黒幕
講堂が召喚魔法陣の核となるらしかった。
講堂に連れこまれた俺は祭壇に横たえられ、生贄になるべく四肢を鎖で縛られ、八つ裂きされる囚人の姿となっている。
殿下の姿の俺をここに引き摺ってきたアイリス達は、俺の周囲を円状に囲んで神に祈る巫女のように、延々と召喚魔法の詠唱を唱えている。
目的は、彼女達が愛する「ジェット」からディによる魅了を剥がすため。
アイリス達はどうしてわからないのだろうか。
俺からディへの愛が失われたとしても、彼女達を俺が愛することは無いのだと。
「いい格好だ。王子さま」
俺の顔を覗き込んだのは、アイリスその他を唆したこの事態の黒幕だ。ディが落ち込みそうだな、と考えながら俺は相手に応えた。
「第四騎士団で有象無象でしかなかったあなたは、黒幕なんていい格好が出来て楽しそうですね」
俺の返しにグラッファード・アシュトンは無邪気に微笑む。
そこで俺は、おや、と思った。
彼は英雄と呼ばれてもおかしくはないほどの能力者で、だからこそ高位貴族の思惑によって頭を押さえ付けられてきた人だ。俺のセリフにこんなに喜ぶはずはない。いや、本気で恨みある貴族の元締めとして殿下を呪っていたから、殿下をこんな状況に追いやったと、己の力量が誇らしく悦に入っているのか?
「これで宿願が果たせるからね」
「王国の太陽である王太子を殺すことが?」
「いいや。君はそんなに簡単に死ぬ気かな。君こそ生き残る方法がある。ほら、世界を巻き戻せる黄金の輪廻を使いなさいな」
「どうしてお前如きが黄金の輪廻など知っている?」
「どうしてだろう? 考えてごらん。ただね、無駄に考えるよりも使った方が良いよ。抵抗するならば、君に魂の自白を使わなくいけなくなる。いや、それよりも、ミーシャの持っていたスキル、希望を持つ者にて君の黄金の輪廻こそ貰った方が簡単かな」
「ハハハ。アイリスに聖なる生贄として私を提案したのは、ハハハ、小汚い盗人が私から、ハハハ、殿下から異端の秘術を奪う目的だったか。なんたる小者。いや、小者でしかないか。お前はあのミーシャの父親、奴隷売買が大好きなフルール男爵なのだからな!!」
俺は変装を解く。
一瞬と言わないが、痛みだって伴ったが、俺の手足は伸び、俺を拘束していた鎖は俺が元の体型を取り戻した分弛む。
「ジェットさま」
「うそ、ジェット様!!」
「ああ、どういうことです!!」
アイリス達は騒めく。
そうだろう。
愛する男こそをこんな状態にしたのが自分達なのだから。
そして、彼女達を惑わし操った男は、ハハハと笑いながら己の変装も解いた。
俺は大きく唾を飲む。
顎の長さのミルクティー色の髪に、薄黄色の若葉色の瞳。
ただし、年齢不詳のあの人とは違い、一目で四十代ぐらいの年齢だと分かる外見であるのは、あの人と違って整っているが普通の男性としてぐらいだからだろう。
「フルール男爵どころか、当主になった弟を恨んで子殺しをした屑でしたか」
「言葉に気を付けなさい。オブシディアの小倅が」
「報復は終わったと聞いてましたが、お前が小虫過ぎて逃してしまったのですね。近い将来の我が父は」
「ハハハ。何も知らない子供は威勢だけ良いな。この世は偽りばかりだというのに。ねえ。君が愛する少女は、本当はこの世にいないはずの存在だ。そして君は本来は、そこの女性達と愛を交わすはずだった」
何を言っているのだと、無意識に視線をアイリス達に向けてしまった。
彼女達はその通りだという風にして、希望ばかりの表情で頭を上下させている。
「ないな。それでそんな行動をとったのだとしたら、本気で俺はやけっぱちで、世界から汚物と見做され放逐されたかったのでしょうよ」
俺はここまで言って急に気がついた。
出会ったばかりのレイが俺に向けていた敵愾心。
そして前回の生で、ミーシャによる仕掛にて死んでしまったと聞く、ディアドラ。
「あああ、許せなかったのだろうな。きっと。彼の親友であると自負していた自分が、彼が愛した無実の少女を殺す剣となってしまっただろうことを、な」
「ハハハ。そうかもね。それで君が認めた通りに、この世は二回目だ。私も信じられなかったよ。何の気なしに覗いた奴の魂に二回分の記録があるからね」
「お前は魂の自白を使って、それで今回は生き延びたのか。それで」
「ああ。私は生き延びた。前回はまんまと売女の息子にやられたが、私は生き延び、ハハハ。前回と違う齟齬を探し、そしてここまで来たのだ」
「もう一度のやり直しか? 今度こそ心を入れ替えるってことか!!」
「違うな。あの売女の息子が生まれる前に殺せば終わりだ。そして君は汚れた血を引く娘の存在を知ることも無く、そこで君の愛を必死で求める美女達と爛れた素敵な夢が見れるよ」
「全く心が惹かれないな!!」
吐き捨てるようにい放つ。
もちろん、ディを排除すれば自分こそ俺に愛されると信じるアイリス達には、虫けらを見るような目で見据えてやった上で、だ。それから俺は女達と同じく、アーマドを排せば自分こそスピネルの長になれると信じる男に視線を戻した。
憐れむような目つきで。
「無能は本当に働き者だ。お前がスピネルの当主に? 何度世界を繰り返したって、無いな、絶対」
「黙れ、犬風情が!!」




