彼はずっと探していた
ディが男の子だったら良かった。
聞き捨てならないことをほざいたのは、殿下が恋するディアドラ嬢である。
ディが女の子だったから、俺はこの恋心が叶ったのだ。
だがしかし、俺は抗議も何もしなかった。
当のディが彼女のセリフに喜んでいるので、俺は聞き流すだけだ。
というか、どうして女の子に男の子扱いされてディは喜んでいるのだ?
美少女を腕にぶら下げて嬉しそうな君は、ディアドラが言う通りに淑女をエスコートする貴公子にしか見えないぞ。制服のワンピース姿だけどな。
もしかして、俺が己を男色家だと思い込んでいたのとは違い、君こそ同性愛者だったのか?
俺の恋心が君に届く事は決してないのか?
情けないことに、俺はその思い付いた考えをディに追求する事から逃げた。
俺はディへの恋を失ったらその時点で終わりなほどの、どうしようもない男に成り下がっているのである。
そんな情けない俺にできることは、ディアドラがするようにディの腕に己の腕を絡めてディアドラ第二号に成り下がることだけだろう。
そしてディは、割合と性格が悪い。
ディの腕に無理矢理腕を絡めた俺を叱責などしなかった。その代わり、俺に流し目をして、百戦錬磨の遊び人がするように俺に聞こえるように呟いたのだ。
「愛いやつ」
俺の頬はかっと熱くなる。
己を見透かされた事による羞恥を感じて、ではなく、愛しいと言われた事がとにかく嬉しくて舞い上がったのだ。
情けない。
だから俺は情けない自分を誤魔化さず、口説かれた乙女のようになって、ディの腕にさらにすがった。
「王子様(はあと)」
「ばっか。止めろ、ジェット。ごめん。私が悪かった」
ディは耳まで真っ赤にして俺の腕から自分の腕を抜いたが、その代わりとして俺の腕に彼女の腕こそ絡めてくれた。こうすれば俺が恥ずかしい行動を取らないだろうと、彼女は考えたのだろう。
俺の腕にささやかに彼女の優しさと柔らかさが触れる。
俺はなんだか一つ賢くなった気がした。
ところで、俺がディ達を迎えに来たのは、ディアドラの部屋を荒らした者達を確認し、その情報をレイに送るためである。
昨夜のディによる悪戯は、俺とレイにはあらゆる点で衝撃だった。
衝撃過ぎて、昨夜は殆ど貫徹状態でその術式の有用性をレイと探ったぐらいだ。
全く、簡単な一言を送れる程度の伝言魔法にこんな可能性があったとは。
俺とレイは伝言魔法に俺の百鬼眼スキルを組み合わせる事を思い付いたのだ。
本気でディは分かっているのかな。伝言魔法に視界のイメージを付加するなんて術式が、情報戦においてどれだけ他国より優位に立てるのかと。
リアルタイムで俺が目にしている状況を、生徒会室にいるレイに送ることができるその凄さを。
今後は使用可能距離についてさらに検証していかねばだろうが、もともと伝言魔法が長距離用の情報伝達魔法であるならば、国家間もいけそうなのは確実だ。
「ディ一人で国盗りが出来そうだな」
「どうした? ジェット」
「何でも。これから俺は目が見えすぎて見えなくなる。誘導頼む」
「仕返しは私がするからいいのに」
「ディアドラの為の仕返しをしたい人もいるんだよ」
俺は軽くディに囁き、百鬼眼スキルを展開していく。
今回は点表示ではなく、目で見た視界のような映像が360度、廊下を歩く俺とディとディアドラ、その三人を中心にしてとりまく情景が広がっていく。
俺の視界では、壁や扉などは透明なガラス状だ。半径十五メートル以内の範囲内に動くものがあれば、今の俺には全て見透かせる。
「視界良好」
これは俺の呟きではなく、俺の脳に直接語りかけるレイの言葉だ。
レイはずっと探していたのだ。
前の生で彼とディアドラを不幸に貶め、前の生で「聖女」を名乗っていた女を。
初めて名を聞かせてもらったが、その女の名はミーシャ・フルール。
俺は衝撃どころじゃない。
俺達が巻き込まれた人身売買組織の孤児院強襲事件のその後を知っているならば、フルールという名に聞き覚えが無いはず無いのだ。
壊滅された人身売買組織は、国々をまたいで商いを行っていたジェイル商会の裏の顔でもあった。摘発された商会から買い手のリストも見つかり、奴隷の一番の買い手がジョン・フルール男爵であった。
鉱山で儲けた金で爵位を買った男である。
だが、鉱山で働かせるにも身体強化の魔法も使えないただの幼い子供達ばかりだ。ジョン・フルールに別の目的があったのだろうか、考えたくもないが。
そんな糞野郎の娘の名が、ミーシャ・フルールなのである。
ただし、彼女は書類上ではすでに死んでいる。
事件後にフルール男爵の屋敷は放火され、使用人並びに一族郎党焼死している。
どうしてミーシャがまだ生きているとレイが確信しているのかは、俺の隣にいらっしゃる聖女様のお陰である。
彼女は現場で焼け死んでいた遺体の全てに、土魔法にて失った肉がわりに土を貼り付けて復顔してしまったのである。
理由は、安らかに眠らせたかったから、だ。
ディ、君は本物の聖女だよ。
レイには、悪魔、だったかもしれないが。
いや、レイの方が悪魔になったのか。
彼はミーシャだとされる少女の顔が彼が知っていたミーシャとは違うと知りながら、その少女の遺体をミーシャとして葬ったのである。
二度とミーシャ・フルールが表舞台に立てないように、だ。
だがしかし、と俺は目を凝らしながら思う。
こうして生きているかもしれない魔女を探し続ける羽目に陥っているとは、レイはとんだ悪手をひいたものだ、と。




