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大丈夫、俺に任せてください

愚者のサイコロストゥルトゥスアーレアの五十一階層は、俺もディも二度と入り込みたくなど無い場所である。だがディは思い出したくもない場所だろうが、俺は思い出として何度も反復したい場所でもある。

デイの胸を揉んだ思い出ぐらいに。


「ジェット、ジェット!!私の手から触手生えた~!!取って、取ってぇ!!」


「ジェットお願い。私のミスリル剣もオリハルコン剣もあげるから、ジェットが対処して!!次の階層行ったら、敵は全部私がやるから!!」


「ぐぎゃあ。アンデットなのに私の浄化魔法が効かない~!!ジェット、ジェット、全部燃やしちゃって。ああ、もうしつこくてヤダこいつら!!」


ディがとっても可愛らしかった。


かつての俺は、常に男の背に隠れ全ての責任を男に押しつける女の子の相手など、赤ん坊の世話と同じで鬱陶しいじゃないか、と先輩騎士達の恋話を馬鹿にして聞き流していた。だが、ダンジョン五十一階で俺は目覚めたのだ。


きゃあきゃあと悲鳴を上げて俺に縋りつくディ。

自分にはできないからと俺の背中に隠れるディ。


くっっっっそ可愛いい!!


これか!!


これが先輩騎士達が戦えもしない外見だけの女性ばかりを愛する理由か。


俺は理解を深めた。

愛する人に頼られることで男はさらに磨かれる、と。

なんと俺は、ディに五十一階層のアンデッドを殆ど押し付けられた事により、奴らの対処法も極めたのである。


俺は剣を引き出し、マイナムに翳す。


「待て、ジェット」

「良い判断です。どうぞ」


「駄目だ!!頼むジェット。止めてくれ。ギリギリまで待ってくれ!!」


「清廉なる女神の名において、不浄なるものを浄化せよ」


俺は剣に浄化魔法を纏わせると、糸状虫(しじょうちゅう)と呼ぶには巨大すぎる寄生虫型魔物(魔物大全ではロアロアと呼ぶ魔物らしい)が棲みついたマイナムの左わき腹に剣を突き刺す。


「うぐっ」


「止めてくれ!!マイナムはまだ取り込まれていない!!ジェット!!」


「マイナムを殺したくなければ、離れていろ!!」


俺はレイを怒鳴って突き飛ばし、マイナムを刺し貫いた剣をぐっと捩じる。

通常はこの剣の動きは、刺した相手の内臓を切る行為だが、マイナムの内臓は皮肉なことにロアロアという前壁があるのだ。ロアロアは浄化魔法で浄化されたマイナムの体内に留まるよりも、ロアロアの血で穢れた俺の剣の方がまだよいと絡みついて来た。

俺はロアロアが絡みついた剣をマイナムの腹から引き抜く。


あとは。


炎葬(ブシエ)


剣に巻きつく生きる汚物は、一瞬にして燃え尽き灰となる


「こ、これで、マイナムは」


「とりあえず確認してまだいるようなら、もう一回浄化魔法を腹に入れれば」


「あとは私がやる!!」


今度は俺こそレイに押し退けられた。

レイは俺のせいで完全に意識を失ったマイナム傷痕の状態を探りつつ、マイナムに回復魔法を施してもいる。――本気でマイナムを大事にしているな。


「俺はあなたには――」

「殿下はこちらにいるはずですわ」


聞き覚えのある女の声に、俺とレイは生徒会室の扉へと振り返る。


「くそ、アイリス」


レイが罵り声を上げた。

アイリスは母親が陛下の姉という殿下の従姉だ。レイが操られた生徒達に狙われていたならば、王族の血筋のアイリスがフラフラしていては危険だ。


「彼女もここに呼びますか?」


「止めてくれ。私を捕らえた奴らはアイリスの取り巻き達だった」


「では、アイリスは見つからないように、と」


そこで俺は気絶しているマイナムを抱えると、ロアロアが潜んでいそうな隠し扉ではなく、戸口からは死角となる生徒会長席の後ろへ横たえ直した。絨毯の血だまりは――マイナムは転がしといた方が良かったかな。

