第8話 やだ!!!!!!いやだ!!!!!
凍りついた私に、最初に声をかけたのは、シェイラちゃんだった。
「……それで、別れるの?」
私は、答えられなかった。別れたくない、けど、フロリアーノさんは、もう、別れるつもりだった。いつから?昨日今日じゃないだろう。もしかしたら、仕事に呼ばれたと言っていた、最初の日から?
「はっきり言って、あなた一人で宗教を興せるとは思えないけど」
シェイラちゃんの声が響く、そんなこと、私にも分かっている。けど、どうしようもない。
「う」
「う?」
シェイラちゃんが私の言葉を反復する。
「うわぁぁぁぁん!!!嫌だ!!!嫌だぁぁぁぁ!!!」
シェイラちゃんが私の突然の大声に目を見開いて固まっていたが、そんなことは私の気にも止まらず
「フロリアーノさぁぁぁん!!!帰ってきてぇぇぇぇ!!!私、私まだフロリアーノさんがいないと無理だよぉぉぉぉ!!!」
シェイラちゃんが我を取り戻し、私のその姿にドン引きしているのが見える。それでも、私は止まらない。
「嫌だぁぁぁぁ!!!フロリアーノさぁぁぁん!!!フロリアーノさぁぁぁぁん!!!!」
「や」
「うわぁぁぁぁん!!!うわぁぁぁぁん!!!」
「やめなさい!!!!!」
シェイラちゃんがその小さな体を精一杯張って、今日一番の大声を出した。
私はその大声に、虚をつかれたようにきょとんとした表情で、涙でベタベタの顔で固まる。
「はぁ……私に、フロリアーノさんを取り戻せるかもしれない策があるわ。だから、静かにして」
その台詞は、間違いなく本来は私が言う台詞のはずだ。
成人女性と、小柄な少女。泣き腫らしているのは成人女性だし、なだめているのは少女の方だ。
「ひっく、ひっく……シェイラちゃん、そんな策って、あるの……?」
シェイラちゃんは頷く。そして、私を指す。
「その策はね……」
「策は……?」
「あなたよ、心花」
「わ、私……?」
そして、時は経ち、日が沈んだ頃。
私は街の外れにある、邸宅の傍に潜んでいた。
「いい?今の事情、つまり神聖カシウスとアンドラーシュの戦争のことを考えても、フロリアーノさんはそのまま最短距離で帰れるわけじゃないわ」
シェイラちゃんが告げる。私は泣き腫らした目で頷く。
「恐らく、両国と関係のある国の貴族を頼るでしょうね。フロリアーノさんは貴族の令嬢でしょうし」
フロリアーノさんが貴族の令嬢というところにまず驚いたが、何となくシェイラちゃんの方がフロリアーノさんを知っていると思われるのが癪で、驚いてない振りをした。
「で、そうなると数は限られてくる。その国の外交施設にでも行けば……」
「フロリアーノさんがいる!?!?」
私は喜ぶ。フロリアーノさんが帰ってくる♪
「ええ、でも、そのためには二つの障壁があるわ」
「なになに?なんでも頑張るよ、私」
「あなた……なんか、こう、キャラクターが違わない?まぁ、いいわ。一つ目の障壁は、つまりね……」
当然、その邸宅の周りには傭兵か奴隷か、ともかく、警備が何名か、巡回している。
これが、一つ目の障壁。ただ、これもシェイラちゃんが解答を用意してくれていた。
「あなた、何で自分で気付かないのか不思議だけど、相当強い魔力を持っているわよ」
「え!?魔力?魔法!?」
「まぁ、フロリアーノさんはそっちの知識が薄そうだったし……私も、詳しくはないけれど」
「こう、火の玉を出したりとか、出来ないの?」
「出来たとして、市街地でやるつもり?大騒ぎだし、最悪フロリアーノさんが死ぬわよ」
しゅんとした私を尻目に、シェイラちゃんが喋る。
「あなた、何であんなに布教が上手くいったと思う?それはね、あなたのその魔力が、周囲に多少なりとも影響を与えているからよ」
兵士の一人が私に近付いてくる。私は、小さめの杖を掲げながら。
「だから、何か攻撃しようとか、考えなくても、その魔力をそのまま放出すれば、耐性の低い人なら茫然自失、高くても注意を逸らすくらいはできるわ」
シェイラちゃんから教わった、なんとなくの体感的な方法で、魔力を放出する。
シェイラちゃん曰く、魔力の放出は基礎の基礎で、魔法を習う人なら数字の1と同じくらい最初に習うらしい。
お陰で、なんとか間に合った。
なんでも魔力そのものに特色が付いている人は珍しいらしいが……まぁ、これは転生ボーナスみたいなものだと、そう思えばいいだろう。
ともかく、私はなんとか邸宅の敷地に侵入できた。このまま、木を登って(恐らく)フロリアーノさんの部屋に入ればいい。
事前に遠くからシェイラちゃんが確認した限りでは、フロリアーノさんらしき人影がいる部屋があったらしい。
私はなんとか(木登りは初めてだったが上手くいった。やはり人類は猿の子孫なのだろう)部屋に侵入できた。人の気配はしない。
そこで、私はシェイラちゃんから聞いた、二つ目の障壁を思い出す。
「でも、結局、フロリアーノさんに会えても」
「彼女が、帰る気がないんだったら、それで終わりよね」
部屋に人が入る音が聞こえる。
テーブルの上のランタンが点けられ、部屋に明かりが灯る。
たった一日にも関わらず、私はその人が恋しくてたまらなかった。
「……フロリアーノさん」
「心花、ちゃん……」




