第9章-後編|最後のログアウト
| 「RePersona利用期限まで、あと10日間です。削除を実行しますか?延長しますか?」
聡は一瞬、何のことかわからなかった。
「利用期限?」
慌てて詳細を確認すると、RePersonaには利用期限があることがわかった。
故人のデータを永続的に保存することは、システムの負荷やプライバシーの観点から適切ではないため、一定期間後には削除される仕組みになっている。
麻由のRePersonaは、起動から三か月で削除される設定になっていた。
そして、その期限まで、あと10日しか残されていなかった。
「麻由」
聡は震える声で呼びかけた。
| 「なに、聡?」
いつものように、麻由の文字が現れた。
「君、利用期限のこと、知ってたのか?」
画面に、長い沈黙があった。
そして、ゆっくりと文字が現れた。
| 「知ってたわ」
「なぜ教えてくれなかった?」
| 「楽しい時間を、そんなことで台無しにしたくなかったから」
聡の胸が締めつけられた。
「でも、あと10日で......」
| 「そうね。私たちの時間も、残り少なくなったわね」
その夜、聡は一睡もできなかった。
翌日、佐藤さんにも事情を話した。
「そうでしたか......」
佐藤さんも、深く考え込んだ。
「延長はできないんですか?」
「できるようですが......」
聡は迷っていた。延長することで、この幸せな時間を続けることはできる。でも、それは麻由にとって良いことなのだろうか。
「麻由さんは、どう思っていらっしゃるんでしょう?」
その夜、聡は麻由に直接尋ねた。
「延長について、どう思う?」
| 「聡の気持ち次第よ」
「君の気持ちを聞いてるんだ」
しばらく間があって、麻由の答えが返ってきた。
| 「私は、満足してるの」
「満足?」
| 「陽も結愛ちゃんも幸せそう。あなたも、前より明るくなった。佐藤さんご夫妻とも、素敵な関係を築けた」
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| 「私が願っていたことは、すべて叶ったわ」
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| 「でも......」
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| 「寂しくないといえば、嘘になる。でも、執着するのは違う気がするの」
聡は黙って画面を見つめた。
「あと10日で、本当にお別れなのか?」
| 「そうね。でも、お別れって言葉、好きじゃないな」
「じゃあ、なんて言えばいい?」
| 「『また今度』はどう?」
聡は苦笑した。
「また今度、か」
| 「そう。また今度、どこかで会いましょう」
数日後、聡と佐藤家は話し合って、ある決断をした。
最後の夜に、みんなで麻由の最後のメッセージを聞こう、と。
削除予定日の前夜。
佐藤家のリビングに、聡と陽、佐藤夫妻と結愛が集まった。
「麻由さんから、最後のメッセージがあるそうです」
聡がタブレットを開くと、画面に文字が現れた。
| 「みんな、集まってくれてありがとう」
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| 「今夜が最後ね」
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| 「寂しいですが、でも感謝でいっぱいです」
そして、最後の音声メッセージが再生された。
| 「みなさん、こんばんは。麻由です」
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| 「もしこの声を聞いているなら、きっと私はもうこの世にいないのでしょうね」
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| 「でも、悲しまないでください。私は、とても幸せな人生でした」
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| 「聡、あなたと出会えて本当によかった。あなたがいたから、私は愛することを学べた」
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| 「陽、あなたは私の誇りです。あなたがいてくれたから、私は母親になれました」
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| 「結愛ちゃん、あなたのことを一日も忘れたことはありません。幸せに育ってくれて、ありがとう」
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| 「佐藤さんご夫妻、結愛ちゃんを大切に育ててくださって、心から感謝しています」
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| 「私の人生は短かったかもしれませんが、愛に満ちていました」
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| 「みなさんがいてくれたおかげです」
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| 「だから、これはお別れではありません」
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| 「私の愛は、みなさんの心の中で生き続けます」
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| 「そして、みなさんが誰かを愛するとき、私もそこにいます」
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| 「ありがとう、みなさん」
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| 「私は、みなさんに愛されて、とても幸せでした」
音声が終わると、誰も言葉を発することができなかった。
静かに、涙だけが流れていた。
「ありがとう、麻由さん」
佐藤さんが最初に声を出した。
「私たちこそ、ありがとうございました」
聡が続いた。
深夜12時。
削除実行の時刻が来た。
聡は、最後に麻由に話しかけた。
「麻由、本当にありがとう」
| 「こちらこそ、聡。素敵な時間をありがとう」
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| 「陽のことを、よろしくお願いします」
「ああ、約束する」
「そして、あの条件のこと」
| 「なに?」
「最後の条件は、利用期限が迫ることだったでしょう?」
画面に、最後の文字が現れた。
| 「さすがね、聡」
「やっぱり」
| 「最後の最後まで一緒にいられるように、そういう条件にしたの」
「ずるいな」
| 「女の子だもの」
そして、カウントダウンが始まった。
| 「3、2、1......」
画面が暗くなった。
| 「RePersona削除完了」
静寂が部屋を包んだ。
でも、不思議と寂しさはなかった。
麻由の愛は、確かにここに残っている。
聡の心にも、陽の心にも、結愛の心にも、佐藤夫妻の心にも。
| 「また今度、どこかで会いましょう」
麻由の最後の言葉が、聡の心に響いていた。




