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決死のお願い

「どちらにいらっしゃるの」と、私とジェットの押し問答に水をさしてくれたのは、キャロル・アン・パレルモ侯爵令嬢だった。

パレルモ嬢は殿下の二つ上の三年生だ。

と言う事で、ジェットの一つ上の先輩ともなる彼女は、女子寮の寮監でもあり、最大派閥をお持ちの方でもあり、つまり学園女子は逆らったらダメな人だ。


パレルモ嬢の外見はまんま正統派美人。

人形みたいに整った顔立ちに、アンティックゴールドの艶やかな巻き毛、そして宝石のような青い瞳という美人要素をお持ちの方。ついでにベージュ色の地味な色合いながら有名ドレスメーカーによる私服ワンピ姿のため、素晴らしい胸の大きさや腰の細さがわかる。ほんと、目の保養になる。

高慢そうな表情がなかなか色っぽい。


もちろん彼女は、私が敬愛する殿下のお妃候補でもある。

ということで、殿下の妃候補を人物評価する立場の人間の私は、彼女に敵対することは公平性を失うから避けねばならないし、だからって追従したり懐柔されたりしたら即アウト。

うーん、取扱い説明書が欲しいと韜晦しちゃうな。


「君に関係ない」


悩む私を嘲笑うようなジェットのズバッだ。

いいなぁ。自由に振舞える貴族男子って。

私はそんな世界の不公平さを羨みながら、私の肩の上に当たり前のように乗っている大きな手を叩く。


「あ、ああ、そうだな。すぐに動こう」


叩いた意味はそれ違う。

パレルモ嬢と三人の取り巻きを前に、男性に肩を抱かれているままって問題だよね、というだけです。だがしかし、完全に見られた状態なので、パレルモ嬢の視線は完全に蔑みの目だ。もちろん視線の先は私限定ですけれど。


「あなた。恥ずかしくはないの?」


「ああ、そうだったな。恥ずかしかったか。手を繋ぐ方がいいか?」


本当に自由だな、ジェットは。

有言実行の男は私の右手に指を絡ませてきた。

私は彼の不埒な左手の指先から右手を引き剥がす。

それから、パレルモ嬢を煽る行為ばかりのジェットを見上げる。


目力に殺気を込めて。


あ、怯んだ。


「先輩。私は自室の整理があるのでいったん寮の部屋に戻ります。本は先輩のお申し出に甘えて頼んでいいですか?」


「あま、甘えるか。いいぞ」


ジェットは肩にぶら下げていた私の鞄の本体をわざわざ胸元できゅっと抱き直し、なんだかとっても嬉しいけど照れる、なんて感じとなった。なんか殴りたい。


「ありがとうございます」

「って、押すな」

「ここは女子寮です。どうぞ素直にどこにでもお帰り下さい」


とっとと帰れ帰れ帰れと、ジェットの背中を押し押し押しだ。

あれ、以外に押せる。簡単に動くぞ。


「いや、ちょっとお前」


「そうですよ。何をなさっているのです。オブシディア様に失礼ではないですか」

「そうよ。親切なオブシディア様に傲慢な振る舞い。平民が生意気ですわ」

「いらっしゃったのは今夜の歓迎会の打ち合わせでしょう。お待ちしておりましたわ。さあさ、談話室にいらっしゃいませ」


私と大男の間にパレルモ嬢の取り巻き三人の女性が横入りし、なんとジェットを取り囲んでしまった。ジェットは男子寮への退路を断たれ、いまやパレルモ嬢と女子寮の談話室に向かわねばならない道しか残っていない。


だからってやめろ。

死地を突破する覚悟を決めた兵士の顔になるな。

お前の肩がぶち当たっただけで死んでしまう人達だ。


そして本物の命のやり取りなど一度もした事のない箱入り令嬢は、それが触れてはいけない手負いの野獣と化していることも気がつかずに悠然と近づく。


「パートナーを務めて頂けるなんて、私の誕生日以来ですわね。オブシディア様」


「誤解させたならばすまなかった。申し訳無いが俺のエスコート相手は」


「今夜は殿下の護衛でおそばにずっといなきゃですから、どなたのエスコートもできないんですよね!!」


私こそ死地を突破する覚悟で挑まなければいけないとは。

とにかく大声をあげていた。

もう私の評判は散々だが、ここにパレルモ嬢を差し置いて蒼炎の騎士からエスコートの申し出を受けた、なんてエピソードをさらに増やしたくない。


「今夜は誰のパートナーも受けないんですよね。オブシディア様!!」


両足を踏ん張り、両手に拳を握り、魂を込めて大声をあげていた。

頼む、「ディを誘いに来た」なんて台詞をここで言うなよ、と魂からの祈りを込め。


ジェットは、パカッという擬音が聞こえるような笑顔となった。

素振り千回を初めて成し遂げた少年剣士の誇らしげな笑顔だ。


「あふぅ」

「なんて、オブシディア様」


パレルモ嬢の取り巻きが熱に浮かされたようになり、次々と身を捩って倒れゆく。

パレルモ嬢本人はまだ耐えていたが、彼女は自分に寄りかかる取り巻きの一人を支えてしまったために倒れるタイミングを失っただけだ。

そして私まで呆然とさせた最終兵器笑顔を持つ男は、私しか見ていなかった。

彼はさらにその笑顔の威力を引き上げる。

熱病に浮かされた夢見る瞳で、今にも泣きだしそうな切ないばかりの微笑みへと。


「ちか、誓おう」


「ジェット?」


「俺はディしかパートナーと認めない。って、ディ!!ディ!!」


私も倒れていた。

丁度良く気絶なんかできないから、自分に五分タイマー付き仮死魔法をかけたのだ。もうどうしたらいいかわかんないから、どうにでなれって。


目が覚めた時には、全部が有耶無耶になっていればいいな。

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