まあいいか。

それから次に、と。


俺はレイの胸倉を掴んで持ち上げ、レイへと口づけた。

瞬時に俺の体は激痛が走る。


「何をす……うそだろう。お前が私になっている。ではわたしは」


「レイのままです。俺もディもこのスキル魔法は初期レベルですので、自分の姿しか変えられません」


「ハハハ。知った魔法はすぐにコピーか。お前達こそ本物のスキル泥棒なんだな」


「しばらく俺があなたのふりをします。あなたはディが来るまでマイナムと隠れていてください。俺が部屋を出た後には」


「ディアドラの部屋に施した結界魔法を張れ、だろ。わかっている」


レイはいつもの王太子の顔で俺に微笑んだが、すぐにその顔がクシャッと崩れた。

泣いた(!!)彼は手を伸ばし、俺のシャツの裾を掴む。

まるで幼い子供が親を引き留めるようにして。


「レイ」


「死ぬな。私はもう君を取り戻せないんだ」


俺はレイの手を軽く包み、それから俺のシャツから手を離させる。

胸が温かい。なんと俺はあの十歳の頃から変わっていないようだ。

レイにとっての大事な人間だと知っただけでこんなにも嬉しいとは。


「ありがとう、レイ。そして君こそ自分を守ってください。絶対にディが来る。それまでここを動かないでくださいよ。頼むから」


俺は跪いてレイに騎士の礼を捧げる。

それから立ち上がれば、俺は廊下へと出る。


「きゃ、レイ」


アイリスは俺が扉を開けて出た瞬間にドアを開けようとしていたらしい。

アイリスは胸当てを当てて長槍を持った、まるで戦乙女のような格好だ。

公正さを大事にする彼女だ。


王族の血族である自負から、彼女は戦えない生徒を守ろうとしていたのか?


ホッとした俺達はアイリスに気安く笑いかけ、しかし、すぐに俺の顔が歪んだ。

なんてデシャブ。

俺も左わき腹に刀傷を負ったのだ。


俺の場合はアイリスに長槍で左わき腹を貫かれたのだが。


「アイリス」


「ごめんなさい。レイ。でも仕方がないの。神を下ろす準備は整ったわ。あとは聖なる生贄を捧げるだけ。そうすれば愛の神アモル様が光臨され、あの魔女に魅了された彼が正気を取り戻すことができるのよ」


「君こそ、正気か?」


「ええ。これ以上ないぐらい。彼だって正気を取り戻せばわかってくれる。それで、レイ。その服は彼のものでしょう。彼はどうしたの?」


彼って、俺か?

アイリスは俺を正気に戻そうとしている?

そのためにこの事態を起こしたというのか?


「じ、ジェットは、生徒会室に潜んでいた寄生虫のお化けと一緒に燃えた」


「うそよ!!ジェット様!!」


アイリスは金切り声をあげ、生徒会室のドアを開けようとドアノブを掴む。

させるかとアイリスに手を伸ばした俺は、彼女の腕を掴む前に床に転がされる。


「うぐっ」


アイリスは一人ではなかった。

アイリスと同じ恰好にアイリスと同じく長槍を携えたアイリスの取り巻きが、アイリスの後ろに控えていたのだ。

彼女達の一人、金融大臣の娘のユリシア・アナンスが、アイリスを止めようとする俺を槍で殴って来たのである。


床に俺はすっころんだが、ユリシアに頭を槍でかち割られることはなかった。

俺はとっさに脇腹の槍を抜き、ユリシアの槍の剣先をそれで撥ね退けたのだ。


ガッ!!

「あうぅ」


右肩に槍を受け、俺は床に貼り付けとなった。

取り巻きの一人、今度はシラー・ジェイルか。


「ああ、あなたのせいで、あなたの為にジェット様は死んでしまったのね!!」


シラーは涙を流しながら俺の肩を槍で貫きながら罵倒するが、お前のせいで俺が死にそうなんだと言ってやりたい。


「きゃああああ。ジェット様ああああ!!」

「きゃあああ」


アイリスと、アイリスと一緒に生徒会室に飛び込もうとしたユリシアが悲鳴を上げて後ろの倒れた。二人は後ろに控えていた取り巻き達に支えられ、取り巻き達は大事な二人の為に急いでドアを閉めた。


アイリス達はレイが張った玉座結界に撥ね退けられただけだろうが、後ろに続く取り巻き達には生徒会室の絨毯に広がる血溜まりが「ジェットの死にざま」に見えたのだろう。それでそんな陰惨なものを隠すためにドアを閉め直したのだ。


これで、レイ達はひとまず大丈……。


「うぎゃっ」


俺は両足首をそれぞれ掴まれた状態で、床を引き摺られることになったのだ。

左腹と右肩の槍傷から流れる血が、俺が引き摺られる分だけ俺の血で真っ赤な二本の線を描いていく。ディがこれを見たらどうなることやら。


俺は痛む体を抱き締める、ようにして、それぞれの傷跡に手を当てた。

これからだ。

お前等が愛しているらしいジェットがこの俺だと、教えてやる時が楽しみだな。

2025/10/26

アイリスの身の上間違えていました。

「母親が陛下のお姉様という殿下の従姉」と歓迎会の時にディが言っていた通りです。

修正しました。

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