オレンジの花が咲いている君の瞳が大好きだ
私はドアをノックしようと右手を上げる。
しかしその手が叩くべき扉が消え、その手は宙を彷徨い私は前のめりだ。
ドアがパッと開け放たれ、白い手に私は手首を握りしめられ室内へと引っ張られたのである。
「さあ入って。来てくれて嬉しいわ。ディジー」
白くてフワフワの長い髪も、ピンクの強い紫色の大きな瞳もディアドラのもので、今の顔立ちも体つきもディアドラでしか無いのに、目の前にした女に私は震えた。
怒りで。
キレイで可愛いディアドラの姿を纏おうと、この醜悪な女が作る表情や目つきで全てが台無しになっているのだ。
人を小馬鹿にしたような笑い方。
苦労が嫌いで人のものを盗んで人生の上澄みしか知らない奴と同じ、中身が空っぽなせいでガラス玉にしか見えない空虚な瞳。
「ディアドラの声でディアドラの顔だが、ディアドラに全然見えないな。殿下がひと目で違うと見破るわけだ。なんて醜悪」
「あら、あなたこそ醜悪よ。その変な仮面を剥いじゃってよ。ふふ。生皮を剥いで被って来たの? 流石スピネルは残虐ねえ」
私はミーシャに引っ張られるまま室内に入る。
私の後ろでドアが閉まる。
振り返るまでもなく、既にミーシャの手の内となった修道女達だ。
「どうやって言いなりにした?」
尋ねながらも私にはわかっていた。
彼女達は私が校庭で見た状態異常の生徒達と同じく、魔法回路に穴が開いている。
生徒達はまだまだ自分を保っていたが、顔が真っ黒に塗り潰されるぐらいな大穴を開けられた人は、こんな風な操り人形になるのか。
けれどと、疑問もわいた。
入り口で私に対応した二人は穴が見えなかった。
彼女達は洗脳されてないと見るべきなのかな。
いや、本物のコーデライト嬢達には穴が開いていなかったし。
違いは何だ?
「聞くまでも無いか。コーデライト嬢にしたように穴を開けたんだな」
ちょっと好奇心だけで聞いてみた。
ミーシャの力の洗脳はどんな風に行うのか、聞けるならば聞いておきたい。
「うふふ。アスターシャ達に穴なんか開けて無いわ。もともと自己評価が低いんだもの。ちょっと突けば簡単に別人になり変わる。自分以外になりたいわよね。魔法で髪色を変えられるわよ。その地味な瞳も青くできる。さあ、新しい自分に新しい名前を付けてさし上げて。ばああ~か。ふふ」
「セイラ・モローはセイラ・モローのままだったよな」
「あれはもっとばあか。父親が騎士職だろうが、下級貴族のお抱え騎士じゃないの。コーデライト家を首になったらそれでお終いの平民よ。誰に従うべきか教えこんだら簡単に自分を差し出した。ご褒美にジェット様を上げるって言ったら、私を神様みたいに崇めてくれたわ」
「神様? 邪神崇拝じゃないの」
「邪神ね。褒め言葉よ。ありがとう。でもそんな言葉を私にぶつけてもいいの? 神様に縋ることで自己を失った人間ばかりのこの館は、私が好きなように出来る私の家になっているのよ。あなたの大事なあの可哀想な子に、慰めてくれる素敵な男性を差し向けたってよろしいのよ」
「例えば、幼女大好きなフルール男爵みたいな男? 素敵だって家族は思っているのかな。ただいい服着ているだけのただの小汚い中年なのに」
「だまれ!!」
余裕ばかりのミーシャが怒りを見せた。
彼女にとってはフルール男爵は特別なのだろう。
けれど、ミーシャの言葉に私が怖気を感じたのも事実。すぐに索敵魔法を使い、ディアドラの部屋へと意識を飛ばす。
もし、もしも、既に小汚い男達に凌辱されているとしたらって。
結果、私は体がバラバラになる衝撃を受けた。
なんたること――ディアドラの部屋は見たことが無い結界魔法が貼られていた。さっきは見ただけだから気がつかなかったけど、意識飛ばしたらきっちりと撥ね返されたのだ。
室内に入れば肉体は入れても精神は弾かれるってことで、ディアドラの部屋に無理に押し入ったら意識障害起こしてそのままぶっ倒れるだろう。
何だっけ、王の謁見室の王の座に貼られてる奴と同じ奴だ。
「殿下はディアドラのことについては暴走する」
マイナムの嘆きが思い出される。
そして私達にディアドラ救出を直に命じてないけれど、私達のディアドラ救出という状況をマイナムに整えさせたのは、安全のために閉じ込めただけの彼女が本当の意味での緊急状況だって本人的に気がついたからだろう。
誰も入れないってことは、ディアドラに誰も水も食料も渡せないのだ。
室内に水ぐらいはあったよね。
彼女は水ぐらい飲めたよね。
何してくれてんの、殿下は!!
私はディアドラの現状に慄き、思わずミーシャの腕を振り払い――払えなかった。
私の手首はがっちりとミーシャに掴まれているのだ。
「あんたは聖女スキルを持っているんだってね。それを手に入れたら私は王妃になれる。どんなに私を厭おうと私を王妃に添えるしか無くなる」
ディアドラの顔をした魔女は、恍惚とした笑顔となり、私の手首を握る手にぐっと力を込めた。普通の少女だったら痛みで泣き出すだろう、万力みたいな圧が掛かる握り方だ。
「誰に聞いたんだ。そんなお喋りはあとで消してしまわないとなあ」
ミーシャはにちゃっと笑顔を作る。
紫色のディアドラの瞳だったのに、その瞳は赤味を失い水色へと変わって行く。
けれど、消えたはずの赤味の代りとして、ピンク色の光が瞳孔から煌いた。
まるで花が咲いたように、水色の瞳の中にピンク色のファイヤが燃えたのだ。
「ハハハ。ちゃあんと知ってたよ。私達を逃がしてくれた奴はさあ、私とお父様に何だって教えてくれたんだ。お前には会いたかったよ。あ、うわ最高。お前って、魅了魔法も持っていたんだなあ。これさえあれば、誰だって私を好きになる。苦労して誰かにならなくても良くなるんだあああ」
私は大きく息を吐く。
足元がふらつき始めた。
ミーシャが私にドレイン魔法を仕掛けているからか、かなりの生気が引っこ抜かれているのだ。
違う。
知りたくなかった事実を知ったから、私は足元を失ったのだ。




