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第17話 傷だらけの私達


……私が、いつもの席に座ると、少し時間を開けて、目の前に人が座ってきた。真夜ちゃんだ。

「……なんで来るの。おかしいんじゃない?」

真夜ちゃんのいつもの声にも張りがない。随分と体も汚れて、痩せほそっている。

……きっと、この三日間、まともなものを食べれていないのだろう。だから。

「真夜ちゃん、このお弁当、一緒に食べよう?」

真夜ちゃんは豆鉄砲でも食らったような顔で

「……は?」とだけ、返事した。


「…………」

真夜ちゃんは何も言わずに、私の作ってきた弁当を食べている。ただ、目だけは動かして、こっちをチラチラと観察してくる。何の意図があるのかと探るように。


私に意図なんてものはない。せいぜいある気持ちといえば……

恩返し、だ。

「ねぇ、真夜ちゃん。中学の頃のこと、覚えてる?」

「……当たり前、でしょ」

食べる手を止めて、こちらをしっかりと見据えて、真夜ちゃんは答える。

「私はね、なんでかな。忘れてたの。色々なことを。もしかしたら、死んだ時に、なのかな。ショックでとか」


「肉体の連続性とか、魂とか……もしかしたら、今の私は、実は真夜ちゃんと中学時代を過ごした私じゃないのかもしれないね」

真夜ちゃんは否定するように小さく声を漏らして、ただ、その声は言葉にならず掻き消えてしまった。

「きっと、忘れていることも沢山あると思う。でも、ね」


「真夜ちゃんとの出会いは、思い出せたよ」

……真夜ちゃんは答えない。顔を下に向けて、小さく縮こまっている。

「……私にとっては、嫌な記憶よ」

少し待って、ようやく返ってきた答えがそれだった。

「どうして?」

真夜ちゃんが机を叩いて勢いよく立ち上がりかけた。ただ、勢いはその一瞬だけで、すぐ萎えてしまった。

「……っ!!あなたが、死んだ、から……」

「……ごめんね」

「……いえ……あなたのせいじゃ……」

真夜ちゃんは弱気なままだ。

「……ねぇ、真夜ちゃん。私、何も許していないよ」

真夜ちゃんが跳ねるように顔を上げた。その目は泣きそうに潤んでいて、細い唇は固く結ばれている。

「天照教……あのカルト宗教のことも、両親も、されたことも、何も、私は許してないよ」

……真夜ちゃんは、絞り出すように、小さな声で呟いた。

「…………私の、ことも?」

私は、手を伸ばした。伸びてきた手に、真夜ちゃんの体が小さく震える。その強気な目付きも、今は細く、弱々しい見た目になっている。


私は、真夜ちゃんの腕を掴んだ。

「……私は、いつだって真夜ちゃんに、恩しか感じていないよ。私は、ずっと、真夜ちゃんが、好きなんだよ」

真夜ちゃんの視線が揺れる。それは、信じられないことが起きたかのような、困惑の現れだった。

「真夜ちゃんは、何を抱えているの?私にも見せてくれない何かを、ずっと抱えているよね」

「……だって、私は……」

真夜ちゃんはずっとふらふら揺れている。会った最初の日、怒ったかと思ったら、翌日、助けてくれた。かと思えば、私を傷付けて、それ以上に傷付いたような顔をして、去っていった。そして、今。


ずっと、真夜ちゃんの気持ちは一貫していた。


今なら、わかる。

真夜ちゃんは、ずっと……

私のことが、好きなのだ。


「わ、私は……」

その声が震えながらも、言葉を絞り出す。

「あなたを、変えてしまったから……」

私は真夜ちゃんの両手を握る。強く。

「あなたは、ずっと、天照教を疑わなければ、そしたら、もっと、幸せに、なって……今でも、生きて、いたのに」

真夜ちゃんの目から涙が零れる。

「……私は、真夜ちゃんから貰った言葉を、呪ったことは、ないよ。ずっと」


私の脳裏に、小さな真夜ちゃんが、今と変わらない強い目で、精一杯体を大きく張って、叫んでいた様子が思い起こされる。

「なんで天峰は、いっつも!神様が言ってるからとか言うの!?」

小さな私は、弱気に反論する。

「え、だって、それが……お父さんとお母さんの言うことだし……偉い人も言ってたし……」

「お父さんとかお母さんとか!子供みたいなこと言ってさ!いーじゃん!一緒に遊んでも!そんな人達より、私の言うことの方が合ってるよ!」


「だから!遊びに行こうって!大丈夫だから!私の言うことを聞いてれば、大丈夫だから!」

結局、それはただのでまかせで、真夜ちゃんと一緒に遊んでから家に帰った私は、色々怒られたのだけど。


それでも、私にとっては。

あの日の真夜ちゃんが、全てを変えてくれた、恩人なのだ。


「私は、ずっと幸せだよ。真夜ちゃんと出会ってから、真夜ちゃんのおかげで」

真夜ちゃんは信じられないというようにかぶりを振った。

「だって、死んだのは、天照教から離れようとして、だから……」


あぁ、やっぱりそうなんだ。死ぬ直前、多分そうなんだろうなぁ、なんて思ってたけど。


「それは、真夜ちゃんのせいじゃないよ、だって……」

私の言葉を遮って、真夜ちゃんは叫ぶ。

「私が!許せないの!だって、私は!ずっと……!」

「……真夜ちゃんは、自分のことが、許せないの?」

……少し、真夜ちゃんの視線がふらふらとさ迷った。答えを探しているような、それとも、答えを言うことを躊躇しているのか。

少し悩んでから、ゆっくりと真夜ちゃんは答えた。

「……そうよ……宗教とか、あなたとか、そういうのじゃなくて……私は、ただ、私が嫌いなだけなの……」

「……許せないの……自分が……軽い気持ちで人に関わって、人の運命を、狂わせたことが、何より……」


真夜ちゃんは私の両手を掴んで、懇願するように謝った。

「……ごめんなさい……天照教のことも……こっちに来てから、ずっと……あなたに、八つ当たりしていたことも……」

その姿は、憔悴していて、もしかして、真夜ちゃんがこっちに来たのは、自分で命を絶ったんじゃないか、と思うほどだった。


「ねぇ、真夜ちゃん」

私は、はっきりと、ゆっくりと、力強く、真夜ちゃんに一言呼びかけた。

「……なに……」

真夜ちゃんが顔を上げる。

いつもは強気な真夜ちゃんの顔も、今は涙に濡れ、落ち込んでいた。


「やり直そうよ。私たち」

「……は……?」

「全部なかったことになるよ。だって、ここは日本じゃないし、私だってこうして生きているんだから」

真夜ちゃんは涙も忘れて困惑している様子だった。


「ほら!立ち上がって!」

私に手を引かれて、真夜ちゃんも立ち上がる。

私は机越しに真夜ちゃんを強く抱き締めて。

「会えてよかったー!!久々だね!これからも仲良くしようね!ね!真夜ちゃん!」


「これから、色々なこと沢山しようね!過去なんて、全部忘れて!」

抱き合っているから、真夜ちゃんの顔は見えない。ただ、私の背中から、啜り泣くような嗚咽の声が聞こえた。


それは、暫くの間、止むことはなかった。

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