凪の余話
控室のソファに座り、用意された珈琲を口に運ぶ。
少し、苦い。
でも、その温かさが、体の緊張を少しだけ解してくれる。
「あったか……」
口元だけで呟くと、奏が近づいてくる。
「お疲れ」
そう言って隣に座ると、自分の分の珈琲を飲んでいる。
俺はゆっくりと隣を見上げる。
奏の表情が僅かに、沈んでいる。
たぶん、誰も気づかないほどの。
「奏、疲れてる?」
そう言うと、奏は一瞬動きを止めて、それから俺の方を見た。
「……少しな」
それだけを言って奏は正面を向いた。
「奏らしいね」
俺はそう言って笑う。
奏は少しだけ不機嫌そうにこちらを見た。
でも、何も言わない。
それも、奏らしい。
それから、少しだけ間を置いて。
「お前は……大丈夫だったか?」
それだけボソリと呟く。
俺は一瞬止まって、珈琲を置く。
「……うん」
少し、考える。
――何が?
そう答えようとして、でもやめた。
「大丈夫」
それだけ答えて、残りの珈琲を飲み干す。
奏は何も言わずに、足を組んでソファに座ったまま、ただ前を見ていた。
俺が帰ろうとしている時も、奏はまだソファに座ったまま、ぼーっとしていた。
家に帰って、リビングのソファに座る。
クッションを抱えたまま、今日のことを思い出していた。
『奏と演奏してると生き生きしてる』
『奏の声と凪のギターの響き合いが好き』
『音で会話してる感じがいい』
単純に、嬉しかった。
でも……。
『凪の憧れが奏に届いてほしい』
まだ、奏の隣には立てていないんだろうか……。
同じステージに立って、同じ音を共有しているはずなのに。
まだ、俺の憧れのまま……?
確かに、奏は追いついたと思っても、すぐに先に飛び出していってしまう。
きゅっと、クッションを握る手に力が入る。
「……俺の、存在……」
思わず、口から零れる言葉。
ふっと失くなってしまうような、もの。
「……奏はやっぱり凄いなぁ……」
少しだけ笑って、天井を見上げる。
いつもと、変わらない夜。




