温泉の前に
ツアーの移動日。
次の場所まで少し日程が開くこともあって、少し贅沢な温泉宿に泊まれることになった。
少し広めの四人部屋。
部屋に着くなり、陽は畳に寝転がる。
「つっかれたぁー!!」
朔は冷たい目で陽を見下ろす。
「邪魔だ、陽。まずは荷物を片付けろ」
「えー、いいじゃん。まずは寝転ぶだろ、畳見たら!」
ぶつぶつ言いながらも、起き上がらない。
後から入ってきた奏が足で軽く陽を蹴る。
「邪魔」
「うわっ、ひっでー!」
大声をあげて、大袈裟に痛がる陽。
奏の後ろからひょいっと顔を出した凪が真顔で言った。
「全然痛そうじゃないよ?それに、ホントに邪魔な場所」
「……」
陽はピタッと止まって恨めしげに凪を見る。
にこっと凪は笑った。
観念した陽は起き上がり、しぶしぶ荷物を片付け始める。
座卓に座ると、朔がお茶を入れて出した。
温かいお茶が少しだけ、気持ちを落ち着かせる。
陽が片付けを終えて座ると、真ん中に置いてあるお菓子の乗った皿をひょいっと持ち上げる。
「お菓子、もーらい」
すると、凪が手を伸ばす。
「ちょっと、陽!俺も食べる」
「えー?」
不服そうな声をあげる陽。
皿を見て、四つあるうちのひとつを渡す。
凪はそれを手に取り、嬉しそうに笑んだ。
「ありがと」
それを見ていた奏は、口元だけで笑った。
「っつーか、お前さ、俺と朔食わねーんだから、もう一つ凪にやれよ」
陽が唇を尖らせる。
「……言うなよ、奏ぇ」
「陽、ずるい」
再び凪が陽に手を出す。
しぶしぶながら、陽はもう一つ凪に渡す。
凪は再びにっこりと笑う。
「奏、ありがと」
「なんで奏にっ!?」
陽が大声をあげる。
凪は横目で陽をチラッと見た。
「奏が言わなかったら、陽くれなかったでしょ?」
「くっそー、奏め」
ぶつくさ言いながらも、陽はひとつめの菓子の袋を開けていた。
朔は茶をすすりながら、静かに言った。
「19時から部屋で夕食だ。それまでは自由。明日は10時出発」
そして陽を見る。
「酔い潰れて寝坊するなよ?」
陽の顔が赤くなる。
「な、なんで俺見て言うんだよっ」
「陽、常習犯だからでしょ」
凪がしれっと答える。
「ゔっ」
陽は言葉に詰まる。
凪が立ち上がる。
そして奏の方を嬉しそうに見る。
「奏、お風呂行こ」
奏は凪を見上げながら、面倒くさそうに答える。
「一人で行けよ」
「えぇ、一人じゃつまんない……」
そして、チラッと朔を見る。
「じゃあ、朔一緒行こうよ」
朔は軽く溜め息をついて、立ち上がる。
「わかった……」
そして陽の腕を引っ張る。
「ほら、陽も行くぞ」
「えっ、俺も後でいい……」
「ダメだ。お前は先に入れ」
引きずられる、陽。
三人の足音が廊下の向こうに消えていく。
ぽつん、と残った奏。
そのまま畳に倒れ込む。
「あぁ、疲れた……」
声が掠れる。
頭の奥が、少しだけ、ジンと痛む。
何に疲れたのかは、よくわからない。
ただ、胸の奥に少しだけざわめきが残っている。
しん、とする部屋。
さっきまでのうるささが嘘のよう。
溜め息をひとつだけ、つく。
無言で起き上がり、襖を開ける。
遠くから聞こえる、喧騒。
ふわりと漂ってくる温泉の匂い。
軽く頭を掻いて、奏は三人の後を追った。




