとわざとらしく怖がり、逃げるようにそそくさと出て行った。


「スコッティーヌ。今日のことは一先ず不問にしておく。リディアは連日の聖女修行と侯爵家に馴染むためにとても苦労しているんだ。

僕の妻になるのならもう少し家族を慮ってくれてもいいだろう?………まただんまりか。ハァ、まぁいい。

だからキミのそれも内々でどうにかしておいてくれ。くれぐれもうちやルペシア侯爵家に連絡するなんてバカなことはしないでおくれよ」


恥をかくのは子爵家のキミなのだから。と言い残して去って行った。

最後まで怪我をしたわたしの顔を見ずに。



◆◆◆



「アタシ、ディカールのことが好きなの!だから結婚してほしい!」


僕は幼い頃からよくモテた。少し赤みがかっているが髪は金髪だし目も灰色がかった青色だ。

小さい頃は『パイソン家の王子様』と言われたくらい持て囃された。


とくに生まれた頃からずっと一緒だった幼馴染みのミディールはずっと僕を好きでいてくれて告白までしてくれた。

けれど彼女の家は男爵家でお互い跡継ぎだ。それに僕達は子供で何を決めるにも親の許可が必要だった。


十歳の時、スコッティーヌと対面した。一目惚れだった。ミディールも可愛かったが彼女が色褪せ忘れてしまうくらいスコッティーヌは素敵な令嬢だった。


スコッティーヌも子爵家の跡継ぎだったが伯爵家に嫁げるなら子爵も許してくれるだろう、ということで婚約が成立した。


僕は有頂天になった。きっとこのまま幸せになれると思っていた。



だけどスコッティーヌの笑顔が段々陰っていき、突然泣き出すことが出てきた。

聞けばミディールに不釣り合いだから婚約者をやめろと何度も脅されていると言うのだ。


『あんたに不幸が訪れるわよ』予告された次の日に二階から花瓶が落ちてきて危うくぶつかるところだったそうだ。


もし直撃していれば儚くなっていたかもしれないと青白い顔で言う彼女を慰めたが、幼馴染みで僕を慕う友人のミディールを悪く言うのを許せず叱ってしまった。


犯人だと決まってもいないのに僕の友人を悪様に罵るのはよくない、不愉快だ。と言っただけなので許容の範囲だろう。


それにミディール本人に確認したらそんなことは言っていないと言っていたし。

花瓶が落ちてきたところは町中でティンダラス子爵家が抱える商会の近くだった。人が大勢行き交うのだから手違いで落とすこともあるだろう。


『当たるはずもない遠い場所にいたけど音があまりにも大きかったから自分に向けられたものだと勘違いしたんじゃないかな?

スコッティーヌってば最近被害妄想が酷いみたいだし』

とミディールに言われ、なるほどなと頷いた。


突然泣き出したのはそういうことらしい。

悩みがあるなら聞くよとミディールと一緒に何度か伝えたが、スコッティーヌは引きつった笑顔で『大丈夫です。お気遣いありがとうござます』としか言わなかった。



その二年後、突然ミディールが姿を消した。男爵に聞けば『人として許されないことをしたから相応しい場所に送った』と返ってきた。


もう二度と家には戻ってこないから娘のことは忘れてほしいとも。


その頃には男同士のほうが楽しくてミディールの相手をおざなりにしていた。婚約者がいるのに異性と二人きりで会うのはよくないことも理解したので。


それに最近のミディールは胸が張って痛いと言って胸を見せようとしてきたり、『ディカールならいいよ』と無理やり胸を触らせようとしたり、スカートをわざとたくしあげ足を見せつてくるから扱いに困っていた。


会わずに済むなら丁度よかったと安堵したが、あれだけ仲良くしていたのにいきなりミディールがいなくなったと知ればスコッティーヌは悲しむだろうと思った。なにせ僕達三人は幼馴染みなのだから。


なのでスコッティーヌに悲しそうな声でミディールがいなくなったことを話してあげた。彼女はいなくなったけど僕ら三人の友情は変わらないよ、と言って。


しかし返ってきた言葉は『そうですか』だけ。

スコッティーヌを妹のように可愛がってくれていたミディールに対して少し冷たくないか?と自分のことは棚に上げて彼女を責めた。


『わたしはそのミディールに階段から突き落とされ殺されかけたのですが』


それでどうやって悲しめと?と言われ言葉を失った。


よくよく思い出せばいつもなら僕が部屋に入ると同時に立ち上がり、覚えたカーテシーをして出迎えてくれていたスコッティーヌがずっと椅子に座り近くには杖の立て掛けてあった。


