いやそれ困るって、聞けよ
私の失われた荷物の代りを、ジェット様が用立ててくれるという。
ありがたい話かもしれないが、彼の私物を融通してもらうのは私の任務上悪手でしかないので、お断り一択だ。ここがダンジョンだったら、足りないものをくれるというならば剥ぎ取ってでも貰うけどね。
あ、命こそ貰っちゃえるな。ダンジョンだったら殺人ぐらい隠せる。
「結構です。お気持ちだけ頂きます。洗えば何とかなりそうなものもあ」
ジェットはフンと鼻を鳴らし、パチッと指も鳴らした。
ボン!!
…………。
おおお、私の汚物となった荷物が勢いよく燃えているじゃないか。
「……いいんですか? 校内は攻撃魔法禁止じゃ」
「攻撃魔法? 汚物が放つ可燃性ガスが勝手に燃えただけだろ?」
私は燃え盛るゴミの山へと視線を動かす。
もちろん、魔法解析の目を使う。
うわあ、脳筋の癖にちゃんと考えていたよ!!
もちろんこの大火は完全にジェットの仕業だが、彼は汚物から湧き出る極めて可燃性の高いガスが引火する微妙な位置に火種を起こしただけなのだ。
火種を起こす程度は処罰対象じゃない。
そもそもこれを禁止したら、魔法具のコンロに火をつけられないし、職員様の悪癖である煙管なんか嗜むことだってできやしない。
そして、火種でガスを燃やしてしまったのだとしても、その火種の存在など魔法解析を使っても誰のものかは特定などできない。直接魔法作用があったものでなければ、何の魔法痕跡も見つけられはしないものだからだ。
これではジェットを処罰など、絶対に誰にもできないだろう。
脳筋の癖に悪辣な。
「でも、火種だけでこんなに燃えすぎになるとこが納得できない」
「燃えすぎなのは、この有様を作った奴らの責任だ。お前の指先をボロボロにするつもりか、洗っても無駄になるようになのか、漂白剤の原液がぶちまけられていた。女子トイレの汚物入れの中身をぶちまけた奴もいたというのにな」
「うげっ」
漂白剤の原液は皮膚を溶かすぐらい強力であるが、血液と混ざるとぶくぶくとガスが発生してしまうのだ。発生したガスは毒ガスではないが、ほんのちょっとの火種でドカン、となってしまうので混ぜるな危険だ。
「なんか、貴族様の命令に嫌々どころか、実行犯達は嬉々として参加していたようね。嫌がらせが徹底している」
「お前のことだ。記録水晶くらいは仕掛けていたよな? あとで貸せ」
「嫌です。仕返しは私だけの楽しみです」
「ふっ。それならあとは、お前が失った物を補填するだけか。俺の部屋に行くぞ」
「へ?」
私はジェットのセリフを聞き間違えたのだろうか。
どうして私がジェットの部屋に行かねば行かないのだろうか。
「え、どうして」
「学内の購買は昼だけだ。学外の店も就業時間だ。俺の余分なモノでお前が使えそうなものを分けてやるって言っているのだ。下着は未使用のものがあるから丁度良かったな」
「良くないですよ。ていうか、いただけませんて!」
もうやめてください。
ひっそりと生きさせてください。
あなたの持ち物なんか貰ったら、あなたのファンに喧嘩売ったも同じです。
あと!!
「み、未使用のだろうが、お、男用の下着なんかいりません」
「遠慮するな。俺とお前のなか」
私は飛び上ってジェットの口を左手で塞ぐ。
仲なんて言わせるか。
人の目があろうが、どう見られてしまうかも想像できるが、私はもう必死だ。
「他人です。浅い知り合いでもない、全くの他人。ただの先輩後輩、ですよね?」
「意味が分かんないな」
ジェットは簡単に私を自分からぺりっと剥がし、溜息交じりに言い返す。
だが、彼はそれだけじゃ無かった。
私を剥がした流れで、私が肩に担いでいた鞄を自分の肩に担ぎ直したのだ。
とっても手慣れた仕草でとっても自然に。
まるで兄が大事な妹にするみたいに、そっと。
私が軽くよろけるたのは、体が急に軽くなってバランスを崩しただけだ。
そう、鞄が重かった、それだけだ。
それで鞄を担いだジェットは私の鞄の重さを知ったからか、とても嬉しそうに口角を上げる。
「ふっ。お前も日々鍛錬か?」
「ちがいます」
教科書や専門書も奨学生としての小道具だが、本関係、それも専門書は大好きだ。
個人的に大事にしておきたいものなので、嫌がらせで台無しにされないようにと全部鞄に入れて常に持ち運んでいたのだ。
希少な収納魔法を人前で披露なんかできないからね。
「本は俺が預かろうか。必要なものは俺が持って来てやる」
「気持だけ感謝です」
「頑固者が。行くぞ」
ジェットは私へ左手を差し出す。
ジョットのこの微笑みながらのその仕草は、私でもちょっと恰好良いなと悔しいが思ってしまった。思ったぐらいで、胸がトゥインクなんかしていない。
断じて。
「行くって言ってるだろ」
差し出した手を取らない仕返しか、その手でガシッと頭を掴まれた。
こんな無体な事をしてくる男に私の胸が高鳴るわけなど無いのだ。
私は身体強化を使って全身を硬化させる。
誰が付いていくものか。
「ディ。硬化しても重さは変わらない。担ぎ上げてもいいんだぞ」
私は硬化を溶く。
ジェットは、してやった、という笑顔を作りついでという風に私の頭を軽く叩く。
私も彼に笑顔を見せて。
「いった」
ジェットの足首を蹴ってやったのだ。
身体強化が無くとも、人体の痛み所はわかっている。
「どうして俺の足首を蹴った?」
「なんかムカつくから」
「ハハハ。それは俺こそだよ。お前は視野が狭いし頭が固すぎる」
「なんて酷い物言いですか」
「そうか? そのせいでこんな状況なんじゃないのか? お前が本来のお前を出せば、嫌われるどころか賞賛を受けるばかりのはずだ。性別なんか関係なくって、お前は!!」
私はもう一度ジェットの足を蹴っていた。
悔しくて。
悪条件下でも結果を出せないのは私が無能だってことは私こそ分かっている。
そして、この女装にしか見えない姿がジェットにみっともないとしか思われていないってことも。