そして彼は最悪を見つけようと目を凝らす
ディアドラが亡くなったのは、ジェットによって牢獄に押し込められたその時であった。彼女は冤罪であると訴えて身の証を立てるどころか、私が巻き込まれてしまわないようにと自害をしたのである。
ではその後、真っ直ぐなばかりのジェットが彼女の真実を知ったならば、彼は一体どのような行動に出るのか。
己の間違いで真っ当な少女を死なせてしまった罪業を知ったその男は、家名を捨て、騎士職をも捨て、魔物の跋扈する辺境に旅立った。そして、数年後にその地で起きた魔物のスタンピードにて散ってしまったのである。
己の獄炎にて、魔物共々。
あの時の私は、ジェットの死の報に笑うしか無かった、と思い出す。
反吐しか出ない女の横で作り笑いを浮かべるだけの私は、心を許せる友が影として仕えるマイナムにしかいなくなってしまったのである。不器用で真っ直ぐなだけのジェットは、私の大事な友でもあったのだ。
王となった暁には、戴冠式のその場にて、私はあの女とあの女を私に押し付けた国民を嘲笑いながら、黄金の輪廻、を回してやることだけに執着せざる得なくなったじゃないか。
ざまあみろ、お前等はみんな終わりだ。
そう言って嘲笑ってやることだけが、私の望みになってしまったじゃないか。
お前が勝手に自分を終わらせてしまうから!!と。
「殿下。負担がかかり過ぎていませんか?」
マイナムの声が私を過去から引き戻した。
私は顔を覆う両手による薄暗闇の中、ジェットの視界に酔ったそのまま過去を思い出し、情けなくも自己憐憫に陥ってしまっていたらしい。
「気にするな、マイナム。目を閉じれば感傷的になるものだ」
「感傷、ですか?」
マイナムにはジェットと私の魔法実験としか伝えていないと思い出す。
マイナムの忠誠心は疑っていないが、私は未だ自分に過去生があった事を彼に伝えることをしていない。
それはなぜかと聞かれたら、彼が結局はスピネルだからと答えるしかない。
私の頭がおかしくなったと判断すれば、彼は黙っているどころか頭目に報告する。ディもそうだ。スピネルは王家直属の忠誠心の高い影だが、彼等の目的は王族をただ守るだけでなく「国政を取れる」王であるかの判断も行っているのである。
なので私の我儘で、困窮しているディアドラに援助を届ける行為は、本来ならばマイナムに頼むべきことではない。実際、過去のマイナムにはディアドラについての相談などしていない。
私の邪魔になると判断すれば、ディアドラを消してしまうのが「影」だ。
だがしかし今世でマイナムにディアドラのことを頼んでいるのは、今世のマイナムが弱者への憐憫を持っているからである。
今世でマイナムに再会した時、私はこの点についてひどく驚いたと思い出す。
彼はディのように暗殺術を仕込まれた孤児ではなくスピネル伯爵家の血縁であり、彼こそ幼き頃より次代の頭目とスピネル一門では持ち上げられていた存在なのだ。
そんな彼が驕る所があるどころか、弱者に優しさを見せるのだ。
ディのように「生かしたまま解体」など、彼は出来てもしないだろう。
私はそれで彼になぜかと問うた。
デリカシーに欠ける質問だが、今世の私はジェットと同じくディに毒されている。
そんな私に彼は、彼こそスピネル一門では力のない弱者で、私とスピネル伯爵の情けによって私の影の一人になれた程度の人間だからと答えた。
なんと、彼は幼き頃よりディにコテンパンにされるばかりで、力が無いために声を上げられない弱者の気持が良くわかるから、なのだそうだ。
「マイナム。私こそ常に負けて覚える凡人なんだよ。感傷ごとは事欠かない」
「感傷されるぐらいならご命令を。俺はあなたの憂いを払うためにいます」
「わかっているよ」
私はマイナムに言葉を返すと、再び今のジェットによる彼の視界に集中する。
不思議な視界だ。
建物の壁や扉なども線で描かれている。
色を失った墨色の世界に、人や物の輪郭が白抜きの線で表現されているのだ。
ジェットはすでに一年生の教室が並ぶ廊下に辿り着いてた。
ディアドラの部屋を荒らした女達はどこかな。
一年生である初級クラスのアッパーにはもちろんいない。
彼女達はミドルだ。
だが、ミドルでもジェットの百鬼眼スキルに捉えられなかった。
私の心臓はどきんと嫌な鼓動を打つ。
時間を巻き戻したと私は思っているが、ディをはじめ無い事ばかりだ。
そもそも、私が見たと思っている前の生は、私の脳が作り出した幻か。
あるいは、全く違う世界に私はいるのか?
「ジェット。もう少し範囲を広げられないか? 室内にはいないようだ。バルコニーに出てるかもしれない」
『もう少し範囲を広げると、見えている人物像が記号化します。障害物を透過しつつ人物の顔かたちを確認したいならば、これが精いっぱいですね』
私の問いかけにジェットの思念による返事が返る。
私は舌打ちをしながら罵り声をあげた。
「船の鼠だな。いるはずなのに姿を見せやしない」
『視界を戻します』
「いや、もうちょっと」
私は言葉を飲み込んだ。
百鬼眼スキルを解消したジェットの視界が、私を黙らせたのだ。
ジェットの通常の視界は、ディとディアドラのロワークラスの扉の真ん前を映していたが、そこに探していた二人の少女がいるじゃないか。
ジェットに憧れの視線を向けながらも、彼の隣にディ達がいることを許せない気持ちを隠しきれず、強ばった気持ちの悪い笑みを浮かべているだけの少女達が。
「ありがとう。ジェット。奴らは私の想い人じゃ無かったようだ」
オールクリアだと、私は顔から両手を下ろす。
私を心配した表情で窺うマイナムが目の前にいる。
視界良好。
なのに私の気持は全く晴れない。
ディアドラを苛むものはもう無いはずだと、どうしたら信じられるのか。