それがなんとなく責められてる気がして、それからお茶会に行っても何を話したらいいのかわからなくなって途中で切り上げる嘘をつくようになった。


リディアの仮病は半分は僕のせいだ。

スコッティーヌは商売の話にしか興味を示さないから気が滅入るんだ。と愚痴を零したら―――実際は商売の話なんてしたこともなかったし振られたこともなかったけど―――、

『でしたらわたくしを理由にして切り上げれいいわ。お義姉様も可愛い義妹が体調を崩したとなれば慌てて送り出してくれるでしょうね。心配になって駆けつけようとするかも!あ、お見舞い品は直接持ってこさせないようにしてね』と微笑んだ。


それからは話題が出てこず居心地が悪くなったら『そういえば妹の具合が悪かったんだ』と嘘をついて帰るようにした。


罪悪感はあった。

けれど杖を使うスコッティーヌを見るとミディールを思い出し嫌な気持ちになるので杖がなくなるまではあまり会わないようにしようと思った。


今のスコッティーヌは杖を使っていない。

天気の悪い雨の日は硬い表情をしていたり足を庇うように歩いている姿を見たりはしたが普通に歩けている。

だけど僕は今も妹を理由にしてスコッティーヌと会う時間を減らしていた。


僕はスコッティーヌが好きだ。それは変わらない。

けれど彼女は変わってしまった。そのせいで迷いが生じどう接すればいいのかわからない。


僕が愛したのはいつも朗らかで可愛らしい笑顔を向けてくれるスコッティーヌなのだ。そのスコッティーヌはいつの間にかいなくなってしまった。僕はあのスコッティーヌに会いたいのに。


「(どうしたらあの頃のスコッティーヌに戻ってくれるんだろう……)」


額の怪我は大丈夫だろうか。手当てしただろうか。痕が残らないだろうか。

妹を怒らせたら怖いってスコッティーヌも知っていたはずなのになんでそんな愚かなマネをしたんだろう。


しかも今のリディアは侯爵令嬢だ。子爵令嬢のスコッティーヌでは絶対に敵わない。

リディアにもティンダラス家に行ったことやスコッティーヌに怪我をさせたことを口外しないように口止めをしたが聞いてくれるかはわからない。



「ワンディレッド様。顔色が優れませんが大丈夫ですか?」


ハッと我に返ると第一王女であるワンディレッド様が青白い顔で仕事をしていた。


今は生徒会室で自分も書類整理をしていた。

他の生徒会役員が心配しているのだから自分も声をかけたほうがいいだろうと思い、繰り返しになってしまうが大丈夫かと尋ねると「大丈夫だ」と答えた後にじっとこちらを見つめた。


