第13話 ふふ〜私の番だよ〜
「おはよう、フロリア」
「おはようございます、心花さん」
『私』、フロリアーノは、あえて丁寧に返事をする。
個室とはいえ、完全に安心はできない。扉のすぐ前に人がいる可能性も、壁に耳をつけて聞き耳を立てている人がいる可能性もあるのだ。
それに、私の好きな人、天峰 心花ちゃんは、ふとした所で、油断して呼び方を間違えかねない。
人を、それも相当な権力者を、集団を騙すのだから、細部まで気を配らなければならない。
……まぁ、心花ちゃんは、そこまで注意しているか分からないけど。意外とこの子、思いつきで動くからなぁ……
まぁでも、そういう所が彼女なのだ。ロジカルぶってちるが突発的、感情的な少女。
見た目ではそういう所は感じられないのだけど……
切れ長で細い睫毛、耳が見えるくらい短い髪の毛、唇はほっそりとしていて、まるで、性別なんてものを超越したかのような……そう、いっそ神々しさすら滲むような。
でも、そんな外見とは裏腹に、可愛らしい性格で……そう、例えば今みたいな……
「うぅ、フロリアぁ……私心配だよぉ……」
こうやって、私をハグしながら不安がる様子なんで、正にその、可愛らしい性格で
「も〜、昨日も話したし、大丈夫だよ〜」
「うぅ、それは、分かってるけどぉ」
そうやって私を抱き抱えたままもじもじしている心花ちゃんの頭に手刀が当たる。
「ほら、いい加減にしなさいよ」
「うぅ……シェイラちゃん……」
「私も呼び捨てにしなさいって、ほんとに……」
心花ちゃんに手刀を当てたのは、奴隷として買われたエルフのシェイラちゃんだ。彼女は、10歳前後の見た目にも関わらず、もう既に40年近く生きているらしい。
とりあえず、心惜しいが、この場はシェイラちゃんに任せることにして、私は心花ちゃんを引き剥がす。
「ふ、フロリア……私も行くぅ……二人で動いた方が、早く布教できるし……」
「止めなさい!昨日、あなたは目立ちすぎているから暫くは大人しくしておくって決めたでしょ!」
「そうだけど……でも……」
「でもじゃない!」
扉を閉める直前、二人のそのやり取りが聞こえた。やり取りが少しおかしくて、笑ってしまう。
「あら、あなたは……」
その時、すぐ側から呼びかけられた。
「クララ=チューリップ様、ご機嫌よう〜」
私はスカートの端を摘んで、うやうやしくお辞儀をした。
「御機嫌よう……とはいえ、この様な挨拶も、堅苦しくてあまり好みではありませんね」
クララが微笑む。誰だってくらっと来そうな笑顔だ。まぁ、私はそんなものに惑わされはしないけども。
「それと、クララ=チューリップなんて呼ばなくても良いですよ。私はクララで」
「そうですか〜クララ様の方が呼ばれ慣れているなら、そうしますね〜」
一瞬、クララの表情が僅かに曇った。その理由を、私は既に知っている。
「一緒に歩きませんか〜?それとも〜クララ様は何か用事がおありでしょうか?」
「……いえ、構いませんよ。宜しくお願いしますね」
私はクララを連れて歩きながら、談笑するかのように、計画通り、話題を振っていく。
「クララ様は〜チューリップ爵領の出身なのですよね〜羨ましいです〜。私は、なんてことない農村生まれなので〜」
勿論嘘。私は貴族生まれだけど、それを正直に話すいわれはない。
「なら、どうして天峰さんに仕えているのです?」
「博学の才がありまして〜天峰様に拾われたのです〜」
「……そう、なの」
クララは一瞬言葉に詰まった。
「ええ、昨日も図書館へ入らせて頂きまして〜ここの図書館は凄いですね〜」
「ええ、帝国の知が詰まった学園ですから。教えている方々も皆、素晴らしい学識をお持ちですよ」
話を変えると、分かりやすく明るくなる。ここまで分かりやすいのに、よくこの歳まで騙されなかったなぁ。いや、騙されたからここにいるから、それは違うか。
「そうですね〜ところで、その図書館で聞いたのですが」
一度そこで口を止めると、クララが何?という顔でこちらを見てくる。
……決め技は、しっかりと溜めてから、放たなければ、ね。
「クララさんは、貴族の生まれではないという、噂を」
クララの目が見開かれる。瞳孔も微かに開き、驚きのあまり声が出ないようだ。
「いえ〜単なる噂かもしれませんが、一応〜お耳に、と」
「あ……それ、は……」
「実際〜小耳に挟んだのですが〜最近、貴族が養子を取ることが増えたようですね〜なんでも、自分の子の身代わりに戦争に行かせるため、とか〜」
クララは黙っている。その瞳には、恐怖の色が浮かんでいた。
「酷い話ですよね〜クララ様〜」
彼女は声すら出ないようだ。恐怖と驚きの入り交じった顔で、固まっている。
……本当のところ、彼女が貴族の養子ということは、少し探れば簡単に分かった。これでも、今学園に通っている彼女達よりも歳上なので、ね。学園に通っているようなひよっ子に劣るつもりは、全くない。
「東国では、そういった風習はありませんでしたから〜これも一つの文化の違いなのでしょうね〜」
「……クララ様〜?」
はっ、と我に返ったクララが私を見た。
「もし〜そういった方がいらっしゃれば、私達に教えてくださりませんか〜?」
「……そ、それで、何をするというの?」
私は、これ以上ない程に微笑んで。
「天峰様は、お優しいですから〜私達の国の文化が、それらの人々の助けになるよう、取り計らいたいと思っているのです〜」
え、ええ……と曖昧に頷いたクララに、別れの挨拶を告げ、図書館へと向かう。
これで、クララ=チューリップは、時期落ちるだろう。
彼女が助けを求めた時、鷹揚とそれに頷けばいいのだ。
……私は、心花ちゃんとは、違う。彼女は、必要だと思う場所に、必要な助けを、与えてくれる。
私は、助けを望まないという人がいるならば、必要となるように、『危機』を生み出す。助けが要らないというならば、要るようにしてやれば良いのだ。
……いずれ、クララ=チューリップは、天峰 心花に、心酔する。盲信し、敬虔な信徒となる。
それは、愛でも、恋でもない。
私、フロリアーノは、気付いている。心花ちゃんが私を見る目は、恋でも愛でもなく、信仰なのだと。
彼女は、何より私を信じているから。
だから、彼女は私を愛してはくれない。
……私は、こんなにも彼女に恋しているというのに。
「心花ちゃん、私は……」
いつかきっと、あなたを……




