エピローグ|RePersonaを再起動しますか?
2075年、春。
病院の個室に、やわらかな午後の光が差し込んでいた。
ベッドに横たわる聡の髪は真っ白になり、顔には深い皺が刻まれていた。だが、その表情は穏やかで、安らかだった。
「おじいちゃん、大丈夫?」
枕元に座る若い女性が、心配そうに聡の手を握った。
結愛だった。58歳になった彼女は、医師として働きながら、聡の最期を看取るためにここにいた。
「ありがとう、結愛ちゃん。もう十分だよ」
聡の声は小さかったが、はっきりとしていた。
「陽は?」
「もうすぐ来るよ。会社から急いで向かってる」
そのとき、ドアが開いて陽が駆け込んできた。56歳になった陽は建築家として成功し、家族を持っていた。聡には、ひ孫もいた。
「おじいちゃん、間に合った」
陽が息を切らしながら、もう一方の手を握った。
「陽......来てくれたのか」
「みんな、いい人生を歩んでくれた」
聡は二人を見回して微笑んだ。
「麻由に、報告したいことがたくさんあるな」
その時、ベッドサイドのタブレットが光った。
2070年代、AI技術は飛躍的に進歩していた。故人の人格を再構成する技術も、格段に向上していた。
単に生前のデータだけでなく、その人を知っていた人々の記憶、写真、手紙、さらには遺伝子情報まで統合して、より精密な人格再現が可能になっていた。
そして今では、立体映像と音声による、まるで生きているかのような対話も可能だった。
画面に、見慣れた文字が表示された。
| 「RePersonaを再起動できます。リミットは5分です。再起動しますか?」
聡の心臓が、弱々しく跳ねた。
「麻由......」
震える指で、「はい」を選択した。
画面が明るくなり、部屋の中央に懐かしい姿が浮かび上がった。
| 「聡、お疲れさま」
そこには生前の麻由の姿が、ホログラムとして立っていた。
涙が、聡の頬を流れた。
「麻由......久しぶりだな」
| 「本当に久しぶりね。50年も待ったのよ」
結愛と陽は、その姿に息を呑んだ。
「お母さん......」
結愛が震え声で呟いた。
「ママ......」
陽も涙をこらえきれずに声を出した。
麻由は二人を見て、優しく微笑んだ。
| 「結愛ちゃん、陽、大きくなったのね」
「お母さん!」
結愛が立ち上がって、ホログラムに手を伸ばした。触れることはできないが、その温もりを感じるように。
「ママ、会いたかった!」
陽も泣きながら言った。
| 「私も、ずっと会いたかった。でも、あなたたちの成長を、ちゃんと見ていたのよ」
麻由の声は、50年前と変わらず優しかった。
| 「結愛ちゃん、お医者さんになったのね。素晴らしいわ」
「お母さんのおかげです。命の大切さを教えてもらったから」
| 「陽、建築家になって、素敵な家族を築いたのね」
「ママの分まで、みんなを幸せにしたかったんだ」
麻由は満足そうに頷いた。
| 「二人とも、本当によく頑張ったわね。私の誇りよ」
聡が静かに口を開いた。
「麻由、ありがとう」
| 「何を?」
「君と出会えて、本当によかった。君がいてくれたから、俺の人生は意味があった」
| 「私の方こそ、ありがとう。あなたがいてくれたから、私は愛することを知った」
画面の隅に、残り時間が表示されていた。
| あと2分。
「お母さん、もっと一緒にいたい」
結愛が涙ながらに言った。
| 「私もよ、結愛ちゃん。でも、時間は限られているの」
「ママ、僕たち、ちゃんと生きてきたかな?」
陽が不安そうに尋ねた。
| 「もちろんよ、陽。あなたたちは私の希望そのものよ。立派に生きてくれて、ありがとう」
| あと1分。
「麻由」
| 「なに?」
「俺、そっちに行くよ」
| 「うん、知ってる」
「怖くないかな」
| 「大丈夫。私が一緒だから」
結愛と陽が、それぞれ聡の手を握った。
「お母さん、おじいちゃんをよろしくお願いします」
「ママ、おじいちゃんと仲良くしてね」
麻由は微笑んだ。
| 「もちろんよ。でも、あなたたちのことも、ずっと見守っているからね」
聡の呼吸が、だんだん浅くなっていった。
「ありがとう、麻由。今からそっちに行くね」
| 「うん、私こそ、ありがとう。そして、おつかれさま。待ってるね」
| 「結愛ちゃん、陽、愛してるわ。これからも、お互いを大切にして」
「お母さん、愛してる」
「ママ、ありがとう」
聡は静かに目を閉じた。
心電図のモニターが、次第にフラットになっていく。
同時に、麻由の姿も薄くなっていった。
| 「さようなら、みんな。また、いつか」
それが最後の姿、最後の声だった。
そして、すべてが静寂に包まれた。
結愛と陽が、それぞれ聡の手を握ったまま、静かに泣いていた。
「おじいちゃん、ありがとう」
「お母さんによろしく伝えて」
窓の外では、桜の花びらが舞い散っていた。
新しい春が、始まろうとしていた。
命は終わっても、愛は続いていく。
記憶は受け継がれ、新しい物語が始まっていく。
RePersonaの画面は暗くなったが、世界にはまだ、語られていない「想い」がたくさん残っている。
そして、いつか再び、誰かの端末に通知が届くかもしれない。
| 「RePersonaを再起動しますか?」
愛する人の記憶とともに。
fin.