「ディカールはティンダラス子爵令嬢と婚約していたな?」

「は、はい。それがどうかしましたか?」


スコッティーヌが入園し最初の学園パーティーの時に紹介したのが、今年もスコッティーヌを連れてワンディレッド様に二人で挨拶するつもりだった。


ワンディレッド王女は卒業と同時に隣国に嫁いでしまわれるが寛容で優しい方なので人見知りで人と話したがらないスコッティーヌでもちゃんと対応してくださる奇特な方だ。

まぁ同じ生徒会役員で信頼の厚い僕が婚約者というのが大きいんだろう。そうでなければお声がけすらなかっただろうな。


二年後には僕の妻になるのだからスコッティーヌにはもっと努力してもらわないと。社交界で苦労するのはスコッティーヌなのだから。


「ここ数日休んでいるそうだがあまり芳しくないのか?」


見舞いには行ったのか?という言葉に少し身構えたが平静を装って病ではなく怪我だと答えた。


「ただ見える場所の怪我なので治るまで休むとのことです」

「そうか…」


確認はしていないが休んでいるということはそうなのだろう。額だしな。痕が残っても僕と結婚するのだからそこまで気に病んではいないはずだ。


そうだ。後で僕から手紙を送っておこう。それと見舞いの品も贈らないとな。また薔薇でいいかな。

勝手に切ると怒られるがスコッティーヌのためだと言えば許してもらえるだろう。庭には掃いて捨てるほど咲いているんだし。


「ディカール。その、ティンダラス子爵令嬢からファクナー侯爵令息の話を聞いたことはあるか?」

「………聞いたことありませんが」


出てきた男の名前にカッとして苛立ちを露わに返すと「ディカール!」と他の生徒会役員に窘められた。


「申し訳ありません!ディカールは婚約者を溺愛していて、そういう話を聞くと我を失うんです」

「失ってはいない。ただなぜそんなことを聞くのか不思議に思っただけだ」


ファクナー侯爵令息とはワンディレッド第一王女の婚約者である隣国の第一王子の側近だ。

国外に一度も出たことがないスコッティーヌが隣国の、しかも侯爵令息と知り合いであるはずがない。


前に視察のていで彼らが学園に訪れたことがあったが、第一王子はワンディレッド王女に会ってすぐに帰って行ったしその側近もずっと第一王子の近くにいて離れなかった。


何かの間違いでは?と指摘するために言ったのに無礼だとなぜか怒られ、ワンディレッド様には「そうか」と苦笑された。


スコッティーヌには僕しかいないのだ。

他の男に目移りなんてさせないししないだろう。

だってスコッティーヌは傷物なのだから。

そんな不良品なんて誰も欲しがらない。

スコッティーヌを愛してやれるのは僕だけなんだ――――。



「―――――――は?スコッティーヌが死んだ??」


スコッティーヌが?

え?なんで?

しかもこんな時に??



今日はリディアの聖女認定式で家族一同集まっていた。未来の妻であるスコッティーヌとその家族が見えないなと探していたら父上が真剣な顔でありえないことを言い出した。


「そんな、はずない。だって、手紙を送ったし、スコッティーヌが好きな薔薇も贈って……その後は、今日の認定式にはリディアが出るから必ず来るようにって手紙を……ドレスも贈るって言ったのに!!」


「全部返事がなかっただろう?学園もずっと休んでいたはずだ………自死したのはお前達が先触れもなくティンダラス子爵家に押し掛けた日の四日後だからな」


「はぁぁっ?!」


柱の陰に隠れ、声を落として話していたが、ディカールの声で近くにいた人達が一斉に振り向いた。だがそちらを気にかける心の余裕はなかった。


ここは大聖堂の中で儀式が始まるまでざわついているがそれでもディカール程の声を上げる者はいなかった。

伯爵が慌ててディカールの肩を掴むと場所を移そうと彼を引っ張り歩き出す。


「自死ではどう切り取っても醜聞にしかならんということになってな。葬式も家族だけで済ませたそうだ」

「そんっいや待ってください。自……ってそんな、嘘でしょう?だって、スコッティーヌは僕との結婚を楽しみにしていたんですよ?!」

「そのことだが……」


父上が何か言おうとしたところで鐘が鳴った。そろそろ認定式が始まるらしい。


「なんで今頃認定式なんかするんだろうな。候補なのは未成年だからであって教会からは既に聖女と認められているのに…」

「父上!その話ではなくスコッティーヌです!」


鐘の音でリディアのことを思い出したのか父上が苦い顔でぼやいたがそんな話は今はどうでもいい。


スコッティーヌは本当に死んだのか?いや、そんなはずない。僕と婚約破棄したのならともかく、婚約したまま自死するなんてありえない。するはずがない。


僕がこんなにも愛しているとスコッティーヌも知っているはずなのに!


