第4話 星環の会議室 ― 光の民が語る“影”
アレイシアに案内され、遼たちは〈アウロラ〉内部の回廊を歩いていた。
壁や天井はどれも金属というより“光子の結晶”で作られたように見え、歩くたびに淡い光が靴裏から舞い上がる。
「……まるで歩くたびに星を踏んでるみたいだな」
遼が思わず漏らすと、
「艦長、ここの床材……すごく薄い膜状です。質量はほとんどありません」
ユイが解析をしながら言った。
「でも支えてるのよね、私たちを」
レイリアは足先で光の波紋を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「支えているように見える“だけ”です」
アレイシアが振り返りながら説明する。
「ここでは、物質的な床は“概念”の一部に過ぎません。あなたがたが『ここは床だ』と認識している限り、星海はその認識を尊重して形を作ります」
「……つまり、思い込みが現実になってるってことか?」
遼の問いに、アレイシアは優しく微笑んだ。
「近いですが、少し違います。“認識を補助するフィールド”が星海に存在しているのです。常識を持つ来訪者が不便を感じないよう、空間が自動調整されます」
「便利すぎるだろ……」
遼は小さく肩をすくめる。
やがて三人は、白い円形の扉の前へ到達した。
「ここが“星環会議室”です。潮流の乱れに関する最新の情報をお伝えします」
「わかった。頼む」
遼が頷くと、扉は無音で開いた。
***
会議室は巨大な円形ホールで、中央には立体的な潮流モデル――先ほど見た未来球体の簡易版が浮かんでいた。
天井は透明で、星海の光がそのまま降り注いでいる。
「どうぞ、お座りください」
アレイシアが示した席に遼たちが腰を下ろす。
次の瞬間、潮流モデルがゆっくりと揺れ、黒い斑点のような影が浮かび上がった。
「……これが“時間喰らいの侵蝕”?」
レイリアが息を呑む。
「はい」
アレイシアの表情は険しかった。
「本来、未来潮流は“分岐と収束”を繰り返し、自然な揺らぎを保っています。しかし侵蝕が始まると、潮流そのものが“固定化”されてしまうのです」
「固定化……?」
遼が眉をひそめる。
「本来存在するはずの“選択肢”が消えます」
ユイが静かに補足した。
「未来がひとつに押し固められる。どれほど危険であろうと、その未来しか残らない」
「その通りです、ユイ。時間喰らいは“未来可能性の絶対奪取”を目的としています」
アレイシアは黒い斑点を指差した。
「この黒い影は、未来潮流が“死んだ”領域。変化も選択も存在せず、ただ結果だけが永遠に続く世界です」
遼は背筋に冷たい感覚が走った。
「そんなものが広がれば……どの世界も、生き物も、自由に未来を選べなくなる」
「はい。意志の消失――それが最大の問題です。星海の住民にとって、未来は“流れゆくもの”。固定化は死と同義です」
レイリアは拳を握りしめた。
「じゃあ……これは、放っておけないわね」
「ええ。そして――最も問題なのは」
アレイシアの声色がさらに低くなる。
「侵蝕が“あなたたちの光点”に向かって進んでいることです」
潮流モデルの中で、黒い線が遼たちの光点へ伸びていた。
「……理由はわかっているのか?」
「断定はできませんが、あなたが選んだ未来――犠牲を拒んだ未来は、時間喰らいにとって“最も排除すべき潮流”です」
ユイが小さく息を呑む。
「それは……未来を固定する存在にとって、“自由な未来選択”は脅威になる……?」
「その通りです、ユイ。艦長の選択は、この広大な星海で“揺らぎの中心”となり始めています」
「だから狙われるのか」
遼は怒りではなく、むしろ静かに状況を理解していった。
「俺たちがここに来たのも……偶然じゃないってことか」
「はい。あなたたちは“必要な場所へ到達した”。星海は、あなたたちの航路を歓迎し……そして守りを求めています」
***
アレイシアが立ち上がり、背後の壁に手を向けると――
星海の地図が大きく映し出された。
まるで巨大な渦潮だ。
中心では黒い波紋が蠢き、光粒子を飲み込みながら広がっていく。
「これは……本体の影?」
「はい。私たち星環連合が把握している“影の位置”です」
「位置って……あれ、動いてないか?」
レイリアの声には不安が滲んでいる。
「動いています。本体の影は常に潮流を移動し、次々に未来を喰らっています。そして――数日以内に“発生源”へ到達する見込みです」
「発生源?」
遼が問い返すと、アレイシアの表情が重くなる。
「あなたたちの世界に近い潮流です」
ユイが深く目を見開いた。
「艦長……あれが……わたしたちの未来潮流……?」
「そうです。あなたたちの世界も、侵蝕され始めています」
遼は拳を握った。
「……なら、黙って見ているわけにはいかない」
「ええ。そこで、艦長に提案があります」
アレイシアが掌を返すと、星海の奥にひときわ強く輝く地点が表示された。
「星海の“揺らぎ核”――潮流の乱れを修復できる唯一の場所。そこへ到達できるのは、あなたたち〈みらい〉だけです」
遼は息を吸い、はっきりと答えた。
「案内してくれ。やるべきことは分かった」
アレイシアは深く頭を下げた。
「艦長……あなたの選択が、この星海の希望です」
その言葉に、遼は静かに返す。
「希望かどうかはどうでもいい。――俺は、未来を守る。犠牲なしでな」
ユイが誇らしげに頷いた。
「はい、艦長。わたしも全力で支えます」
「もちろん、私も一緒よ」
レイリアもまた、迷いのない瞳で答える。
三人の決意が重なり、星海の光が揺らめいた。
〈みらい〉は、星海の核心へ向けて再び航海を始める――。
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