初授業とロワークラスの生徒達
ロワーの教室に入った私達は、その後に嫌がらせを受けることは無かった。
ほんの少しだけ、ロワークラスの面々の姿に私は驚かされることになったけれど。
勉強はできるけど身分が低くてこのクラスに入れられた子達は、奨学金特待生クラスの子達のような制服姿の地味な見た目だ。けど、特待生クラスの子達に見えたやる気ってものが見えない。意気消沈しているって感じ。
反対に勉強ができない高位貴族の子供達は元気いっぱいだけど、なんというか、躾がなっていない子供じみた行動が目立つ。あと、名家の子供なのに魔力が少ないってところがコンプレックスなのか、染色剤で髪色を派手な色に染めているのが逆に物悲しさを誘う。
魔力で髪色や瞳の色が変わるものだから、ね。
そして染めている髪色は、ご自分の属性とは全く違う色合いばかり。
確かに、ジェットみたいに銀灰色の髪が奇麗に青みがかっているのは、火属性のくせに反属性っぽくて不思議だしとてもきれいで憧れてしまうと思うけど。
ジェットは単に極めたせいで、極めた炎の青色を纏っているだけなんだけどね。
そしてそのやんちゃ系の子供達に、図書館で出会ったブリューゲル君達の姿は見えなかった。ジェットさんは彼等をどう処理したのだろうか。
「席は好きな所で良いの。一緒に座りましょう」
ディアドラは嬉しそうに私の腕を引き、私はディアドラの好きなようにさせる。
ただし、座ってからすぐに失敗したと思った。
ディアドラが真面目過ぎる少女だって、どうして忘れていたのか。
一番前の講師のド真ん前になる席に座ることになるとは、実はディアドラは私を嵌めて喜んでいるのだろうか。
「えっと。嫌だった? あの、私は目が悪いから」
「気にしないで。私はディアドラの隣だったらどこでもだから」
「良かった。それで、ディ。あなたが今まで受けていた特待生の授業とぜんぜん違うと思うけど、がっかりしないでね」
「大丈夫だよ」
「いい? 真面目に聞かなきゃだめよ。それで嫌でもノートをしっかり取らなきゃだめよ。週末ごとにノート点検をされるのよ」
「ノートの点検?」
ディアドラは悲しそうに首を横に振り、ここはロワーよ、なんて人生に疲れた人みたいにぼそっと呟いた。それだけじゃない。彼女は私に自分の一冊のノートを差し出して来たのである。
私はノートを受け取り中を開き、すぐさま彼女が言いたいことを理解した。
ノートはぎっしりと書き込まれていた。
まるで授業の実況中継みたいな、講師の喋った事を文字起こししただけみたいなノートである。
「これをしなきゃ、と」
「そう。ロワークラスの授業崩壊を防止する目的らしいわ。それから、ノートの成績で期末試験で点を取れなくても加算点が貰えるの。逆にノートを取っていなかった人は減点されて上の学年に上がれない」
私は周囲を見回した。
ひと目で素行不良そうな生徒の出席率の高さの理由が見えた気がした。
この、ヘタレ、どもめ。
そうして授業は始まった。
授業始まってすぐに、隣のミドルクラスにて女子の叫び声が上がり、そのまま二人の少女が教室を飛び出て行った喧騒が聞こえた。が、ロワーの講師はそれで授業を止める人では無かった。教科書を音読する作業を止めなかったのである。周囲に溶け込むのも仕事だと私は苛立つ自分に言い聞かせ、右手首が腱鞘炎になりそうでも、もそもそ喋る講師の一言一句をノートに書き連ねて行く。
そしてようやくの、一限目の終わりのベルだ。
「やっと終わ」
どさ、どさ。
私の目の前にノートが数冊積み上がった。
ディアドラは週末にノート点検があると言っていたが、これは初授業の私に身本を見せてやろうというクラス女子達の優しさか?
私はノートを置いた人物達へと顔を上げる。
講師が消えた教壇辺りには、ふわっふわの巻き毛なピンクブロンドをツインテールにしている少女を真ん中にして、クラスの染毛女子数名が立っていた。
赤メッシュが入ったピンクに、毛先を水色に染めたピンク、真ピンクと、ピンク頭の洪水だ。女子のピンク染めは人気があるのだろうか。
ピンク頭について考察をしてできた間が、私が彼女達に脅えてしまったと思わせてしまったようだ。ツインテールピンクが偉そうにふふんと鼻で嗤う。
「お前、元特待生クラスなんだろ? あたしらのノートも書いとけよ」
「え? 意味わかんなーい」
「いい気になってんじゃ、ぎゃっ」
私に襟首掴まれたピンクの彼女は、掴まれた時の痛みで一瞬で大人しくなった。
首元を押さえられると、どんな動物だって本能的に死の恐怖を感じるものだ。
また、肉食獣に捕食された仲間の姿を目にした動物も、知能が高くなればなるほどに状況の情報処理に問題を起こすのか動けなくなる。
座っていた人間が、一瞬の間に立ち上がって仲間を捕らえた場面を目にしたのだ。
普通に訳が分かんないと、脅えて全員動けなくなるのは想定内。
私の手の中のピンクも、ピンクのご友人なピンク達も、しっかり私に脅えてしまっているようだ。ならばと、私は手の中のピンクに語りかける。
もちろん、周囲のピンクにもわからせる感じで。
「何かな~。良くわかんなかったからさ、私に何をして欲しいのかもう一度言ってみようか?」
「その、あの、し、新顔は、うぎゃっ。痛い痛い痛い。何すんだよ」
「あら、はじめましてのお近づきの印に、低周波パルスを施して差し上げてますのよ? 低周波パルスは血行を良くするいいものだけど、初めて体験する人にはちょっと痛く感じるみたいね。特に、血の巡りが悪い人は特に」
「痛い!!」
「で、頭の血の巡りは良くなったかな?」
笑顔な私の笑っていない目をしっかりと受け取ったピンクは、最初に首根っこを押さえられた時みたいにピシッと固まる。
そりゃそうだろう。
イキったところで彼女はただの子供。
私は犯罪歴多数なイキったオッサンでさえまな板の鯉にしてきました影です。
怖いだろう? 場数ぜんぜん違うもんな?
「ええと。み、皆さん。ご自分でノートを取りましょう。書ききれなかったところは私が手伝いますから。ね」
私とピンク達の話し合いに入って来たのは、天使なディアドラ様だった。
そんな天使でもいっぱいいっぱいのようで、ディアドラは見えない脂汗が見える作り笑いの顔である。
私は吹き出しそうだ。
ディアドラに免じてピンクを手放す。
彼女は自由になったからか、仲間達に私について訴える。
「あ、頭がおかしいよ。こいつは!!」
「君達。自分のノートを持って、自席に戻りなさい」
少女達の後ろから凛とした涼やかな声。低すぎず耳に良いテノールの声の持ち主は、台詞通り次の授業の担当であるグラッファード・アシュトン講師である。
魔獣討伐専門の第四騎士団の魔法兵のこの方が、どうしてこんな場所にいるのかなあ、と黄昏ながら私は椅子に沈み込んだ。
魔法学の講師に彼の名前はありませんでした。
急な異動だとしても、当事者になる私に教えておいてくださいよ、殿下!!