「死んでしまったものは仕方ないだろう。子爵には悪いがスコッティーヌは貴族の器ではなかったということだ」


慰謝料と商会の権利が譲渡されたからこちらの損害はないが。と漏らす薄情な父に怒鳴りつけたい衝動に駆られたがその前に肩を叩かれた。


「ディカール。お前も切り替えろ。彼女はもう逝ってしまったんだ。そしてお前は生きている。生きている者がいつまでも死んだ者に囚われるな」


これが終わったら新しい婚約者を探すぞ、と言って父はさっさと行ってしまった。


そんな。

そんな。


スコッティーヌは僕のすべてだった。

彼女以上の人なんているはずがない。


だってスコッティーヌは。


スコッティーヌは……。




「もう無理なんです!!!」


大聖堂には大司教をはじめとした聖職者、王公貴族、一部の敬虔な信者と隣国第一王子らが揃っていた場でリディアが叫んだ。


先程厳粛な空気の中、法衣を纏ったリディアが登壇し聖女候補に選ばれた時と同じ奇跡の力を見せるようにと大司教から告げられた。


目の前には戦争の後遺症に悩む老兵で片足がなかった。

欠損を戻すことは聖女でもかなりの神聖力を使うので今回は潰れた片目を治すよう指示されたが、目隠しを外すとリディアは真っ青な顔で悲鳴をあげた。


ここからでは見えないが相当酷い怪我らしい。それでもなんとか手を伸ばしたが触れることができず、耐えられないとばかりにリディアが叫んだのだ。


そのリディアの口から出てきたのは教会の修行が厳し過ぎることと侯爵家での冷遇だった。


「わたくしの神聖力が弱くなったのはそのせいなのです!!」

「試しもしないで強いも弱いもわからないと思いますが?」

「そんなことありませんわ!昔はわたくしがいるだけで皆さんが心休まり、傷が癒え、笑顔になっていましたわ!!」


だからわたくしに必要なのは快適な生活と不要な修行を減らしストレスになる者達を遠ざけることです!と訴え、ある場所を見て指をさした。


「ハインマイン・ルペシア!あなたをスコッティーヌお義姉様を追い詰め自死に追いやった罪で国外追放にします!!」


「は?」

いきなり出てきたスコッティーヌの名前に思わず声が漏れた。他の人達も同様だろう。だがリディアだけは真実を語ってるかのように大きな声を張り上げた。


「この女はわたくしを蛇蝎の如く嫌い、義両親が見ていないところで『どんなに頑張っても伯爵位程度なのだから弁えた行動をしなさい』と言って嫌がらせをしてくるのです!」


「…そうなのか?」


指された相手はリディアの義妹であるルペシア侯爵令嬢で、静かに問われた国王の言葉に反応しカーテシーをしてから毅然とした態度で答えた。


「そのようなつもりで発言した記憶はございませんが聖女候補様をご不快にさせたのでしたらこの場にて謝罪いたします」

「〜〜〜っ!そういうところが可愛くないと言っているのよ!」

「リディア嬢、控えなさい。陛下と大司教の前ですよ」


口を閉じたリディアに対しルペシア侯爵令嬢が一歩前へ出た。


「ただひとつ訂正がございます。わたくしは情報としてスコッティーヌ・ティンダラス子爵令嬢を知っていましたが交友はございません。入園前ですし接点もありません。そんな方を自死に追いやるなど不可能です」


「そんなはずないわ!あなたからの嫌がらせを受けて悲しんでいたわたくしのためにお義姉様がハインマインに仕返しをしてくれるって約束してくれたもの!

きっとこの女がスコッティーヌお義姉様を嵌めたんだわ!そして権力を振りかざして自死に追いやったのよ!!」


「では証拠は?それだけ言うのですから証拠があるのでしょう?」


静かな声で指摘されたリディアがビクッと肩を跳ねさせ視線を泳がせた。誰かを探すように見回し僕を見てホッとした顔をする。


その愛らしい顔が初めて化け物に見えた。


「お兄様!お兄様もわたくしと同じ意見(気持ち)ですわよね?だってわたくし達は血を分けた兄妹ですもの!お兄様はわたくしだけの味方ですわ!

だったらわたくしのことを守ってください!お義姉様がわたくしのためにハインマインを陥れようとして罠に嵌まり自死を選ばせられたことを証明してくださいませ!!」


お兄様ならできますよね?だってお義姉様はお兄様の婚約者なのですから!ならハインマインが憎いはず!一緒にこの悪女を地獄に落としましょう!!


まるで脅迫するかのような圧に思わずたたらを踏んだ。


代わりに証拠を出せだなんて無理に決まっている。捏造するにしたってあまりにも時間がない。

というかお前は聖女候補じゃないか!聖女は清廉潔白ではないのか?なんでこんな悍ましい嘘を平気な顔でつくんだ。

スコッティーヌはお前が投げたカップでできた傷を悔やんで自死したんだぞ?!



そこまで考えてストンと理解した。


ああそうか。スコッティーヌが自死した理由が自分がカップを投げつけてできた傷を悔やんでだと知っているんだ。

その事実に耐えられなくてその罪をルペシア侯爵令嬢に擦り付けようとしているんだ。


じゃあリディアが癇癪を起こしスコッティーヌにカップを投げつけたのは嫌いなルペシア侯爵令嬢に嫌がらせをしろとスコッティーヌに命令したため?


