露天風呂の勘違い
しばらく、ゆったりとした時間が流れる。
温かい湯気が四人の間を揺蕩う。
少しだけ湧いてくる眠気を感じながら、奏は完全に暮れた空を見上げる。
……と、その時。
がらっと大きな音を立てて、他の客が露天に入ってくる。
入口から真正面。
湯船に浸かった凪。
客と目が合う。
反射的ににっこり微笑う凪を見て。
「えっ」
固まる。
数秒後、
「すみませんっ、間違えました!!」
そう言い残し、慌てて出て行く。
「は?」
凪も固まる。
そして、緊張した沈黙。
奏は恐る恐る凪を見る。
少し薄暗い、露天の光の中。
髪が濡れないように、いつもよりしっかりポニーテールにして髪をあげた姿。
白い肌に、細い肩。
更に、にっこり微笑まれたら……。
……俺でも間違えるだろ。
凪が嫌がるから、絶対に口にはしないけど。
ぶはっと吹き出したのは陽だった。
「今の、絶対女風呂だって勘違い……」
ちゃぷん、と凪の周辺の湯が揺れた。
「陽?」
凪の声が低い。
陽の方を見た凪がにっこり笑う。
その笑顔が怖い。
ざばん、と大きな音を立てて陽が後ずさる。
「いや、俺じゃないっ!!」
凪がお湯の中をゆっくりと近づく。
「陽?もう一回、言ってみて?」
「ちがっ……ごめんって」
お湯の端まで追い詰められる。
そのまま勢い良く、岩の上に座り込む。
上から陽を見下ろす凪。
「何を、勘違いしたって?」
あくまで笑顔の凪に、陽は温泉に浸かっていたはずなのに背筋がゾワッとした。
ふっと奏は笑う。
「……懲りねーヤツ……」
その声は凪にも聞こえたようで。
凪は笑顔のまま、顔だけで奏を振り返った。
「奏」
「えっ?」
不意打ちをくらう奏。
「奏も、さっき俺見てたよね?何、思ってた?」
「え……」
まさかの見透かされてたやつ。
「俺は……何も……」
「ふぅーん」
凪の顔が、怖い。
その間に陽は場所を移動して、朔の後ろに避難している。
しかし、すぐに凪の目線が陽を捉える。
「陽?」
陽は湯に浸かったままの朔の後ろから、朔の頭を抑えて隠れるようにして凪を見る。
「人の頭を掴むな」
朔は煩わしげに頭を振る。
「た、助けて朔っ」
「……自業自得だろ」
ぼそっと朔。
「ひぇっ」
陽は更に逃げようとする。
「……」
凪の薄茶色の瞳が、湯気の向こうの陽をじっと見る。
ふっ、とその色が緩んだ気がした。
「今回だけ」
そう言って凪は元の場所に戻った。
「た、助かった……」
陽はほっと胸を撫で下ろし、冷えた体を擦って、湯船に戻る。
凪は元の場所から、奏をにっこりと見た。
「奏?」
ぎくっとして奏は目を逸らす。
「奏は、何思ってたの?」
火照ったはずの体から熱が引いていく気がした。
「……何も、思ってません……」
ぎこちなく、奏が答える。
「へぇ?」
凪が奏に近寄る。
奏は反射的に背筋だけ後ろに引いた。
「ほんとに?」
凪が下から見上げるように、覗き込む。
「ホント」
相変わらず、奏は目を合わさない。
少しの間。
流れ落ちる湯の音だけが響いた。
「……ならいいや」
ふっと凪の表情が緩み、奏から離れる。
それを見ていた陽。
「……奏にだけ甘くね?」
「陽、黙れ」
即、奏が突っ込む。
「いや、だってさぁ……」
凪は再びにっこり笑って陽を見た。
「少なくとも奏は口にはしてないからね」
「……すみません」
即謝る陽。
朔は淡々と三人を見る。
「お前ら、騒ぎすぎだ」
「朔は被害に合ってないからっ!!」
陽が騒ぐ。
「被害にあってるの、俺なんだけど?」
凪が冷静に割り込む。
「陽が悪い」
奏は煽る。
「もう、奏は黙ってて!」
奏にお湯をかけながら、陽が叫ぶ。
「だから、お前ら騒ぐな!騒いだやつは夕食抜きだ」
朔が強めに言うと、三人はピタッと静かになる。
四人の間をお湯が流れ落ちる音だけが通り過ぎる。
「ふふっ」
急に凪が笑う。
つられたように奏も笑う。
そして、陽も笑い出す。
「お前ら、何が面白いんだ?」
そう言った朔の顔にも、今日一番の笑顔が浮かんでいた。




