プロローグ|ログイン通知
封筒ではなく、通知だった。
それは紙ではなく、音でもなく、光の揺らぎのようなものだった。
スマートデバイスの端末に表示されたその一文は、余白のように静かだった。
| RePersona 再構成完了
| ご希望であれば、対話を開始できます。
麻由の命日から、ちょうど一年目の朝だった。
聡は画面を見つめたまま、数秒だけ動きを止めた。
そして、何事もなかったかのようにデバイスを閉じた。
トーストは少し焦げていた。コーヒーに入れたミルクの量が多すぎて、ぬるくなっていた。
陽が、寝癖のついた髪のまま牛乳を飲んでいた。6歳の顔は、どこか麻由に似ていた。
朝の光が、テーブルの上に散らばったパンくずを照らしていた。
それは、何の変哲もない朝だった。
父と子、二人きりの、静かで、そこそこに幸せな時間。
けれど、そこにはいつも、何かが欠けている感じがあった。
麻由がいない生活に、ふたりは慣れていた。
陽は「ママは空の上にいるんでしょ?」と言うようになり、
聡は「そうだな」とだけ答えるようになっていた。
たとえば陽がふとした瞬間、ぬいぐるみを見つめながらぽつりと「ママ、いま何してるかな」と言ったとしても、
聡は「寝てるんじゃないか」と返すしかなかった。
その日も、いつもと変わらない一日が過ぎていった。
洗濯物が風に揺れ、食器の音が部屋に響き、夕焼けがカーテン越しに差し込んだ。
夜、聡が食後の食器を洗い終え、ふとテーブルの上のデバイスに目をやったときだった。
画面の中に、新たな通知が届いていた。
| 「久しぶり、聡。元気にしてる?」
聡は、手の動きを止めた。
その一文には、音も映像もなかった。ただ、見覚えのある言葉の並びが、そこにあった。
あまりにも自然なその言葉は、たしかに麻由がよく使っていた言い回しだった。
聡の指が、画面の"応答"ボタンの上に浮いた。
彼女は誰なのか。
この声は、誰の記憶なのか。
語りかけてくるのは、彼女なのか。AIなのか。あるいは、私自身なのか。
そして、再構成された"記憶"は、あの日のことを、まだ知らない。
誰にも話してこなかった、あの「最初の記憶」を──