いずれ伯爵夫人になるにしても今は子爵令嬢だ。そんなこと彼女にできるわけがない。スコッティーヌは弁えている人間だから。


それをわかっていて、わかってなくてもリディアはスコッティーヌに怪我を負わせた。自分のストレスを解消するために。


ルペシア侯爵令嬢への嫌がらせもスコッティーヌが命令通りに動き怪我や令嬢として致命的な被害を被ればラッキーと思っていて、途中でバレたとしても自分は何も言っていない。勝手にやったのはスコッティーヌだと責任をすべて押しつけるつもりだったのだ。


僕の婚約者(スコッティーヌ)が犯罪者になるかもしれなかったのに、リディアはそのことをまったく考慮してくれなかったのだ。


「……けるな。ふざ、けるな」

「え?…お、お兄様?」

「ふざけるなふざけるなふざけるな!!スコッティーヌを殺したのはお前じゃないか!!!」


スコッティーヌはリディアの脅しに屈する前に自死でもってルペシア侯爵令嬢の命と家を守ったのだ。


「僕のスコッティーヌを返せ!!!」


人生で初めて喉から血が出そうな程叫んだ。

視界が涙で歪んだがリディア(化け物)をもう見たくなかった。


妹だと思いたくなかった―――。



「―――あの、」


リディアが震える声で「お兄様、なんで?なぜそんな酷いことを言うの?」と戸惑う声が聞こえたが別方向からも声があがった。

手を挙げたのは隣国の侯爵令息で兄妹の熱演など興味ないと言わんばかりに淡々と問いかけた。



「ところでそこのご令嬢は聖女なのでしょうか?違うのでしょうか?」




◇◇◇




東の空が少しずつ白みはじめた。真っ暗だった空が徐々に群青に変わりその色が薄い青に変化していく。なんとも不思議な光景に感嘆の息を吐いた。


「一説によるとわたし達の目に見えないだけで星々はずっと輝いているそうですよ」


振り返ると表情は暗くて見えないが人の形は見えた。


「人知れず輝き続けるのか。まるであなたのようだ」

「…フフッご冗談を。わたしは死んだ人間ですよ」



リディアが『お義姉様なんだからこれくらいやってくれてもいいでしょ?』と言って無理難題を言ってくることは多々あった。

宝飾品や小道具、一番多かったのは紅茶と化粧水だ。


どこで聞きつけたかは知らないがディカール様とのお茶会で、わたしに話しかける時は決まって『◯◯が欲しいの。お義姉様の商会なら手に入るでしょう?』とおねだりしてきた。

それしかリディアがわたしに話し掛ける話題も理由も興味もなかった。


拒めば泣き落としをするかディカール様に泣きつくか。その度にディカール様に厳しい目を向けられ『妹の願いも叶えられないようでは立派な伯爵夫人になれないぞ』と叱りつけてくるのだ。


