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わかっていらっしゃいますわよね

かつて私に雑巾をぶつけたらしい少女三人が、ジェットから報復を受けた。

手の骨に尖らせた魔力を刺すという、それは拷問だろうをやったジェットは、今まで私に嫌がらせをした奴らは全部潰すよって微笑んでいる。


この人ヤバいぞ。


私が思いっ切り引いているそこに、三人の救い手になるようにして上級生の美女二人が現れた。

まずお一人目は、アイリス・コーツ侯爵令嬢。


母親が陛下のお姉様という殿下の従姉になられる方で、ジェットと同期の現生徒会長様だ。髪色は現侯爵様と同じルビー色を纏った艶やかな琥珀色だが、瞳は殿下と同じように王族由来の空の色だ。


そしてもうお一人は、キャロル・アン・パレルモ侯爵令嬢。


アンティックゴールドに輝く完璧なゴージャス美女は、女子寮の寮監で最大派閥の女王様でいらっしゃる、本日の私の大鬼門だ。


パレルモ様に昨日の入寮で挨拶するの忘れていた私がいけないんだけどね。

やっば。

私は慌てて立ち上がる。

また、私と同じように地面に座っていた三人組も慌てて立ち上がる。


ゴージャス美女二人は学園の真の権力者。

粗相があっては学園生活の終わりだ。

多分殿下でもとりなし不可というか、ヘタに手を出したら婚約者に選ばなきゃいけなくなるので殿下は逃げる。うさぎちゃんだけ愛でたい殿下は絶対に逃げる。

それなのに余計なツッコミどころを作ったなと、助けてくれないのに私を叱責してくるのは確実でお約束。

ここは何とか取り繕わねば。


「まあ、立てたのね。地面に座っていたせいかしら、余計なお花もついているわよ。化粧室でちゃんと確認なさいな」


「「「はいいい」」」


意訳、動けるなら消えろ。他家の紋章となるアクセサリーも外しておけよ。

アイリス様、とても手厳しい。

三人組はびくびくっとジェットに対するよりも脅え、腰砕けになっていた体ながらに私達の前からよろよろと逃げて行った。あの様子ではオブシディア家の家紋めいたアクセサリーはちゃんと外してくれることだろう。


「あんな恥ずかしいことを平気でされている方々がいるなんて。婚約者がいらっしゃる前で。恥ずかしいこと」


「婚約者こそものがわからないのですもの、仕方がありませんわ。ご挨拶の仕方も分からない方ですのよ」


直に言って来ていないけど、意訳必要ない直の叱責きた!!

私は必死で笑顔を作り、まずは謝罪だ、と頭を下げる。


「あのっ」


ジェットも立ち上がって、ひょいっと私の腰に腕を回して自分に引き寄せた。

それで私は続きを言えなくなったが、ジェットは私の腰を抱いたままパレルモ嬢達に向けて軽く礼の姿勢を取った。

私も彼の動きに合わせてお辞儀をする。


「ジェット様。本日はそんな仰々しいものは」

「アイリス様。キャロル様には入寮に際しての挨拶の時間を本日の後ほどに頂けるお約束でしたが、挨拶が無いとお嘆きでしたので」


「まあ、そうでしたの? キャロル」


「ええ。歓迎会が終わった後の時間にと、ジェット様からご連絡は頂いていますわ。でも本人からは」


「申し訳」

「ディはご挨拶となるものを贈っていたはずですが」


「確かにルブソンの花びら入りの紅茶は気が利いた挨拶ね」


なぬ!!

全部ジェット様がお膳立てして下さっていた、とは。

私は神を崇める目でジェットを仰ぎ見る。

ジェットは私の視線に対し、軽く片目を瞑って見せた。


…………ワタシコンナセンレンサレテルジェットハシラナイヨ。


「でもね、人との大事なお付き合いについて全部ジェット様に押し付けて知らんぷりしているのは、礼儀としてどうかなって思いますのよ」


バレてぇら。

私はジェットの腕から出ると、改めて二人に向けて礼を取る。

これは私が失礼だった。ちゃんと謝らねばならない。


「入寮に際して」

「いいわよ。今はお勉強中なのでしょう。ジェット様が穴なく全てお膳立てしてくださっていますもの、今回のことは流してもいいことです。けれど、伯爵夫人におなりになるのなら、わからないままではあなたが困るでしょうと思いましてね。お節介な老婆心ですわ」


「なんてお優しい」


心からの言葉だし、思いっ切り優しさが染みた。

私は未だ殿下の婚約者候補の人物評価の任は解かれていない。

パレルモ様は、優、だ。絶対に最高ランクのご人格だ。


「そういう事ですから、ジェット様。今後はデイジー様をお庇いになるのは我慢なさって。失敗が許される学園に在学している間にこそ、デイジー様は貴族社会のしきたりを学んで身につけられるべきですわ」


へ?


「その通り。キャロル。女の子同士の誤解は、本人が解いてこそ。なんでもジェット様に庇っていただくばかりですから、婚約者のいる男性の家紋を勝手に身に着けて喜ぶような方々を増長させてしまうのですわ」


うおう。


彼女達は私への嫌がらせは私が何とかするべきことで、ジェットの手は二度と借りるなと言っているのだ。また、ジェットに対しては、私に嫌がらせしてきた者への報復の禁止だ。


私は学園の最高権力者に対し、粛々と頭を下げるしか出来なかった。

でも、心の何処かはホッとしていた。

これから暴走しそうなジェットに釘を刺してくれてありがとうという気持だし、私がやり返すことについてのお墨付きを貰ったも同然なのだから。


「ありがとうございます。今後はご期待に応えられるように精進してまいりますわ。どうぞ、これからもご指導をお願いします」


「ああ、なんてことを」


「ジェット様? 私達だって目を光らせておりますわよ」

「ジェット様? あなた様が仕返しするよりは」


「アイリス様、キャロル様。俺は雑巾を人に投げつける悪い手には、せいぜい痺れて痛い程度の躾しかしませんが、ディはそんな悪い手は必要ないわよ。ですよ。いいんですか? 解き放っちゃって」


「まさか。そんな事を言っても騙されませんわよ。ジェット様」


「そうですわ。婚約者だったらディジー様を信じて、困難に打ち勝つさまを見守って差し上げましょう」


学園の最高権力者は上品に笑い合うと、用は済んだとばかりに去っていく。

彼女達が遠ざかっていくごとに、彼女達の取り巻きが一人、また一人と連なり、気がつけば私達の周囲にいたほとんどが消え去っていた。


だがその大勢が、私のやり返しに二人が許可を与えた台詞を聞いたのだ。

そして号令も出した。

私のする事を見守るだけにしろ、と。

私は嬉しさのあまり右手に拳を作っていた。


「頑張りますよ。お姉さま方」


「あああ。殿下に相談しなきゃ」


「全部聞いていた。何が起きても全部アイリスのせいにしよう。そうしよう」


いつの間にか頭を抱えるジェットの脇に殿下がいた。

先程まで殿下とディアドラが座っていたベンチには、殿下の影の一人のマイナムが彼女と談笑している。彼がディアドラの横にいるのは、殿下がいない間に彼女が他の男子生徒からの接触を受けないようにとのことだろう。


殿下とディアドラの橋渡しをしていた奴がわかった。


「ディ。私からの命令だ。仕返しは令嬢として。あと、マイナムを闇討ちするな。君がパレルモに挨拶行きそうにないことを見越して、ジェットに伝えてフォローに動いたのが彼だ」


くっ。

私が握っていた勝利の拳は、耐えがたきに耐えねばならない苦渋の拳となった。

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