親の顔が見たいって……君達はそっくりか
私はジェットの足首を蹴った。
これは八つ当たりだと自分でもわかっていた。
上手くいかないことをジェットのせいにしていたが、どんな状況でも好転させてこそ優れた諜報員だと私こそわかっているから。
そもそも有名な上級生に興味を示されたからと悪目立ちしかしないのは、女子としては短すぎる髪に鳥ガラみたいな体という、私が女装にしか見えない不格好だからなのだ。きっと、ジェットに構われなくとも、私は女子には異物と見做されて遠巻きにされていたかもしれない。
ほら、入学式でも私はボッチだったじゃない。
そう、自分だってわかっている。
ジェットが言った通りなのだ。彼は私が上手くやれないと初見で見抜いたから、私に構ってしまうだけ。
この状況は全部私のせいなのだ。
「俺の足を蹴れるのはお前ぐらいだよな」
笑いを含んだ柔らかい声に顔を上げる。
ヒュッと、変な吐息が漏れた。
ジェットは顔が無駄に良いのだ。
だから私の足元をぐらつかせるぐらいに、奴の笑顔が破壊力を持ったのだ。
そういう事だ!!
「どうした? 豆鉄砲喰らったみたいな顔だぞ」
「な、なに蹴られて喜んでいるのかな、かなって」
「ハハハ。そうだろう。お前は俺に身分違いだとふざけた小者ぶりをするが、俺に手や足を出してくるのはお前だけなんだよ」
「騎士団の訓練場で正騎士達にぼっこぼこにされているくせに」
「ああ。親の威光だけで出世しそうなガキを殴れるのは、訓練という建前が必要だからな。言い換えれば、あそこ以外で俺に何かできる奴はいない。お前以外は」
私はジェットに素直に頭を下げる。
出過ぎた真似をしていて申し訳ありませんと。
「今度から死にそうな馬鹿をした時も眺めるだけにします」
「やめてくれ。俺はお前に叱られるのも好きなんだからな。それにいつだってお前が助けに来てくれる。お前は格好いいよ」
「褒め殺しはやめて!!」
私は両手で顔を覆う。
それだけで真っ赤になった顔を隠せやしないだろう。
ポスッと、私の肩に大きな手の平が当たる。
「さあ行こうか」
うん、と頷きかけて気がついた。
これついて行ったらダメなやつ。
「あ、また硬化しやがって」
「当たり前でしょう。流されるとこだった。いつのまに人たらしの術を手に入れたんです。やはりあなたはあのくそ騎士団長様の息子ですね」
「プッ、ハハハ。親父にクソを付けられるのもお前だけだな」
「いいえ。我が親父殿は普通に言ってますよ」
「それこそ俺に言ってはいけないやつ」
ジェットは楽しそうに笑う。
これは内部事情を知っている私達だからこその掛け合いだ。
ジェットの父であるセレスト・オブシディア伯爵は、王国騎士団の長である。武勇だけでなく優れた外見と気さくな人柄で、王からの信任が厚いことは言わずもがな、貴族平民を問わず人気があり人望の厚い人物だ。
そして私が口にした親父殿は、私達御庭番衆を束ねるお方のことだ。
私が絶対に逆らえない恐ろしきお方、アーマド・スピネル伯爵。
裏が表を「くそ」と言っていたなんて、公になったらいけない話ってこと。
ちなみに、スピネル伯爵の表の顔は宮廷芸術管理長だ。
ミルクティー色の長い髪に柔らかな若葉色の瞳を持つ彼は、年齢不詳の綺麗な人で妖精王という仇名を持つ。古代詩を諳んじ奏でられない楽器は無い典雅なお人であるため、どんな女性も思いのままだという噂だ。そのため彼の裏の顔を知らない貴族連中から妬まれ、「無能な浮かれ蝶々」という不名誉な仇名を貰っている。
さて、王の剣とまで呼ばれるジェットの父が、スピネル伯爵の裏の顔など知らないはずなど無い。軍の情報部でも手に入れられなかった情報が急に湧いて出たり、難攻不落の砦の敵将が突然死したり、王家に仇名す計画を企んだ者達が事故死して消えた事例について、誰の仕業かわかっているのだ。
だが、ジェットとよく似た気性の男は、裏で全て片付けてしまえるスピネル伯爵の存在を良くは思っていないし認められない。
「スピネルの兵と我が軍が互に監視し合える体制を」と、オブシディア伯爵が王に訴えているのは事情を知る人間には有名な話。監視し合えることで、枠を外しかけた時に気付き合えるはずだって、本気で善人思考なお人だと思う。
我が親父殿は、青臭い、と鼻で笑ったが。
ただし、オブシディア伯爵には敬意らしきものを珍しく抱いていた。
「うすら寒い夢想をいつまでも抱えられる青臭い清廉さは希少なものだ」
なんて言っていたのだから。
そんな親父殿がオブシディア伯爵を「あのくそが」と認識を変えたのは、皮肉にも彼が讃えたオブシディア伯爵の青臭い清廉さによるものである。
オブシディア伯爵はスピネル伯爵の実力も功績も認めているからか、ある時の夜会にて、何も知らずにスピネル伯爵を嘲笑う者達に苦言を弄してしまったのだ。
「蝶だと思って掴んだそれが、毒蛾だったと気付いた時点で遅い。見た目で人を侮るんじゃない」と。
親父殿が何のために間抜けな表の顔を演じているのだと、貴方様こそ考えて?
私は一連のことを思い出し、なんだか賢者になったような目でジェットを見返してしまった。親子だよな、と。
「なんだ。その眼は」
「いえ。なんでもありません」
「何でもないなら、そんな目で俺以外の男を見つめるなよ。お前の真実を知らない奴らがお前に不埒な感情を抱くのは間違いないからな」
「殴りたくなる?」
「ぶあか!!抱きつぶしたくなる、だ」
え?