リディアが聖女候補になったのはそんな時だった。

実際に神聖力があるかは知らない。癒してもらったことなど一度もないのだから。額の傷だって今も痕が残っている。


わかっていることがあるとすれば、あの頃仕入れていた中にポーション配合の化粧水があったこと。

ポーションはアンチエイジングに効くらしいという噂と共に広がったもので極々一部の夫人が使うような高価な品だった。


本当に高価なのでリディアがどんなに文句を言っても癇癪を起こしてもその一回きりでそれ以降は取り引きをしなかった。


『可愛い義妹のお願いが聞けないなんてお義姉様って本っ当頼りにならないわね。こんな使えない人が伯爵夫人を務められるのかしら?ハァ心配だわぁ』

と散々嫌味を言われたが、そこまで言うならその化粧水の代金を支払ってから言ってほしかった。


それに十一歳の子供がアンチエイジングとか高価過ぎる化粧水を乱用するほうがどうかしていると思う。

止めず諌めなかった伯爵家の者達も同様だ。あの家はティンダラス家を搾取することしか考えていなかった。


そんなリディアは虚偽罪に問われ、今は牢屋の中にいる。

聖女の証をたてられなかったことで聖女候補から外され、教会を謀った罪で破門の烙印を押された。それに合わせて第二王子との婚約も白紙。

ルペシア侯爵家からも養子解消され戸籍はパイソン伯爵家に戻された。


そのルペシア侯爵家から名誉を著しく傷つけられたとしてリディア・パイソンに対し訴訟を起こした。

裁判はすぐに決着がつきパイソン伯爵家が敗訴。多額の慰謝料を支払うことになり折角手に入った子爵家の商会の権利もあっさり奪われた。


話はそれだけでは終わらず、スコッティーヌ・ティンダラス子爵令嬢が自死したのはリディアがルペシア侯爵令嬢だった頃だということと、ディカール様が国王陛下と大司教の前で『リディアがスコッティーヌを殺したんだ』と発言したことでルペシア侯爵家からティンダラス子爵家へ少なくない慰謝料が支払われた。


そうなるとリディアの生家であるパイソン伯爵家も慰謝料を支払わないわけにはいかず、結果パイソン伯爵家は家が傾き、男爵位よりも貧しい生活を余儀なくされた。


ディカール様は今もパイソン家の後継者だそうだがリディアが起こした負債が大き過ぎて代替わりをしても挽回は不可能だろうと聞いた。


今代は無理でも存続させたいのならば家のために善処すべきなのだけど教会からの破門は想像以上に重くパイソン家にのしかかり孤立状態なのだそうだ。

だというのにパイソン夫妻は娘を除籍するのではなく『三年前は確かに神聖力があったのだ』と会う人会う人に訴えては同情を得ようとしているらしい。


またスコッティーヌ死亡により婚約が白紙となったが新たな婚約者探しもせず学園にも来ていないそうだ。

どうやらスコッティーヌの亡霊を探しているらしく子爵家に突撃したりモスコヌルト男爵家に話を聞きに行ったりしたらしい。


前者はともかく後者はとうに絶縁しており彼の幼馴染みもそこにはいない。代替わりもしているから聞きに行っても無駄なのに何を考えて訪ねに行ったのか理解できない。


最新情報では空っぽのわたしの墓を掘り返そうとして捕まり現在は留置所にいるという。


成績優秀でワンディレッド王女からの信頼も厚く、『婚約してなければ嫁ぎ先の隣国に連れて行ったのにな!』と言わせるほど信頼されていると自慢げに言っていたのに。

自由になれたのだから自分がやりたいように邁進すればいいだけなのに……やはり彼の考えてることは理解できないわ。



「ある詩人の一節にね、こうあったんだ。『人の命が尽きる時、星もまた空から流れ落ちるのだろうか』とね」

「まぁ」


そう言って彼は暗闇でも迷うことなくわたしの手を握った。


「この星々の中にあなたの星や私の星があるはずだよ。それを一緒に探すのもいいかもしれない。

だけどその前に言わせてほしい。あなたはここにいる。生きている。あたたかさがある。

たとえ太陽の輝きに隠れてしまうような光でも私がきっと探しだし掴まえてみせる。だから流れ星にはならないと約束しよう」


「ナザロ様…」


唇が震え目尻から涙が零れ落ちた。



あの日、わたしの心は死んだ。

リディアの金切り声を、不条理な言葉を聞いていたはずなのにディカール様はわたしの味方になってくれなかった。


こうと決めたリディアが引くことはない。あの手この手を使って必ずわたしを従わせようとするだろう。

そうなった時、婚約者であるディカール様が助けてくれないのだと思ったらすべてがもうどうでもいいと思ってしまった。


リディアの願いを叶えず、ルペシア侯爵令嬢を守り、ティンダラス子爵家への損害をどうやったら減らせるか……もう自死しかないと思った。


どうやったらちゃんと死ねるか、グルグルと考えていると執事がやって来て応接室に案内した。


応接室にはもうとっくに帰ったはずのナザロ様がいて、あの頃のように微笑みかけてくれた。

それだけでわたしの心は浄化され涙腺が決壊したのだ。



わたし達は会話を重ね、そして決断した。


すべてを捨てここにはもう帰らないと決めたのだ。




「行こう。隣国はすぐ目の前だ。着いたら家族を紹介するよ。母上が首を長くしてスーティーを待っているんだ」


それから落ち着いたら私達のことを考えよう。

わたしはあたたかい暁の光に目を細めながら「はい」と答えた。





読んでいただきありがとうございました。

※誤字修正しました。ご連絡ありがとうございました。

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