今の俺があるのは君がいるから
悪魔召喚の目的は、アイリス達は召喚された神に俺が掛けられた魅了魔法を解いてもらうためで、アイリス達を唆した男は殿下に異端の秘術の黄金の輪廻を使って貰うためだった。
この世界をやり直し、アーマド・スピネルを廃して己こそスピネル当主の座に座るという小者らしい野望の為だ。
奴は親父が言っていた、戦場で最初に殺すべきは味方にいる無能の働き者、そのもの。俺は人を能力差で分けるのはどうかなんて思っていたが、今後はこいつのせいでサクサク有能無能で分別してしまいそう。
「がっかりだな。ここまで年月かけて用意して、願いがそれ、とは。全く哀れで涙がでるよ。一つ言ってやれるのは、お前の親父さんはお前が嫡男で悲しかっただろうな。とんだ無能野郎でな!!」
「オブシディアの駄犬が。良く喋るな。だあが、お前には後でちゃんと褒美をあげるよ。お前にその気がなかっただろうが、王子の物まねをした時に王子から黄金の輪廻もコピーしたはずだ。ミーシャの魔法はそういうものだ」
「一つ聞きたい、ミーシャってお前の娘か?」
「私の娘? あんな品が無い考え無しが? まさか。あれはジョン・フルールの実の娘だ。ジョンは娘の希望を持つ者ってスキルの有用性に気がついて、娘にかなりの人間の外見や能力を吸い取らせていたね。おかげで私の良い駒になってくれた」
「最初からお前の子飼いだったのか」
「いいや。レイ王子が気にしていたからね、どんな奴か探っただけだよ。そうしたら、ああ、奴にもしっかり前世の記憶があったさ。奴の魂の記録は楽しかったな。アーマドの娘の頭を踏みつけて潰してやったという所が、特にね」
「貴様!!」
「そうだ。負け犬は吼えねば」
アーマドの兄らしき男は俺へと手を伸ばす。
俺はやってみろ、という風に奴を睨む。
「ふふ。情報を抜いた後、出会ったその日に王子を殺すように仕立ててもいいな。知っているか、前の生では、生き延びていたアーマドの子を孤児院丸ごと奴隷商人達に売り飛ばしてやった。私の仕業とわからぬように、実行する者達には魂に命令を刻んでの命令だ。それがな、今回の生でも勝手に動いていたようなんだよ。今回アーマドの子は孤児院にはおらず、私が命令もしていないのに、奴隷商人達が勝手に孤児院を襲ったのだ。ハハハ。では、今回私が魂を弄った者達は、次の生ではどうなるかな。実験しようか。オブシディアよ」
脅威が近づいてくる。
ひゅっと、俺は初めて恐怖の吐息を漏らしてしまった。
生きていたスピネルの亡霊は、ようやく俺を脅えさせられたとほくそ笑む。
俺も微笑み返す。
勘違い野郎、と。
「知ってたか。俺こそ王子様の助けを待つ姫君だって事を」
「ああん?」
ガッシャーン!!
講堂のステンドグラスが粉々に割れた。
魔導ボードごと飛び込んできたディに、俺は軽くキスを飛ばす。
彼女は魔導ボード適当に乗り捨てると、その勢いのまま俺の目の前にいた男を蹴り飛ばした。奴は紙屑みたいに宙に浮き、次には勢いよくバラバラに弾けた。
ディが奴に大鎌を振るったのだ。
奴の頭は胴体から離れ、胴体は斜め切りの真っ二つだ。
そしてそんなバラバラ死体を作り上げたディは、男が立っていたその場にふわっと舞い降りた。天使か妖精のような素振りだが、手には大鎌。
殺戮に使った大鎌には血の汚れなど一切なく、半月のような刃は更なる生き血を求めているように鈍く光る。
ディはその数分など何もなかったように俺に微笑む。
「怖ええ。死神かよ」
「お前が槍で突かれたって聞いて冷静でいられるか。大丈夫か? ジェット」
「心が痛いね」
「そうだろう。誇り高い男がこんな目に遭ったんだ」
「いや。ここまで盛り上げた悪役が、ぷちっと一瞬でお前に殺されたんだ。哀れで泣けるなって、やつ。大体お前にこんな風にベッドに縛り付けられたら、俺は心躍るぞ」
「変態か!!こんな目に遭ったせいでジェットがおかしくなった!!」
怒りのままディは大鎌を振るい、俺を拘束する鎖を粉々にぶち壊した。
それからディは、俺をおかしくしたと彼女が考える女達へと向き直る。
アイリス達はディの睨みに一瞬怯んだが、それでも気丈にもディに向い直る。
「ジェット様から魅了を解きなさい!!」
「そうよ。こんな暴力的で男みたいな女、ジェット様の好みじゃないわ」
「愛されるために魔法を使うなんて、恥ずかしくないの」
「大体そんな貧相な体で恥ずかしくないの。みっともない体」
