スリーシェルゲーム
生徒会役員専用応接間は、普通にすんごい迎賓室だった。
スピネル伯爵家で私は養育されたが、その私が絶対に入って行けないとされていた部屋と同じぐらい、そこは物凄く金がかかった誂えだった。そしてそんな場所で昼食会ならば、トレーに乗せた学食のご飯ではなく専用に仕立てられた物が給仕によって運ばれる。
ただし前日予約ということで、イレギュラーで急遽この部屋に私達誘導ではなく、最初から殿下はこの部屋でディアドラを持て成すつもりだったのだろう。
確かに誰もが集う学食にて、殿下がディアドラに自分の真実を伝えるなんてできない、って考えるべきだった。
殿下はディアドラに真剣。
そこは最初から私もジェットも分かっている。
だけど不可抗力ってあるのよ。
私もジェットも、ディアドラにレイ・インベルの正体を明かす役目を殿下から奪うつもりは無し、そのためには言いたくたくても言えないって縛りができる。
よって私とジェットが考え無しだったと、私達が責められる謂れはない、はず。
頭の中に殿下とマイナムから、アスターシャ嬢を連れてくるとは何事だ、と伝言魔法が次々飛んで来て煩い。
だけどさ、言える?
家族にいるのにいない扱いされている少女に対して、今日は遠慮してくれる? なんて血も涙もない台詞を。普段だったら私は言えますけどね、今日のメインゲストのディアドラさんこそがアスターシャさんを誘っちゃったのよ?
ディアドラさんの顔を潰すわけにも、彼女の優しさを台無しにするわけにもいかないでしょ。
『お前が焼餅焼いたふりして彼女を追い出せば済んだ話だ』
か~!!ムカつくマイナム。
わかったよ、やるよ!!
私はジェットへと意識を向けた。
「盛り付けをハーフポーションにしてしまえばいいだろう。デザートに関しては俺はいらないし、メインをハーフに出来ねば俺の皿は別のものにしてくれ。学食の定食のでも俺は構わない」
ジェット様は足りない一人分の為に給仕人と相談していた。
さすがジェット様。
今の彼の邪魔をするわけにはいかない。
では、ここまでの行程で「私のジェットに出過ぎたことをした」という言いがかりをアスターシャにしてみるか。
「ディアドラ様。きっとそのレイ様は本気のはずですわ。だから、気を強くお持ちになって」
「ありがとう。アスターシャ様」
何も言えねえ。
私は本来だったらアスターシャが座っている席に私が座り、ディアドラを慰めつつ励ましているのも私のはずだった。私の居場所を奪い切ったアスターシャに姿を視界に入れながら、私は彼女達の向かいの席に腰を下ろす。
『役立たず』
マイナム、私が言い返せないと分かっているからって。
覚えておけよ。
「あ、そうだ。今日の学食にキーライムパイがあったな。それを人数分持って来れるか? ディの好物だ」
「なんてお優しい」
「本当に大事にされていますわね」
ディアドラとアスターシャが、笑いさざめきながら囁き合う。
私を仲間外れにして、と思うべきだが、なんかくすぐったいばかりに感じる。
「ん、んん」
「どうした?」
「私の好物をどうしてそんなにわかっているのかなって?」
「そんなの、お前の喰いつき見ればわかるよ」
「犬か私は」
私とジェットの掛け合いで、給仕人は誰がディなのかわかったらしい。
私にすいっと視線を動かしたあと、にやけるどころこか吹き出さないように口元を噛みしめた。それからジェットの指示を料理人にすぐ伝えないとという風にして、さっと身を翻して部屋の外へと出て行った。
あれは本気で吹き出しそうだったんだな。
「ディアドラ様。ちょっとだけお外に出ませんこと? お二人の時間を少しでも差し上げたいわ。それに、ディアドラ様のお気持ちもその間に整えられるのではないかしら」
「あ、そうね。そうしましょうか」
いや、ちょっと待て。
いつの間にか立ち上がっていた二人は、扉の外に出て行った給仕を追いかけるようにして室外に出ようとしている。
ちがう、この部屋に残すべくはディアドラの方なのよ!!
「待って。私も一緒に行くわ」
「すぐ戻るから、ディ」
「ごゆっくり。デイジー様、ジェット様」
「行かなくたっていいから」
私も急いで席を立ち、慌てて室外へと出ようとする二人を追いかける。
でも、そんなに遅すぎたのか。
私が扉を開けて廊下に出れば、二人はすでに廊下の先の階段近くだ。
私は駆け出して、二人に向かって手を伸ばす。
だけど、そのせいで。
私が伸ばした手が丁度振り返ったアスターシャの肩に当たり、アスターシャはバランスを崩して倒れた。…………彼女の隣にいたディアドラを巻き込んで。
その先は階段なのに!!
「きゃあ!!」
「ああ!!」
バランスを崩した二人は互いに抱き合い、二人一緒にそのまま転がって行ってしまったのだ。抱き合った感じでゴロゴロと階段を落ちて行く二人。
「ジェット!!ディアドラが!!」
私はジェットへと声を上げて助けを求めた。
転がっていくディアドラへを助けなきゃ、と思うのに、私は追いかけるどころか彼女達から目が離せないのだ。
二人の転落はすぐに終わった。
二人が転がったのは階段の数段下で、今は踊り場となった場所にぐったりとした状態で横たわってる。
私の足はガクガク震えている。
今すぐにディアドラの元に駆け付け、ディアドラの無事を確認しなければいけないというのに、私は全く動けないのだ。
「ディ、どうした」
死んではいない。
ただ気を失っているだけだってわかっている。
でも、階段から落ちたのだから保健室には連れて行かなきゃいけない。
怪我の様子だって見なきゃいけない。
でも。
「ディ!!何があった。ディアドラはどうしたんだ!!」
殿下が駆け付けて来た。
そして彼は、私を押しのけて踊場へと階段を駆け下りた。
愛する人を抱き起すために。
長いフワフワの髪を広げ、可憐な姿で横たわる、妖精のような美女の元へと。
「殿下、そっちはディアドラじゃないわ!!」
「お前は黙っているんだ」
殿下は私を見上げた。
初めて見た、復讐心に溢れる瞳で。
そして私の隣にいたジェットは、私の肩に手を置いた。
私の終了を知らせるようにして。
確かに私の終了だ。
私が不甲斐無かったせいで、ディアドラの外見とアスターシャの外見が入れ替わってしまったのだ。私がディアドラを台無しにしてしまったのだ。
転がる二人だろうが、私の動体視力が取り違えることは無い。
どの器に当たりが入っているか当てる、スリーシェルゲームで間違った事が無い私の目が、途中でディアドラとアスターシャの外見が入れ替わっていると言っているのだ。
どうしたらいいの。




