表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『RePersona』 - Ultimate Story  作者: 耀羽 絵空


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/15

第3章|やり直しの光

 〜 * 〜 * 〜




春の風が冷たさを和らげ始めたころ、麻由はひとり、大学の合格通知を握りしめていた。


コンビニでコピーされたペラ紙の封筒。受験番号の横に、小さく「合格」の二文字。

それは人生の再出発というには、あまりに静かな知らせだった。


小さなアパートの一室。北向きの窓からは朝の光が届きにくく、外壁の割れ目に草が生えている。

「新生活」と呼ぶには慎ましすぎる部屋だったが、麻由はその薄暗い床に直接座り、通知を何度も見つめていた。


前の大学を退学してから、もうすぐ2年が経っていた。


入学先は、長野県にある地方の国立大学──国際信州学院大学。

学部は文学部 人文社会学科、興味は心理と言語と教育。人間の心の輪郭を知りたくて、もう一度だけ勉強したかった。


再受験の準備は孤独だった。通信制予備校の教材は一人きりの机で開かれ、アルバイトのシフトの合間に詰め込むように進められた。

朝は早く、夜は長い。誰にも会わず、誰にも話さず、ただ「もう一度学びたい」と思い続けた。


4月。


新しい大学の入学式。体育館に響く拍手の中、麻由はひとり、最前列から少し離れた場所に座っていた。


周囲の新入生たちより少し年上の自分。

それを気にしている様子はなかったが、どこか空気を一枚隔てたような静けさがあった。


講義棟へ向かう廊下の途中、何度か目が合った男子学生がいた。

眼鏡をかけた少し猫背の青年。教科書をたくさん抱えて歩く姿が、どこか不器用で、でも真っ直ぐだった。


名前は聡。工学部 情報システム工学科。

グループワークの授業で初めて話し、何気ないやり取りが少しずつ重なっていった。


「これ、教えてくれてありがとう。助かった」


「いえ、こっちこそ......あなた、ノートすごく丁寧ですね」


春が夏に変わるころ、ふたりは昼休みに食堂で向かい合って座るようになっていた。

初めて一緒に行った学食では、麻由がサラダとパンだけを頼み、聡がカレー大盛を一瞬で平らげた。


「ちゃんと食べないと倒れますよ」


「お母さんみたいなこと言うんですね」


「......昔から、よく言われるの」


麻由はその言葉のあとに、いつもより少しだけ長く沈黙した。


秋のキャンパス祭で、ふたりは偶然にも同じ屋台の手伝いに回された。

麻由は焼きそばを手際よくさばき、聡は会計であたふたしていた。


「なんでこんな列ができるの!? 焼きそばってそんなに人気だっけ?」


「私が作ってるからじゃない?」


「......それ、言えるようになったんですね」


気づけば、ふたりは当たり前のように連絡を取り合い、課題を見せ合い、休日には近くの古本屋をめぐっていた。


冬、大学の図書館の一角。

窓の外では雪がちらつき、館内は受験生の緊張で張り詰めていた。


麻由は静かに本を閉じ、聡に言った。


「私、あなたに言ってないことがたくさんあるの」


「......そういうのは、言いたくなったらでいいよ」


「......そう言ってくれるの、嬉しい」


年が明けて、最初の春。


満開の桜の下、誰もいない川辺。聡が背中から取り出したのは、小さな箱だった。


「なんか、ちゃんと言わなきゃって思って」


麻由は黙って微笑んでいた。


「麻由。俺、君とこれからも一緒にいたい。たぶん、ずっと」


箱の中の指輪は、目立たないデザインだった。だけど、誰よりも確かな重みがあった。


麻由は静かにうなずいて、桜の花びらが風に流れる中、こう言った。


「......ありがとう。わたしも、そう思ってた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