「みっともないだと!!ディに何を言いやが」
「みっともないのは、あなた達が、でしょう」
俺の言いたいことをい放ったのは誰だと振り返る。
ゴドフリィ宰相の息子で生徒会では会計をしているアダム・ゴドフリィと女子寮長をしているキャロル・アン・パレルモが講堂の壇の下にある収納室から這い出てきた所だった。
いつもは真面目なだけのアダムは、眼鏡とシャツの第二ボタンまで外した姿だ。髪のぼさついたところなど一度も見たことのないパレルモが、髪の乱れたしどけない姿である。そんな真面目君と美女の状態に、お前達は逃げ込んでそこに隠れていただけか、と俺は言いたい口を閉じた。
パレルモが俺とディの言いたいことをアイリスにぶつけ始めたからだ。
「この後のことは考えているの? 沢山の無関係の子を命の危険にさらして。大体、こんなことして魅了魔法が消えたとしても、オブシディアがあなた方を愛するって思っているの? 男はね、大きなおっぱいは好きだけど、おっぱいは結局好きな女の付属品でしかないのよ!!」
パレルモは胸元に手を入れ、ぎゅっと掴んだ何かを引きだしてポイっと捨てた。
それから真面目でしかない印象の男に抱き着いた。
「ねえ、アダム!!」
「もちろんだ。君は君であればいい」
きちっと整えているだけの髪は無造作になり、眼鏡が消えたアダムは、なんというかとてもカッコイイ青年にしか見えなくなっていた。
つん、と二の腕が突かれた。
ディがそんな可愛いことを俺にしてきたとは。
アダム達に当てられたのか?
「どうした?」
「あのさ。死体を私が作っちゃったせいで、召喚完了したみたい。とりあえず倒さなくちゃだから、みんなを避難させて」
俺は自分達が立っていた床を見下ろし、床に描かれている文様から見た覚えのある黒い煙が立ち上っている事に気がつく。
「何が愛の神アモル様だ。魔王軍幹部、アモンを呼び出しやがって」
俺は大きく手を打ち鳴らす。
あとは犬を追い払うようにして、アイリス達に向けて大きく両手を振る。
「撤収だ、撤収。とにかく講堂からみんな逃げろ!!」
「まあ、イケませんわ。アダム!!」
アダムは右手を掲げて指を慣らす。
すると植物の蔦が彼の手から放たれ、アイリス達を拘束する。
そして、なんと、生真面目な性格に見合う行動をとりやがったのだ。
「きゃあ、いたい」
「止めて。ちゃんと歩けるわ」
俺がされたようにしてアイリス達を引き摺って行ってくれるとは。
「私達も撤収かな?」
ディは悪戯っぽく微笑む。
撤収なんかちらっとも思ってないくせに。
「美味しい経験値を前に逃亡か? まさか」
「勝算は?」
「獄炎を使う。君はサンクトゥスオームとアクアヴィテで援護を頼む」
ディはにっこり笑い、任された、と可愛く言った。
「俺が前の世界で終った生き方しか出来なかったのは、君がいなかったせいだ。愛していると心から伝えたい君がいなかったからだ」
「ジェット。ぐいぐい攻めるのはアモンを倒してから。っじゃなくて、ぐいぐい攻めるのはアモンに、で」
「ハハハ。任された。じゃあ、いくぞ。出落ちにしてやる」
「さいこう!!」
俺達は顔を見合わせてから、詠唱を始める。
まず俺からだ。
「暗き昏き闇よりも深く」
次はディが。
「天上の神の調べ」
そして俺。
「地の底深き煉獄。永遠の罪業を焼き尽くさんとする業火……」
講堂には、俺とディの声が輪唱の如く響く。
吹き出す瘴気は濃く、空気は重くのしかかる。
奴の全身のシルエットが露わになった。
「インフェルノ!!」
「サンクトゥスオーム!!」
ぐおおおおおおおおおおおおおおん。
世界は俺の獄炎のために、アモンが吐き出す毒霧よりも真っ黒な炎で真っ黒に染め上げられた。
そんな真っ暗病な世界の中、俺とディはディが作り出した眩く光る白い卵の中にいた。
誰にも侵せない聖なる卵の殻の中だ。
今回は俺の両手が黒焦げになることは無く、ディが意識不明になることは無かった。けれど俺は目を開けたままのデイに口づけた。
今日も君が生きていてうれしいから。
ミーシャのスキル名はエルぺノール。
ベニスズメガの学名がDeilephila elpenorで、そのエルぺノールの意味を調べたら希望を持つ者と出たので良いな、と。ベニスズメガの幼虫は蛇に擬態するし、蛾は幼虫と成虫と全く違う姿だし、また、ピンク色の可愛く綺麗な姿の蛾でもあるので。




