凪と陽
バンドが動き出して、まだ間もない頃のこと。
「凪ちゃーん!」
練習を終えた後、テンションがあがったままの陽が後から凪に抱きついた。
瞬間、凪の顔から笑みが消えた。
いつも穏やかな瞳から、すっと光が消えた気さえした。
後ろで見ていた朔の手が止まる。
横で見ていた奏も手を止めて、恐る恐る凪を見た。
「?」
陽だけが、何も気づいていない。
凪は無言で陽の手をどけると、何事もなかったかのようにギターを片付け始めた。
「あれ?どうしたん?」
ぽかんとした陽が凪に話しかけるが、反応はない。
そして……。
「凪ちゃん?」
ダメ押しだ。
凪の肩がぴくっとなるのを、朔は見逃さなかった。
呆れたような溜め息が零れる。
「え?」
まだ気づかない陽。
「……やべぇ……かも」
奏は口元だけで呟く。
「……ねぇ」
普段からは想像出来ないほど低く冷たい、凪の声。
陽は飛び上がりそうなほど、ビクッとする。
「嫌なんだけど、その呼び方」
目線だけで陽を刺せそうなほど、鋭い視線が貫く。
「……あ……」
ようやく、陽は気づく。
そして、真っ青になって頭を下げる。
「ご、ごめん!悪気があったわけじゃなくって……」
視線をそらして凪は小さく溜め息をつく。
「……それは知ってる」
陽は小さく縮こまって、更に謝る。
「ごめんなさい……」
凪は振り返りもせずに部屋を出ていってしまった。
しゅん、となる陽。
「お前さぁー、あれは禁句だぞ?」
奏は呆れ返って声をかける。
「うん、知らなかった……」
反省はしているようだ。
奏はここまで大人しい陽を初めて見た気がする。
陽は力のない目で朔を見る。
「お前が悪い」
朔にもバッサリ切られてしまう。
「知らない、では済まないこともあるだろう?」
「……はい」
さすがに陽も反省しているようだ。
とぼとぼと後片付けを始める。
奏と朔は何も言わずに視線を合わせた。
……朔の表情が陰っていたのは気の所為ではないだろう。
結局、陽は凪に一ヶ月間、一言も口を聞いてもらえなかった……。




