戦車と将軍
森から現れた少女は、戦車隊に向けて叫んだ。兄を助けてくれるのなら、誰でもよかった。
「お願いします、兄さんを、兄さんを助けてください!」
「何者だ、名を名乗れ」
「お願いです、兄さんを、兄さんを助けて下さい!」
「名を名乗れ。名乗らなければ撃つ」
厳しく張りつめた声が戦車隊のうしろから飛ぶ。戦車の砲口が自分に向けられたことを気付いたゲオルネは、深く息を吸った。汗と涙とでぐちゃぐちゃになった顔を袖で拭う。
「スイス自由連邦の市民、ゲオルネ・ンカリスクといいます。いま、私の国は大変なことになっていて、それで……」
「くわしく話を聞こう。道を開けろ」
先ほどと一転、優しい声がひびいた。戦車がゆっくりと展開する。そして、余裕に満ちた笑みを浮かべる青年があらわれた。
「ゲオルネさん、よく僕たちを頼ってきてくれたね。歓迎するよ。欧州連邦第一方面軍第七軍隷下、第二師団長。ヴィクトル・リヴィエール中将だ。よろしく」
二十代の後半だろうか。整った顔をした、金髪の軍人が進み出る。
「心配しなくていい。話を聞かせてくれるかな?」
「はい」
ゲオルネが通されたのは、はんぶん地下に隠れた建造物の、巨大な会議室だった。ソファに座ると、からだが半分沈み込む。経験したことのない豪華な調度品に、緊張でからだが固まる。
「なるほど、スイス国内でFGS信者に対するジェノサイドが起こっている、ということか。報せてくれてありがとう。ここまでくれば、もう安心だ。上への報告に協力してくれるかな?」
「はい。兄は、助かりますか」
「いま、戦車隊に総攻撃の準備を命じた」
「それじゃあ……」
「君は心配しなくていい。僕たちはすぐ、スイス国内で進行中のジェノサイドを止めに動く」
「ありがとうございます」
「まだ、安心できていない顔だね。大丈夫、すぐ君のお兄さんは助かるさ」
そう言われても、やっぱり完全に信用はできない。ゲオルネがそう思った背景には、スイスでの教育もあったのだろう。EFを敵として、邪悪極まりない存在としてあつかう教育の影響が。
「準備ができたらしい。電気を消すよ」
部屋が暗闇に包まれた次の瞬間、部屋の上座に光の粒子が現れた。徐々に数を増したそれは、人の形に像を結ぶ。
「ヴィクトル、急になんだ。私も暇じゃないんだぞ」
現れたのは、全身に戦慄が走るほど美しい女性。歳は三十手前ほど、詰襟の軍服に豪奢なマントを羽織っている。光の加減によって茶にも黒にも見える長髪に、鋭い銀色の瞳。微かに亜麻色がかった肌。闇に溶け込む軍服の胸元には、ただ一つ白銅色の星が輝いていた。
「緊急事態なんだ、すまないクラヴィア」
「スイスの件だな。諜報部から報告を受けている。さしずめその子は、虐殺を逃れた難民といったところか」
「ああ、話が早くて助かる」
クラヴィアと呼ばれた軍服の女性は、ゲオルネのほうを見遣った。
「クラヴィア・エヴァンジェリスタだ。EF軍最高司令官と欧州大統領特別補佐官を兼任している。早い話、この国の最高権力者だ。どうやらやはり、私のことを知らなかったという顔だな」
「はい、国際情勢のことなど、私たち一般人にはまったく知らされていませんでしたから……あ、ゲオルネ・ンカリスクといいます」
「そうか。やはり、情報の通りひどい状態らしいな。ともかく、これでスイス侵攻の大義名分ができた。FGS本部に連絡、一時間前に信徒の救助をEF軍に要請していたことにさせろ。第一方面軍総司令のグラネルト大将に、スイスへの総侵攻を命令。本日現時刻をもって、作戦を開始する」
「はっ!」
「ヴィクトル、いい報告を聞くのをたのしみに待っているぞ」
「ああ」
クラヴィアの姿が光の粒子にわかれ、消え去る。
「ホログラムですか、今のって」
「ああ。そう珍しいものでもないけどね」
「故郷には無かったので」
「そっか、そうだよね。資源の浪費に厳しい、ってのは聞いてるよ。大変だったね。じゃあ僕は、陣頭指揮に行ってくるよ。君はここで休んでいるといい。大したものはないけど、食事も用意させるよ」
「ありがとうございます。……兄を、よろしくお願いします」
「ああ」




