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第26話 変わった人と、変わらない人


「……どう、落ち着いた?」

と、口に出し、それを少し後悔する。

「ゆっくり休んでていいから」

と続けて言うと、ようやく神花は頷いた。


「……昨日ね」

静かな部屋で、不意に神花が呟く。シェイラは気を遣って部屋から出ていき、フロリアーノも「シェイラちゃんを一人にするのは良くないから……」と落ち込んた表情で後を追って行った。


だから、今この部屋には私と神花しかいない。

「昨日、イヴさんに、フロリアーノのこと、好きなのかって聞かれて」

私はゆっくりと頷きながら神花の手を撫でる。

「だけど、分からないから。だから、今日、一緒に出掛けようと思って」


「だけど、ダメだったの。私、私は、多分、ね……」

神花がこちらを腕を両手で掴んでくる。その手は、小刻みに震えていた。

「人を、好きになっちゃ、いけなかったの」


その言葉の意味が飲み込めるようになると、途端に困惑と、怒りが湧いてきた。

「……神花、そんなこと、ないよ。神花に、そう思わせたのは、あの男の人のせい?」

神花は首を振る。

「そんな、そんなことないよ。あの人は、道を聞こうとしただけだったから。なのに、私、急に、気分がおかしくなって……」

ああ、やっぱりそうだったんだ。という気持ちと、それでも、薬で頭がおかしくなっていたことは間違いないだろうから、フロリアーノのあの仕打ちも間違っていないと思えた。


「なんで、か。分からないけど。私は、人を好きになっちゃ、いけないって、思って、止まらなくて」

下を向いて泣きながら、神花の手が、小刻みに震えていた。


どうして?どうして神花は、そんな風に思うようになったのだろう。

真夜も中学生の頃、神花と話した内容を、大まかには覚えている。

好きなキャラの話もしたし、クラスでの格好いい男子の話もした。


異世界に来てから?それより前?それとも、中学生のあの時には、もう何かが始まってた?

……私は、彼女の何か、決定的な何かを、見落としてしまっていた?


……思えば、最初からだった。

この異世界に来た時から、ずっと、彼女と昔の話をする時、何かズレたものを感じていた。

大きな欠落、それを埋めるようにして生まれた差違。


それを感じたところで、今、目の前で震えている彼女に、何をしてあげられるだろうか。

私は、彼女のことを、何も知らないのに。


震えている彼女を、思わず抱き締めた。それでも、何かを共有できたようにもなれず。

ただの、どうにもならない私達だけが、そこにいた。



……翌朝が、やってきた。

隣のベッドで寝ている神花に声を掛ける。

「おはよー!真夜!」

神花は飛び跳ねるように起きた。

その瞳は、昨晩の悲しさなど何も覚えていないかのようで。

……私は、彼女のことが、怖くなってしまった。



朝、起きて、真夜に挨拶をする。

何故か真夜が固まっている。と、隣のフロリアーノも声を掛けてくる。

「神花ちゃん、昨日は、大丈夫でした?」

そう言われて私は昨日のことを思い出す。


「うーん、まぁ、ちょっとショックだったけど、もう大丈夫!いけるいける!それより二人とも、ごめんね、私から誘ったのに」

フロリアーノは、また元気になってから、と言って私の髪を撫でてくれた。

真夜は、少し遅れた動きで、仏頂面のまま頷いて、私に顔を背ける。

も〜、ツンデレなんだから!


「それで、今日はイヴさんのところに行くの?」

シェイラちゃんが真夜とフロリアーノの更に向こうから声を掛けてくる。

「うん、そうしようかな……まだ色々決まってはいないけど、それでも一応、約束しちゃったしね!」


そう、一昨日イヴさんと話した時、「もし結論が出たなら明後日の昼前にまた、ここで」と言われたのだ。

とりあえず行動は起こしたし、待たせるのも申し訳ないから、向かうことにしようと思って、時計を見る。


「あ!寝すぎた!早く用意しないと!」

慌ただしく朝ごはんを詰め込み、服を着替え、外に飛び出す。と、部屋の前で待っていたクララちゃんにぶつかりそうになって急ブレーキをかける。


「クララちゃん?今日も一緒に行くの?」

と、私が聞いたところで、後ろからフロリアーノが

「行ってらっしゃい〜」と声を掛け、それを聞いたクララちゃんは、少し調子の悪そうな顔で、渋々頷いた。


私が「ありがとうね!心強いよ!」と伝えると、その顔もみるみるうちに笑顔になっていく。

シェイラちゃんの支度も終わり、改めて部屋から出ていく。その背中にもう一度、フロリアーノが「行ってらっしゃい」と言ってくれる。


唯一何も喋りかけてこなかった真夜は、部屋の隅で、どこか複雑そうな顔をして、本を読んでいた。


「それで、どうするんですか?」

シェイラちゃんが聞いてきた。

「何も考えてないよ」

と、私が言うと、シェイラちゃんは呆れたような顔をし、クララちゃんは少しだけ顔色が青ざめる。


「まぁ、何をするかは決めてないけど、何を言うかくらいは決まってるよ」

そう伝えても二人は浮かない顔をしたので、

「そんな怖がることないでしょ。イヴさんだって、ただの女の子じゃん」

と伝えると、シェイラちゃんは(正気……?)みたいな顔をしたし、クララちゃんは輝いた瞳でこっちを崇拝してきた。


「ま、結局何言おうか、今考えてるんだけどね」

イヴさんとランミンバーさん、そして私達三人のお茶会の席でそう言うと、横の二人の顔色がすっと悪くなった。


「ほう、それはつまり、この前の返答は決まっていない、と?」

イヴさんが小さく首を傾げながらそう言う。

横に座っているクララちゃんが蛇に睨まれた蛙のように震えた。


「そう。だって、何でその点にこだわりたいのか、分からないもん」

「質問の意図を更に質問するのかい?未だに最初の質問の答えすら定まっていない中で?」

私は凄んだイヴさん相手に微笑んで頷く。

「だって、イヴさん。私達を試しているだけでしょ?」


イヴさんも少し眉をひそめる。図星なのか、それとも図星であることすら自覚していないのか。

「私達は、パートナーになりたいんでしょ?私達の宗教、天鳳教はイヴさんの為に動くし、イヴさんは私達のために動く、そこに必要なのはどちらかのテストじゃない、よね?」


イヴさんは更に眉をひそめて、私を観察するように視線を巡らす。

「……何があったんだい?一昨日までの君とは、まるで違うように見えるよ」

今度は私が面食らう。予想もしていなかった返答に。


「……そう?」

横のシェイラちゃんに確認すると、シェイラちゃんは答えを濁す。

大体シェイラちゃんは、私が聞いた事が正解の時、答えを濁しがちだ。から、多分そう見えるのだろう。


「それは、分からないけど…………でも、そんなの、どうだって良くない?イヴさんは、イヴさんの悩みがあって、その為に天鳳教を利用したい、んでしょ?じゃなかったらこんな話、聞こうともしないもんね」

その私の返答に、イヴさんは少し悩んだように空を見上げた後。


「……いいだろう。でも、とりあえずは君だけだ。神花。私は立場上、あまり表立って悩みを打ち明けることに慣れていなくてね。それでもいいなら、このまま、私の部屋に」

私は頷いた。交渉成立だ、と言わんばかりにイヴさんは財布からこのお茶会の料金をテーブルの上に置くと、ランミンバーさんを連れて立ち上がった。


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