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見知らぬ天井とくれば見知らぬ美女が完全セット

五分タイマーは仕事をしなかったようだ。

どれだけ意識を失ってしまっていたのか。

瞼を開けて見えた景色が見知らぬ豪奢な天井であることで、無頓着に人前で意識を失う事の教訓を与えてくれたと自嘲するしかない。


「このざま知られたら親父殿に殺される」


「安心なさって。ジェットが絶対に守りますわ」


私の呟きに応えた女性の声に、私は本気で驚き身を起こす。

意識が無い時から付き添ってくれていたとしても、目覚めた私が彼女の気配に気がつかないなどありえない。


何者?


「うふ。気分はいかが?」


黒髪に黒い瞳の夢のような美女は、私が横になっていたソファの対面のソファに座っていた。彼女が軽く手を叩くと、大きな扉の前に立っていたメイドが会釈をした後に扉の外へと出て行った。お茶か何かを用意させる指示を出しに行ったのであろう。


「安心して。その椅子にあなたを横たえて毛布を掛けたのはジェットで、それから今まであなたの体に触れたものは誰もいないわ」


二十代前半でオブシディアの色を持つこの美貌の女性は、優雅というよりは婀娜っぽく、けれど厭らしさは全く感じない笑みを私に向けた。

彼女は恐らくも何もジェットの姉だろう。

その美貌でシャムル侯爵家嫡男の心を射止めたと言われているが、美貌よりも知性の方だな、と私は笑顔ばかりの彼女を見つめながら考えた。


「大変ご迷惑を」


「うふふ。迷惑どころか、あなたにお会いできてうれしい限り。もうお気づきのように、私はマリ・シャムル。ジェットの姉です」


私は未だ上半身を起こしただけの自分の状態だったと、毛布を避けたあとは靴を履き直すこともせずにそのまま立ち上がった。

それから胸に手を当て床に片膝をつく。

次期侯爵夫人にはそれなりの敬意を示さねばならない。


「私は名をディ、と申します。不肖の身に余るほどの温情を承り」

「あ、そういうのはいいから。ほら座り直して。お話しましょう。あれが戻って来たらそんな時間がなさそうだもの」


「かしこまりました」


そして私は座り直したが、何を話せばよいのかと固まるばかりだ。

私は夜会慣れをしているが、物陰から警戒しているか、どこぞの小姓のふりして貴婦人の噂話を立ち聞くような参加の仕方ばかりだ。令嬢のふりをして夜会に潜入した事など一度もない。茶会だって客として貴婦人に呼ばれた事など無い。


つまり、私は貴族女性との普通の付き合い方を知らない。

マナーは知っていても実践経験が無ければ戸惑うばかりだ。


「うふふ。見るからに緊張しているわね。姉が弟のことをよくご存じの方と語り合いたいだけよ。そんなに構えなくてもよくってよ」


「申し訳ありませんが、私はジェット様を語るほど存じておりませんので」


「まあ、冷たいことを仰いますのね。あの子がこんなにもあなたに執着しておりますのに。あの何でもそつなくこなせる弟が。生まれながらの伯爵家の当主。間違った事などした事のない品行方正なオブシディアの神童が、右往左往してお馬鹿な行動ばかりとるのよ。その原因の貴方があの子のことを全く分かっていないって仰いますの? 悲しいわ」


私はこれには何も返さず、笑顔だけ顔に貼り付けた。

マリが次に私に言ってくるだろうことが予想できるからだ。

オブシディア家の自慢の長男が道を踏み外しかけているのは私が原因。

金を渡すから学園どころか国から去ってくれ。


「私は応援していますのよ」


思考が一瞬ぷつっと切れた気がした。

マリ様は一体何を言い出したのだろう。


「え?」


「男同士でも、あの子が幸せならば私は許すわ。姉ですもの」


「あの、ジェットは私について何を?」


言ったのかなあ? 殿下の隠密であることは、絶対内緒で、一般人にバレたら私こそ親父殿に殺されるんだけどな。比喩的な奴でなくて言葉通りに。


「その格好が潜入捜査のための変装でしょうってことがわかるぐらいに」


「潜入捜査? 変装? 何の話ですか? それに私は正真正銘の女ですよ。平民ゆえこんな短い髪をしておりますが」


冷静に返したが、頭の中まで冷や汗でドロドロだ。

潜入捜査って普通に言っちゃってる!!しっかりばれてぃら!!

オブシディア家だから知ってて当たり前と、親父殿に見逃して貰える?


いやいやいやいや、許されても折檻されるのは確定。シャムル侯爵家の人になったマリが知っていて良い情報ではないはずだって難癖付けられる。

これ全部ジェットのせいだ。あのお喋りめ。


「あなたは可愛いうっかりさんね。あなたの真実はあなたが教えてくれたのよ」


「意識のない私の意識に潜入(ダイブ)して探ったとでも? あなたのスキルは深層精神ダイバーですか? 持っているだけで国に拘束されてしまう、危険な特殊スキル。いいのですか? そんな大事な情報を口にして」


「まあ、そんな名前のスキルがあったの? ふふ、やっぱり私の見立て通り、潜入捜査されるような特殊な兵隊さんでしたのね。一般人のそれも平民が知るわけの無い事をご存じだわ」


私は笑顔のままピシッと固まり、冷や汗を分かりやすくダラダラ垂らす。

私は親父殿に首を刎ねて貰おう。

どうやら目の前の女性は、ただカマを掛けていただけだったらしいよ。

ぺらった馬鹿は、私じゃないか!!


「うふふ。可愛い。老婆心から助言させてくださいね。いいこと、貴族女性は床に片膝をついて騎士のような礼はしないし、平民の女性だって膝をついたりしないの。無意識の行動こそお気を付けなさい。無意識の時こそ、自分の日常の動きを体がしてしまうものなのよ」


私は手の平で目元を覆う。

なんてこった、と。

マリは私が騎士よろしく跪いたことで、私が女装している男だと見做し、そしてそんな変装をしている理由として、潜入捜査と推測しただけだった。

そしてそれを全部間抜けな私が肯定しちゃった、と言う事らしい。


「落ち込まれることは無いわ。私は誰にも言いません。何度も言いますが、私はあなた方を応援します。叶わぬ恋に苦しんでいるからって、学園卒業後は相続権を放棄して辺境の土地を守る冒険者になるなんて。弟のそんな決意を通すぐらいなら、私は同性同士の恋ぐらい許します」


マリは泣き笑い顔になっていた。

私だって泣きそう。あの馬鹿め、と。

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